第13話
父は懇願通りに、アデラを休ませてくれた。
しばらくは領地に行ってみたり、気晴らしに町に出たりして、静かな時間を過ごすことができた。
それでもふと、アデラはテレンスのことを思い出す。
かつての婚約者のレナードや彼の義妹のことではなく、冷たい瞳をしてひとりで立っていた、彼のことだけを考えてしまう。
きっとアデラは復讐を遂げた人の行く末を、自分がこれからどうなってしまうのかを、テレンスを通して知りたいのだ。
いくら裏切られたとはいえ、アデラは間接的にレナードとシンディーの未来を潰してしまった。
シンディーの母は罪を償うべきだが、あの二人はそこまでのことをしたのだろうかと、つい考える。
結婚してから愛人を作る男性はたくさんいる。レナードはただ、それが結婚前だった。
それだけではなかったのか。
(今さら考えても、仕方のないこと。そうわかっているのに)
まさかふたりに復讐したあとになって、こんなにも罪悪感を覚えてしまうなんて思わなかった。
同じように、おそらく自分を裏切った女性に復讐したテレンス。
もし彼に、新しい婚約者ができたら。
その人と、ささやかながらもしあわせな家庭を築いてくれたら。
身勝手だとわかっていても、そんなことを願ってしまうのだ。
季節は春となった。
父にそろそろ参加してみたらどうかと言われ、また夜会に参加するようになったのは、テレンスの様子を知りたかったからだ。
それに、アデラの新しい婚約者を決めるのはもう少し先になるだろうが、あまり引きこもっていては、あらぬ噂を立てられてしまう。
レナードの裏切りなど何でもないような顔をして、にこやかに笑っていなくてはならない。
ただ少し心細く思うのは、今までずっとエスコートをしてくれていた従兄のエイダーが、そろそろ家を出る準備をしていることだ。
彼は神官になるために、神殿に入って修行をする。
いくら三男とはいえ、ソーヴァ侯爵の息子に婿入りの話がひとつもなかったとは思えない。
けれど、あまり丈夫な身体ではないこと。
彼自身、争いを嫌う穏やかな性質であることから、早くから神官になると自分で決めていたようだ。
いつも気遣ってくれる優しいエイダーが、婚約者になってくれたらと思ったこともある。
でもエイダーは従兄であり、ほとんど家族のような人だ。
彼が貴族社会には向いているとも思えない。本人も神官になって静かに暮らすことを望んでいる。
だが従兄にエスコートが頼めないとなると、父は本格的に新しい婚約者を探すだろう。
でも新しい婚約者が、アデラを裏切らない保証は何もない。そう思うと、怖くて仕方がない。
そんな不安定な気持ちで参加した夜会で、アデラは真っ先にテレンスの姿を探した。
けれど、彼と会うことはなかった。
それとなく友人に聞いてみると、未亡人になった従姉の女性の再婚が無事に決まり、その後はほとんど参加していないという。
テレンスは父から爵位を継いで、伯爵家当主になったと聞いている。
それなのに結婚どころか、婚約者を探している素振りもないと、友人達は話してくれた。
彼が当主になったのは弟の不始末を片付けるためで、すべて片付いたらテレンスも家を出ていくのではないか。
そんな噂すらあるという。
「オラディ伯爵家はどうなるの?」
「親戚の中でも優秀だと言われている方と、頻繁に会っているという噂があったわ。もしかすると……」
テレンスはその人に、オラディ伯爵家を譲るつもりなのだろうか。
「……ずるいわ」
それを聞いて、思わずぽつりと呟く。
勝手に共犯者のような気持ちを抱いていた。
これからの未来に対する不安を、彼だけはわかってくれると思っていた。
アデラはリィーダ侯爵家のひとり娘として、貴族社会から逃げることはできないのに、彼は自由になろうとしている。
そう思うと羨ましくて、ますますテレンスの動向が気になってしまう。
そうしているうちに、エイダーは神殿に入ってしまい、父は本格的にアデラの新しい婚約者を探し始めた。
一度目の婚約は解消になってしまったが、原因は相手にあった。
そしてオラディ伯爵家の当主となったテレンスが、きっちりと謝罪と慰謝料を支払ってくれたこともあって、アデラの評判は、それほど下がらずに済んだ。
だが、もうこの年齢になると、ほとんどの貴族は婚約している。
学園卒業と同時に結婚する者も多いくらいだ。
新しい婚約者はかなり年上か、もしくは年下の、まだ学生になってしまうかもしれない。
候補者は、そんなに多くない。
だからすぐに次の婚約者は決まるだろう。
そんなアデラの予想通りに、父はすぐにアデラの婚約者を決めた。
シダータ伯爵家の次男でクルトという男性で、予想していたように、アデラよりも五歳ほど年上の人だった。
彼にも婚約者がいたが、とても身体の弱い女性で、もう少し回復してからと結婚を待っているうちに、病で亡くなってしまったらしい。
それから一年間喪に服し、ようやく新しい婚約者を探し始めたという。
シダータ伯爵家は、それほど目立つ功績も財産もない家だが、大きな瑕疵もない。
二度目の婚約相手としては、適切かもしれない。
彼は黒い髪に緑色の目をしていた。
レナードは濃い茶色の髪に緑色の瞳をしていたから、外見は少し似ている。
けれど年上だけあって、落ち着いた雰囲気の優しそうな人だった。
長年の婚約者を失ってから、まだ一年。
まだ彼女を忘れることはできないかもしれないが、それでも相手が亡くなっているのならば、裏切られることもない。
それから何度か会い、正式に婚約することが決まった。
夜会に参加するときも、新しい婚約者となったクルトがエスコートしてくれる。
彼はレナードと違い、きちんとアデラを迎えに来てくれる。
年齢差もあり、会話はまだ少しぎこちなかったが、それだけで安心していた。
あれ以来、夜会でテレンスを見かけることはなかった。でも婚約したアデラも忙しくなり、彼のことを考える時間も減ってきた。
過去を忘れることはできないけれど、このまま穏やかな関係の夫婦になれるかもしれない。
そう思っていたのに。
とある夜会で、婚約を祝ってくれる人たちに笑顔で礼を言っていたアデラは、ふと風に当たりたくなって、ひとりでバルコニーに出た。
春の夜風が心地良くて、目を細める。
ふと会場に視線を戻すと、クルトは父と一緒に、挨拶周りをしているようだ。リィーダ侯爵家の後継者として、やらなくてはならないことはたくさんある。
その様子を何となく眺めていると、ふいに視界を遮られる。
顔を上げると、ひとりの令嬢が、憎々しげにアデラを睨んでいた。
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