第14話
年は、アデラと同じくらいだろうか。
小柄で華奢な女性だった。
蜂蜜色の柔らかな巻き毛。
鮮やかな緑色の瞳は、新緑を思わせる。
容姿もやや幼く可愛らしくて、男性から見れば、守ってあげたくなるに違いない。
シンディーもそんな印象の女性だったと、アデラは彼女のことを思い出す。
レナードは援助の打ち切りを恐れて彼女を探し回り、シンディーは何度連れ戻されても、彼から逃げ出しているらしい。
もうふたりの間には愛の欠片もなく、互いに憎しみ合い、それでも離れられない状況が続いている。
そんなふたりの行く末を、見届けなくてはならない。そう思ったアデラは、定期的に彼らの様子を報告させていた。
そのシンディーを思わせる見知らぬ彼女は、アデラの前に立ちはだかり、こちらに敵意を向けている。
誰かも知らない女性に、一方的に敵視されている。
そんな状況にどう対応したら良いのかわからず、アデラは視線を左右に彷徨わせた。
テラスには誰もおらず、こちらに注意を払っている者もいない。
父とクルトも、挨拶回りに忙しいようだ。
「あの、何か?」
「……クルト義兄様は、お姉様の婚約者なのに」
思い切って話しかけると、彼女はそう言って、唇を噛みしめる。
その言葉で、目の前のこの女性が、クルトの亡くなった婚約者の妹であることを知る。
クルトにとっては、義理の妹になったはずの女性だ。
また、義妹なのか。
とっさにそう思ってしまい、無意識に組み合わせた両手を握りしめていた。
アデラに敵意を向けていることからも、彼女がクルトとアデラの婚約を快く思っていないのはたしかだ。
順調だと思っていた二度目の婚約も、上手くいかないかもしれない。
そう思うと、絶望が静かに胸の中に広がっていく。
「お気の毒ですが、クルト様の以前の婚約者は、お亡くなりになったと聞きました」
それでも彼女は、もう亡くなっている。
クルトも、兄が継ぐシダータ伯爵家にいつまでも居続けることはできないだろう。
婚約者の冥福を祈るために、アデラの従兄のエイダーのように神官になる手もある。
でもクルトは、新しい婚約者を探し始めていた。
それに、アデラが彼を選んだわけでもない。
彼女も姉が若くして亡くなってしまい、家を継いでくれるはずだったクルトがいなくなって困惑しているのかもしれないが、それをアデラにぶつけられても、どうしようもない。
あまり関わらないようにしよう。
そう思い、それだけ告げると、彼女の隣をすり抜けて会場に戻ろうとした。
けれど、すれ違いざまに彼女に右腕を掴まれる。
「えっ」
彼女も貴族の令嬢だ。
知り合いでもない相手の腕をいきなり掴むなんて、そんな無作法なことをするなんて思わず、驚いて息を呑む。
「お義兄様とお姉様は、深く愛し合っていたの」
困惑したアデラに、彼女は囁く。
「でもお姉様は亡くなる寸前に、クルトお義兄様を私に託してくれた。お姉様の代わりにクルトお義兄様と結婚して、家を継ぐように、って」
「そんなこと……」
亡くなってしまったのはたしかに気の毒だが、それは姉妹の中で勝手に決めたことだ。
もし必要であれば、クルトの両親と彼女たちの両親が話し合って、ふたりを再婚約させただろう。
そうしなかったのは、理由があってのこと。
貴族の結婚は家同士の契約であり、そこに当人の意志は反映されることはない。
アデラだって、父の決めた婚約者がたまたまクルトであっただけだ。
「あなたなんかに渡さないから」
けれど目の前の彼女はそう言うと、にたりと笑みを浮かべた。
愛らしい姿からは想像もできないような、歪んだものだった。
そして、悲鳴を上げた。
「きゃああっ」
驚きに目をみはるアデラの手からまるで突き飛ばされたかのように、彼女の小柄な体がテラスから会場の中に転がる。
悲鳴を聞いた人々の視線が、こちらに集まった。
突き飛ばされたかのように、地面に伏す小柄な令嬢。
そして掴んでいた腕を引っ張られたので、アデラは片手を前に出しているような恰好になっていた。
まるで、アデラが彼女を突き飛ばしたかのように。
「あ……」
はめられたと気付いたときには、もう遅かった。
「リーリア!」
クルトが慌てて、彼女に駆け寄るのが見えた。
彼の亡くなった婚約者の妹は、リーリアという名らしい。
「ごめんなさい、私が悪いの」
リーリアは差し伸べられたクルトの手を取ろうとせず、むしろ怯えたようにクルトから離れる。
呆然とふたりを見る、アデラの視線を恐れるように。
「お姉様の話をしてしまって、アデラ様を不快にさせてしまったから」
「……それくらいで?」
その言葉を聞いたクルトは眉を顰めると、怯えるリーリアの手を取って立ち上がらせる。
そして庇うようにリーリアの前に立ち、アデラを見た。
「……」
彼は感情的になって罵るようなことはしなかったが、それでもアデラを非難するような視線で見つめている。
たしかに、いくら以前の婚約者の話をされたからといって、それを不快に思って突き飛ばすなんて、爵位が上のアデラでもしてはいけないことだ。
まして、その婚約者はもう亡くなっているのだから。
けれど彼が何も言わないからこそ、アデラは自分が突き飛ばしたのではないと言うこともできずに、そこに立ち尽くすしかなかった。
「お義兄様……」
「リーリア、大丈夫か? 足を痛めたのかもしれない。向こうで少し休もう」
縋るようにクルトに捕まるリーリアを、彼はそこから連れ出す。
残されたアデラは、人々の好奇の視線に晒されてしまい、すぐには動くことができなかった。
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