第43話
メリーサは我儘で傲慢だが、彼女自身はただの侯爵令嬢でしかない。
やはりその背後には、黒幕がいるようだ。
たかが我が儘令嬢と侮ってはならないと、アデラも気を引き締める。
おそらく彼女がやったのは、誰かに命じただけ。すべてを他人任せにしたに違いない。
(そしてまた、自分はそんなことは言っていない。勝手にやっただけだと、言い逃れをするのでしょうね……)
服飾店でのことを思い出し、アデラは顔を顰める。
レナードの義妹のシンディーも、クルトの婚約者の妹だったリーリアも、かなり狡猾で、アデラにとって嫌な相手だった。
けれどメリーサのように、自分の罪を他人に押し付けるようなことはしなかった。
それを考えると、メリーサが一番、質が悪い。
「アデラ、大丈夫か?」
テレンスにそう言われて、我に返る。
よほど難しい顔をしていたようだ。
「……ええ。ただ彼女のことだから、自分では何もしていないだろうと思ったの。そして事が発覚すれば、それを言い訳に逃げようとするでしょうね」
「ああ、たしかに」
服飾店でのことを思い出したのか、テレンスもアデラに同意して、ローレンを見た。
「わざわざスリーダ王国の元王太子を引き入れてまで、メリーサを泳がせているのだから、もちろんその辺りも考慮している。言い逃れなど許すつもりはない」
ふたりの視線を受けて、ローレンはきっぱりとそう言った。
彼がそこまで言うのだから、今度こそ大丈夫だろう。
「向こうは、君たちに接触する機会を伺っている。だが、正式な許可なく他国の王族を引き入れた時点で、メリーサは罪を犯している。それで、充分だ。例の元王太子と無理に顔を合わせる必要はない。だからしばらくは外出せずに、帝城にいてほしい」
「……はい」
アデラ自身は、スリーダ王国の元王太子と対面してもかまわないと思っていた。
どうせ向こうはアデラのような女性を嫌うだろうし、その方がメリーサの罪も重くなる。
でもローレンがそう言ったのを聞いて、テレンスが安堵していた。
彼が安心するのなら、そのほうがいいと思い直す。
だから残りの滞在期間は、城外に視察に行かずに、帝城でゆっくりと過ごすことにした。
ローレンが帝城内にある図書室への出入りを許可してくれたので、そこで本を読んだりして、時間を潰す。
帝国語の勉強にもなる。
もちろんテレンスも、常に傍にいてくれる。
帝城内でも油断はしないほうがいいと、眠るとき以外は、ずっと一緒にいてくれた。
こうなってはさすがにメリーサも、アデラに近付くことはできないようで、数日は平穏な日が続いていた。
彼女は計画が予定通りに進まなくて、苛立っているかもしれない。
だが、このまま何もせずに終わるとは思えなかった。
必ず、何とかしてアデラに接触しようとするだろう。
そう思っていたとき、ティガ帝国のとある貴族令嬢から、アデラにお茶会の招待状が届いた。
女性だけの交流会をしたいので、ぜひ参加してほしいと書かれていた。
差出人は、イリッタ公爵令嬢。
(イリッタ公爵令嬢って、たしか……)
その公爵家の嫡男が、ローレンとテレンスの学友だったはずだ。
ローレンが主催してくれた歓迎パーティにも参加していて、祝福の言葉を告げてくれた。
その妹からの、招待状だ。
テレンスに相談すると、彼は複雑そうだった。
「カーディの妹からか……」
イリッタ公爵令嬢はリンダといい、公爵令嬢でありながら、装飾店を何件も経営しているそうだ。もちろん、ティガ帝国の名産である宝石も取り扱っている。
経営だけではなく、自分でデザインをするほど、装飾品が好きらしい。
今回のお茶会も、アデラがイントリア王国でこの国の名産の宝石を扱うと聞いて、その話がしたくて招待してくれたのだろうと、テレンスは言う。
「だが、時期が悪かった。今はアデラひとりで行かせるわけにはいかない」
「……そう、ね」
これからリィーダ侯爵家で工房や商会を立ち上げようと思っていたので、そんな令嬢となら話をしてみたかった。
テレンスやローレンの学友とはいえ、今回のメリーサの件は、極秘裏に行われていることだ。イリッタ公爵令嬢は何も知らずに、ただイントリア王国で自分と同じことをしようとしているアデラに、親切にしてくれたに過ぎない。
その心遣いはとても有難い。
できれば、参加したかった。
けれど時期が悪いことを、アデラも理解している。
迂闊な行動をして、テレンスやローレンに迷惑を掛けるわけにはいかない。
だから、きっぱりと諦めるつもりだった。
「一応、ローレンに相談してみるよ」
それでもアデラが行きたいと思っていたことが伝わったようで、テレンスはそう言ってくれた。
テレンスが言っていたように、時期が悪いことは理解している。
我儘を言うつもりはなかった。
けれどテレンスは、ローレンと相談し、ふたりの友人のカーディやイリッタ公爵令嬢にも連絡してくれた。
そして女性だけのお茶会ではなく、イリッタ公爵家で開かれるダンスパーティに変更してしまったのだ。
公爵邸で開かれるとはいえ、小規模なパーティで、招待客も限定されていた。
それにダンスパーティならば、テレンスもアデラのエスコート役で同行できる。
けれど自分ひとりのために、お茶会から変更させてしまったことを申し訳なく思う。
気軽に開催できるお茶会とは違って、パーティならは準備も大変だろう。
「アデラが気に病むことはない。私が勝手にやったことだ。向こうも快く変更してくれたし、将来的にリィーダ侯爵家のためにもなる」
「……そうね」
せっかくテレンスが機会を設けてくれたのだ。
アデラは気を取り直して、深く頷いた。
実際に装飾店を経営し、デザインまでしているイリッタ公爵令嬢の話をしっかりと聞いて、リィーダ侯爵家のために役立てようと思う。
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