第41話
帝城に泊まるなんて、緊張して眠れないかもしれないと思っていた。でも気が付けばもう朝で、疲れていたからか、ゆっくりと眠ってしまったようだ。
そのお陰で昨日の疲れも取れて、さわやかな気分で目覚めることができた。
同行した侍女に身支度を整えてもらい、用意してもらった朝食を、テレンスとふたりで食べる。
(ティガ帝国の料理は、香辛料がたっぷりと使われているのね。うん、美味しい)
初めての料理も気に入って、満足したアデラだったが、テレンスはまだぼんやりとしている。
こうして一緒に旅に出て初めて知ったのだが、あまり寝起きは良くないようだ。いつも完璧な彼の、意外な一面を知ることができて嬉しかった。
これから先、結婚して夫婦になれば、アデラしか知らないことがもっと増えるだろう。
そう思うと何だか嬉しくて、楽しみになる。
今まで何度も婚約することになってしまったが、結婚後の姿を想像したのは初めてだ。
早く結婚したいとさえ、思ってしまう。
きっと、父もテレンスも反対しないだろう。
王弟派もスリーダ王国の王太子も、さすがに結婚してしまえば、もう手出しはしないと思いたい。
(このまま帰国してしまおうかしら……)
メリーサの言動には呆れたが、ティガ帝国を離れたら、それほど関わりはない人だ。
報復よりも、テレンスと早く結婚できるように動いた方が良いのかもしれない。
そう考えていたアデラだったが、その後すぐにローレンから、話があると呼び出される。
だから帰国の提案もできないまま、テレンスと一緒に彼のもとに赴いた。
行く先は、ローレンの執務室だった。
まだ早い時間であるにも関わらず、もう複数の側近が忙しく働いているようだ。ローレン自身も、机の上に積み重なった書類の山に埋もれていたが、ふたりに気が付いて立ち上がる。
「朝から呼び出してすまない」
そう詫びて、ローレンはアデラとテレンスを連れて、応接間に移動した。
「面倒なことになってね」
そう告げると、言葉を探すように少しの間、沈黙する。
「メリーサが、スリーダ王国の元王太子であるブラインと連絡を取ろうとしている」
それはまったく予想外の話で、アデラは思わずテレンスと顔を見合わせた。
メリーサはアデラへの報復を考えて色々と探っているうちに、彼との婚約を回避したくて、急いでテレンスと婚約したことを知ったようだ。
そんな元王太子と連絡を取ろうとしているのは、アデラへの嫌がらせで間違いないだろう。
「それは、あまりにも浅慮では……」
驚くと同時に呆れてしまい、アデラはローレンの前であることも忘れて、思わずそう口にしてしまう。
スリーダ王国の元王太子ブラインは、騒ぎを起こして王太子の座を追われ、婿入り先を探している。
そこで彼が目を付けたのが、婚約が解消されたばかりのアデラだった。
だがアデラは一足先にテレンスと婚約して、それをこうしてティガ帝国の皇太子であるローレンに祝福されている。
さらに、スリーダ王国とティガ帝国の関係は、それほど良好ではない。
いくらアデラに対する嫌がらせをしたいからと言って、その国の元王太子を呼び寄せ、ローレンが祝福した婚約を壊そうとすれば、どうなるのか。
敵に回すのはアデラではなく、ティガ帝国そのものである。
「メリーサ個人に、そうたいしたことはできないだろう。あれはただの我が儘令嬢だ。それだけの頭脳も度胸もない。だが……」
ローレンは言葉を切る。
その顔には、深い懸念が表れていた。
「ブラインのことは、帝国でも上層部の者しか知らないはずだ。それをメリーサが知って、連絡を取ろうとしている。背後に誰かがいるのは、間違いない」
それは、ローレンの従兄弟のクリスを皇帝にしたいメリーサの父、ピーラ侯爵なのか。
だが、彼には表立って皇太子と敵対するつもりはないだろう。狡猾な男は、けっして自分は表には立たないものだ。
だとすれば、ピーラ侯爵ではない可能性もある。
そんな父親すら躊躇うことを実行しようとしていると、メリーサは気付いているのだろうか。
(彼女はきっと、そこまで考えていないのでしょうね……)
メリーサの周囲には、その行動をローレンに報告する者はいても、忠告したり止めたりする人はいない。
昨日のように自分の罪を簡単に押し付けるような人間に、そこまでする者はいないのだろう。
「だが、今はまだ企んでいるだけで、メリーサは何も実行していない。このまま泳がせて、言い逃れができない状況になってから責任追及をした方が良いという意見も出ているが……」
メリーサがこのままクリスと結婚して、皇族のひとりになってしまうのは、ローレンとしても避けたいに違いない。
クリスはメリーサのしたことでアデラに謝罪するなど、誠実なところはあるようだが、皇族としての威厳には欠けている。
このままでは、ますますメリーサを増長させてしまうだけだ。
それでもローレンの言葉に躊躇いを感じるのは、アデラとテレンスを気遣ってのことだろう。
「私も、その方が良いと思います」
だからアデラは、自分からそう発言した。
女性が皇太子に意見を述べるなど、イントリア王国では考えられないことだ。
けれどここはティガ帝国なので、それが許される。
テレンスを見ると、彼も同意するように頷いてくれて、それで少し気分が楽になる。
ローレンの言うように、メリーサは考えただけで、まだ何も実行していない。
今回のことでメリーサに形式的に反省を促し、謝罪させることはできても、おそらくクリスとの婚約破棄までは事は運ばないだろう。
ピーラ侯爵も、その辺りは上手く立ち回るに違いない。
ならばいっそ、後戻りできないほどの状況にしてしまえば、メリーサの有責でクリスとの婚約破棄。そしてピーラ侯爵の権力を削ぐことにも繋がるのではないか。
「スリーダ王国の王族が他国に無断で侵入し、騒ぎを起こしたとなれば、もう婿入り先を探すどころではなくなるでしょうから」
そもそも、たとえ元王太子とはいえ、それを剥奪されるほど騒動を引き起こした者を、他国に婿入りさせるなんて横暴な話である。
元王太子の婿入り話がなくなれば、アデラとテレンスの婚約に口を出そうとする者もいなくなる。
「私たちにも、利点のあることです」
それに、とアデラは続けた。
もし自分の考えている通りなら、スリーダ王国の元王太子と一緒に、メリーサも追放することができるかもしれない。
「対面してみればすぐにわかると思いますが、スリーダ王国の元王太子殿下のような方は、私のような女性は好みません」
以前の婚約者たちを思い浮かべながら、アデラはきっぱりとそう言った。
スリーダ王国の元王太子も、彼らと同じく婚約者がいながら他の女性と懇意にしていたらしい。
そう言う男性は、アデラのような気の強い女性を嫌い、見た目は可愛らしい、甘え上手でやや幼い感じの女性を好む。
メリーサも、見た目はまさにそんな女性である。
さらに彼女の取り巻きの男性は、綺麗な顔ばかりであった。
そしてスリーダ王国の元王太子は、外見だけは極上だと聞いている。
そんなふたりが出会ってしまえば、リーダ王国の元王太子殿下が婿入り先を探さなくてはならないことも、メリーサは自分がローレンの従弟であるクリスの婚約者であることも忘れて、互いに夢中になってしまうかもしれない。
ああいう人たちは、禁断の恋が好きなものだ。
「そうなれば、彼女の有責で婚約破棄。そして、ティガ帝国の皇族の婚約者に手を出したと言って、メリーサ様と一緒に、元王太子殿下をスリーダ王国に送り返すことも可能かと」
さらに醜聞を重ねた元王太子を、もう他国に婿になど出せないだろう。
責任を取ってメリーサを娶り、スリーダ王国で細々と暮らすしかない。
もちろんふたりが出会ったからといって、こちらの思惑通りに事が運ぶとは限らない。
けれどアデラは、彼女たちのような人間をよく知っている。
きっとそうなるだろうという、確信があった。
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