第42話
そして、すべての行動がこちらに筒抜けであることも知らずに、メリーサは自分の企みを実行しようと動いているようだ。
たとえ皇族の婚約者でも、今のメリーサはただの侯爵令嬢である。アデラの過去の婚約はともかく、スリーダ王国の元王太子については、極秘情報になっており、彼女がどうやって知ったのか不明だという。
(誰が彼女に、その情報を渡したのかしら……)
アデラは、客間の窓から帝都を眺めながら、そう考える。
スリーダ王国の元王太子ブラインのことは、アデラはあまり重要視していなかった。
もうテレンスという素晴らしい婚約者がいるし、この婚約はイントリア王国の王太子、そしてティガ帝国の皇太子にも祝福されたものだ。いくらスリーダ王国とはいえ、それを覆すことはできない。
仮にも、スリーダ王国の王太子だった人だ。それをきちんと理解していれば、メリーサの誘いになど乗らない。
だが、アデラの過去の婚約者たちのように、一方的な意見に惑わされて、王命であるはずの婚約を簡単に破棄してしまうような男である。
追放を言い渡されても、自分なら望めばどこだろうと婿入り可能だと思っていたのかもしれない。けれどなかなか決まらず、最後には自分で探してこいと放り出されそうになって、今はかなり焦っていることだろう。
メリーサの誘いにも、簡単に飛びついたに違いない。
そしてメリーサもまた、ただアデラに復讐したくて、こんな大事を引き起こしてしまった。
あの歓迎パーティの日。
メリーサが自分の罪を押し付けようとしたマーガレットという女性は、ローレンの調査により、その日はとある令嬢のお茶会に参加していたことが確認されていた。
だからマーガレットではないと証明されたが、メリーサはそれを認めずに、けっしてアデラに謝罪しようとしなかった。
皇太子であるローレンならば、強引にでもメリーサに謝罪させることができる。彼も実際にそうしようとしていたが、アデラは望まなかった。
たとえ形だけ謝ったとしても、彼女のような女性は、さらに恨みを募らせるに違いない。
そんな謝罪に意味はない。
それに、メリーサにはもっとふさわしい罰がある。
アデラに対する嫌がらせのために呼び寄せようとしている、スリーダ王国の元王太子が、彼女を道連れにしてくれるだろう。
今回の件を受けて、ローレンの側近がメリッサの傍に密偵を忍ばせていた。
その密偵によると、メリーサはアデラが元王太子との婚約を嫌い、かつての婚約者の兄であるテレンスに頼み込み、急いで婚約したと思っているようだ。
それだけ嫌がるのならば、醜い男に違いないと。
しかし実際は醜い男どころか、外見だけは極上らしい。
美しい男性が好きだというメリーサは、きっと見惚れるに違いない。
そして、ティガ帝国の皇族の婚約者だという立場も、本来の目的も忘れて、夢中になる。
アデラはそう確信していた。
メリーサはアデラを陥れようとして、せっせと自分の足元を掘り続けているようなものだ。
彼女の罠が完成するまでは、まだ時間がある。
その間に、アデラはテレンスとゆっくりティガ帝国を観光していた。
テレンスが通っていた学園に行き、今日も、彼が発見した宝石の採掘場にも連れて行ってもらった。
本来なら他国の人間は立ち入りできない場所だが、テレンスが発見したチームに所属していたこともあり、ローレンが許可を出してくれたのだ。
そこで採掘される宝石はとても貴重なものだが、いずれリィーダ侯爵家で取り扱う品である。
流通ルートや卸価格についても、しっかりと話を聞かなくてはならない。
それからこの宝石を取り扱っている装飾店にも何件か行ってみて、デザインなどを勉強した。
(すでに加工されている装飾品を仕入れる方が楽だけど、ティガ帝国とイントリア王国では、流行が違う。やっぱり、原石で仕入れた方がよさそうね)
アデラが慰謝料としてテレンスから貰った宝石も、原石だった。
比較的加工はしやすいようで、父はそれでアデラの装飾品をいくつか作ってくれた。他国に依頼するよりも、自国で職人を確保して、工房や商会を立ち上げるのも良いかもしれない。
そう思ってテレンスに話すと、彼も賛同してくれた。
向こうに戻ってからも、忙しくなりそうだ。
でも、それを立ち上げるのにも、やはり時間が掛かる。最初はティガ帝国の職人に、イントリア王国向きの商品を作ってもらうことになるだろう。
その職人の目星もつけておきたい。
メリーサの計画を待つまでの間、アデラはとても有意義な時間を過ごすことができた。
もちろん、テレンスはずっと傍にいてくれる。
アデラの考えを聞いて、それに対する意見も言ってくれた。
ティガ帝国に長く留学していたからか、彼には女性に対する偏見がほとんどない。
あの父でさえ、アデラが領地運営に関わることを嫌っていた。
少しでも意見を述べると、お前はそんなことを考えなくても良いと、厳しく言われたものだ。
あの国で生まれた以上、誰と結婚しても、夫に従うしかないと思っていた。
たとえリィーダ侯爵家の血筋はアデラでも、爵位を継ぎ、領地を運営していくのは夫となった男性だ。
でもテレンスは、アデラの意見を聞いてくれる。
そんなテレンスと婚約できたのは、アデラにとって幸運なことだった。
ローレンが護衛を手配してくれたので、どこに行くのも安心だ。
興味深く帝都の街並みを見ていたアデラは、女性がひとりで行動していることに驚いた。
令嬢でも、友人同士で気楽に出かけているようだ。
イントリア王国では、どこに行くにも常に侍女や護衛を連れなくてはならなかった。まして、女性がひとりで町を歩くなんて考えられないことだ。
(国が違うと、習慣も変わるのね……)
自分がいかに狭い世界で生きてきたかを、思い知る。
もしテレンスがイントリア王国の外交官に任命されたら、アデラもその妻として、色々な国を回ることになる。
それぞれ習慣や、風習も違っていることだろう。
それを体験するのが、今からとても楽しみだった。
アデラとテレンスは、歓迎パーティを開いてもらった日からずっと、帝城に滞在している。
帝都内の屋敷では、何かあったときに間に合わないかもしれないからと、ローレンがそう提案してくれたのだ。
たしかに帝城ならば、いくらメリーサも無断で歩き回ることはできないし、スリーダ王国の元王太子が侵入することもできない。
だから向こうを引き払い、屋敷で待っていた侍女たちも、すべてこちらに移動していた。
テレンスは用心深く、その侍女も不審な人間と入れ替わっていないか、念入りに調べてくれた。
帝都に出るときも、皇太子のローレンが手配してくれた護衛がいる。
だからもしスリーダ王国の元王太子が、メリーサの手引きでティガ帝国に入国しても、アデラには近寄ることもできない。
(これからどうするのかしら……)
呑気にそんなことを考えていたアデラだったが、ある日、テレンスと一緒にローレンに呼び出された。
そこで、とうとうスリーダ王国の元王太子が、ティガ帝国に入ったことを知らされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます