第31話
夜会では、二度目と三度目の婚約だというのに、たくさんの人たちが祝ってくれた。
中には顔も知らない人もいて、どう挨拶をしたらいいのか困ったくらいだ。
(どうしてこんなに?)
困惑するアデラに、おそらく王太子が手回しをしているのだろうと、テレンスが教えてくれた。
夜会に参加している顔ぶれが、王太子派の者が多いらしい。
王太子には兄弟はいないが、すでに結婚していて、子どもがふたりいる。
だからこの国は安泰だろうとアデラは思っていたが、それなのにまだ、王弟を指示する派閥があるらしい。
今の国王が即位する前に、王位を狙っていた王弟は、まだ王位を諦めていなかったようだ。
さすがに王弟派は少数らしいが、中には前王時代に重鎮だった家柄の者もいて、そう軽視できる存在ではないという。
王太子は、それらの派閥がスリーダ王国と結びつき、元王太子を迎え入れようとしているのではないかと警戒している。
(人の婚約を、勝手に利用しないでほしいわね)
そう思ったけれど、アデラもリィーダ侯爵家の娘だ。その結婚に、政治的な理由が絡むのは仕方のないことだろう。
だが、人柄も能力も問題のない王太子を退けて、安定している国内をわざわざ騒がせる必要はないとも思う。
それにアデラのことがなくとも、父も王太子派である。
だからふたりの婚約は順調であり、スリーダ王国の元王太子が付け入る隙はないと示さなくてはならない。
だからアデラも、テレンスの隣でしあわせそうに微笑み続けていた。
中には探りを入れてきたり、ティガ帝国との縁が深いテレンスを警戒するような声もあった。
たしかに、テレンスとティガ帝国の皇太子はかなり親しい間柄のようだ。
そこはさらりと流して、祝いの言葉に対する礼だけを告げておく。
友人たちも次々に訪れて、新しい婚約を祝ってくれた。
中には、真摯に謝罪してくれた人もいる。
まだ思うところはあるものの、ここで拒絶するのは得策ではないので、アデラも笑顔でお礼を言っておいた。
王弟派を警戒してか、テレンスは常にアデラの傍に居てくれる。
彼もアデラと結婚すればリィーダ侯爵家を継ぐことになるのだから、挨拶回りは必要のはずだ。
クルトも、夜会に参加したときは、父と挨拶回りばかりしていた。
けれど今日は婚約披露の場だからと、ずっと一緒に居てくれる。
それがとても心強い。
それでもたくさんの人たちと挨拶をするのは、思っていたよりも体力を消耗してしまった。
「ダンスはやめておくか?」
疲れた様子を見て、テレンスが気遣ってそう言ってくれた。
「ううん。踊るわ。楽しみにしていたもの」
意気込んでそう言うと、テレンスはそんなアデラを見て、優しい笑みを浮かべる。
「そうか。では、踊ろうか」
曲が流れ、王太子夫妻がファーストダンスを踊ったあと、アデラもテレンスと一緒に踊る。
練習してきたと言うだけあって、テレンスも今回は完璧だった。
「今度、私に帝国風のダンスを教えてね」
疲れを忘れてしまうほど夢中になって踊ったあと、アデラはテレンスにそう告げた。
「そうだな。向こうで必要なるかもしれない」
二曲目は踊らず、残りの時間は王太子やテレンスの従姉のフローラ、その婚約者のソルーと談話して、ゆっくりと過ごした。
さすがに帰ったあとは疲れ果ててしまい、早々にドレスから着替えて部屋に戻る。
ダンスをしなければもう少し体力が残っていたかもしれないが、どうしてもテレンスと踊りたかったのだ。
(それに、婚約者と踊らないなんて、何か理由があるのではと、探りを入れてくる人もいるし……)
レナードのときもクルトのときも、アデラはただ彼らの隣で微笑んでいればよかった。リィーダ侯爵家を継ぐのは彼らであり、アデラはその妻になる存在でしかなかった。
けれど、スリーダ王国の元王太子の婚約者候補になってしまったことで、国内外の色々な情報を知ることになった。
それは悪いことではなかったと、アデラは思う。
そして今までの婚約者たちとは違って、テレンスは色んなことを教えてくれる。だから視野が広がり、今までわからなかったことが、理解できるようになった。
友人たちも、ただ親しくなった人と、派閥との兼ね合いでアデラに近付いたのではないかと思う人たちがいることに気付いた。
真摯に謝罪してくれたのは、普通に親しくなった友人たちだけだ。
彼女たちとは、これからも付き合いを続けようと思うが、それ以外とはもう話すことはないだろう。
(色んなことがあったわね……)
ここ数か月で、あまりにもたくさんのことがあった。
レナードと彼の義妹の密会を目撃してしまったときは、まさか自分がテレンスと婚約するなんて思わなかった。
婚約者の兄でしかなかったし、冷たい彼を苦手としていたくらいだ。
でも今は、テレンスを誰よりも頼りにしている。婚約披露を無事に終えたことで、少しだけ気持ちも落ち着いた。
明日からは、ティガ帝国の訪問に向けての勉強が始まるだろう。
短い訪問とはいえ、皇太子からの招待だから、失礼のないように、きちんと学ばなくてはならない。
(明日から、頑張らないと)
取り寄せておいたティガ帝国に関する本を開いて、少しだけ目を通す。
この国とはまったく違う風習があって、なかなか興味深い。
つい夢中になってしまい、侍女にもうお休みくださいと注意されて、ようやくベッドに入ったくらいだ。
思っていたよりも、学ぶことは好きだったらしい。
明日から本格的に始まる勉強も、なかなか楽しみだった。
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