第12話
それから、数日後。
王城で夜会が開かれ、アデラも父に命じられて参加することになった。
ドレスを新調し、テレンスから贈られた宝石で作った装飾品を身に付ける。
エスコートは、いつものように年上の従兄のエディーだ。
優しい彼は、アデラをひたすら気遣ってくれた。
ひとりにならないように、心無い噂が耳に入らないようにと、ずっと傍にいてくれる。
今日は従兄の好意に甘えることにして、アデラは彼とだけ踊り、それ以外の時間も傍にいてもらうことにした。
こうしていれば、噂好きな令嬢たちでも、こちらに近付くことはできない。
「アデラ、大丈夫かい?」
「ええ。でもひさしぶりだから、少し疲れてしまったわ」
「そうか。ちょっと風に当たろうか」
そう言って、エディーはテラスに連れて行ってくれた。
冷たい夜風が心地良くて、アデラは目を細める。
従兄がしっかり庇ってくれたから、思っていたよりも楽に過ごすことができた。
もう少しだけ滞在したら、今日は帰っても構わないだろう。
そう思っていると、ふいにホールが騒がしくなった。
何事かと思って振り返ると、そこには見覚えのある姿があった。
(……テレンス)
テレンスが、ひとりの女性を伴って姿を現した。
その女性が彼の年上の従姉であることを、アデラも知っている。レナードがよく彼女の話をしていたのだ。
結婚したばかりなのに夫に先立たれた、かわいそうな従姉だと。
父も亡くなっていて、兄夫婦が爵位を継いでいるそうだが、その兄夫婦とも折り合いが悪いらしい。
だから実家に戻ることもできず、従弟のテレンスにエスコートを頼み、新しい縁談を探しているのだろう。
テレンスも爵位を継いで伯爵家当主となれば、結婚しなければならない。
だが彼には、まだ婚約者さえいなかった。
ふと、アデラはテレンスの婚約者だったエリーという女性は、どんな人だったのだろうと考える。
彼の、どこまでも冷たく凍りついたような視線は、彼女の裏切りのせいではないか。
メーダ伯爵家の没落は、おそらく彼の仕業だ。
婚約者だったエリーは彼を裏切り、他の男性と駆け落ちしてしまった。
だからテレンスは実家を没落させて援助を断ち切り、駆け落ちまでした相手との関係を悪化させた。
テレンスを裏切ったエリーは、溺愛していたはずの家族に売られ、望まぬ結婚を強いられてしまった。
彼女と駆け落ちした相手は、今どこで何をしているのだろう。
無理矢理別れさせようとしても、駆け落ちまでした相手だ。
そんなことをしても、ふたりの愛は深まるだけだったに違いない。
だからテレンスは、エリーの実家を没落させて援助を断ち切った。
レナードと同じように、ひとりでは何もできない貴族のお嬢様は、足手まといになったに違いない。
おそらくレナードとシンディーのように、喧嘩が増え、ひとりでも町で生きていける庭師は、エリーを捨てたのだ。
もしかしたら、他に女性ができたのかもしれない。その方が、エリーの絶望は深まる。
(全部、私の想像でしかないけれど……)
間違ってはいないだろう。そんな確信があった。
こんなことを瞬時に考えてしまう自分も、レナードの裏切りで随分変わってしまったと、アデラは自嘲する。
そのレナードも、今では平民となって苦しい生活を送っている。シンディーとの愛は、もう欠片も残さずに砕けてしまったに違いない。
アデラを裏切り、嘲笑い、利用しようとしていたふたりだ。
(ああ……)
テレンスの憎しみと、自分の感情が入り乱れる。
アデラも、レナードとシンディーが憎かった。
だから、あの計画を実行したのだ。
そのことは、後悔していない。
悪行の報いは受けるべきだ。
それでも憎しみは、人を簡単に変えてしまう。
アデラも、以前の何も知らなかった自分には戻れない。
「……気分が悪いの。今日はもう、帰りたいわ」
従兄にそう訴えると、彼は急いで帰りの馬車を用意してくれた。
優しく丁寧にエスコートしてくれる従兄に縋って、アデラは屋敷に戻る。
エリーにもレナードにも同情はしない。
けれど、その没落した姿を見ても、心が晴れることはないだろう。
アデラの脳裏には、冷たい視線で会場を見渡していたテレンスの姿が、いつまでも頭から離れなかった。
アデラを乗せた馬車は、気分が悪い主を気遣って、ゆっくりと進んでいく。
しばらくきつく目を閉じていたアデラは、王城が遠ざかると緊張が解けて、深く息を吐いた。
こちらに向けられた、人々の好奇の視線。
そして、かつて夜会で義妹のシンディーをエスコートしていた、婚約者だったレナードの姿を思い出す。
テレンスの冷酷な瞳。
没落したエリーと、家を追い出されたレナード。
たくさんのことを思い出してしまい、心が乱れている。
帰ったら父に頼んで、もうしばらく夜会は休ませてもらおうと思う。
婚約を解消したばかりなのだから、父もきっと許してくれるだろう。
少なくとも、アデラの次の婚約者が決まるまでは。
いつまでもこのままではいられないと、わかっている。
アデラはリィーダ侯爵家のひとり娘だ。
侯爵家を継いでくれる人を、婿に迎えなければならない。
その人はいずれ侯爵家の当主になるのだから、決めるのは父であり、アデラの意思がそこに反映されることはない。
もちろん政略結婚で、最初から愛されることなど望んでいない。
でも、せめて誠実な人であればいいと思う。
いずれテレンスも婚約し、結婚するだろう。
彼はどんな人を選ぶのだろう。
過去の憎しみを忘れるくらい情熱的な恋をして、しあわせになってくれないだろうかと、考える。そうすれば、アデラもきっとレナードの裏切りを、彼に対する複雑な感情をすべて捨て去ることができる。
心の奥底ではそんなことがあり得ないとわかっているのに、そう願わずにはいられなかった。
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