第11話 刃重開放
一夜明けて、幼馴染み二人積もる話もあるだろうと、朝方になって秘密基地を抜け出した。
この町も朝は静かなようで、川の流れの音が聞こえるくらい大人しい。
これが昼になると耳を塞ぎたくなるくらいうるさくなるのだから面白い。
「あ、定食屋がある。いいね」
店内の雰囲気も悪くなく、朝速くて客も疎ら。
好きな席についていいとのことなので近くのテーブルににつく。
おしぼりで手を拭きながら、壁のメニューに眼を通した。
「どれにしようかな……お、焼き鮭。焼き鮭いいね。すいません」
店員さんに焼き鮭定食を注文し、お冷やを一口含む。
しばらく待つと盆に載って俺の朝食が運ばれてきた。
ごはん、焼き鮭、味噌汁、おひたし、玉子焼き。それぞれの皿が綺麗に配置された焼き鮭定食。
「いただきます」
手を合わせて、まず箸を付けるのはメインの焼き鮭。
これから食べなきゃ始まらない。
軽く力を入れると、身は簡単にほぐれて湯気が立つ。箸先で掴んで口へと運ぶと、すぐにご飯が欲しくなるくらいの塩気が舌に乗る。
すこし塩辛いけど、これくらいのほうがごはんが進む。
粒の立った白米もまた美味い。
「味噌汁は……お、いい感じ」
焼き鮭がすこし塩辛いので警戒したけど、こちらは良い塩梅だ。
ほっとする優しい味がする。
菜物のおひたしはシャキシャキしていて、卵はは甘く味付けされていた。
どれも美味しくて堪らない。ここに入ってよかった。
「ごちそうさまでした」
勘定を払って店を後にし、満足感と満腹感を感じながら、腹ごなしの散歩へ。
あぁ、美味しい物が食べられるって幸せだな。
§
「ただいま」
夕刻、地平線が黒く染まり始めた頃になって、俺は秘密基地に帰還した。
「あ、おかえりなさい。どこ行ってたんですか? 蒼鍵隊長」
「ちょっと食べ歩きをね。いやー、この町って美味しい物ばっかりで困っちゃった。定食も団子も、そばも、寿司も、天ぷらも、ひつまぶしも!」
「どれだけ食べてるんですか……」
「大丈夫、腹八分目にしてあるよ。今夜は決戦だからね」
今夜、神奈ちゃんの弟くんを助け出す。
「毎回、零士の居場所はどうやって突き止めてるの?」
「直感だよ。なんとなくここだろってところに大体いる」
「凄いアバウトだね。まぁ、手掛かりないし、頼るしかないんだけど」
姉弟の繋がりがそれを可能にしているんだろうか?
「もうすぐ弟が現れる時間だ。気を引き締めてくれ」
夜が更けるのを眺めながらその時を待つ。
「――来た。こっちだ!」
秘密基地を飛び出した神奈ちゃんの背中を追って俺たちも駆ける。篝火の火の粉を払って進み、先行する神奈が弟くんを目視で捉えた。
「零士!」
腕の調子はいいようで、刻み付けた刀傷は綺麗に塞がっていた。
あちらもこちらに気づくと、臨戦態勢に入る。それと同時に、大量の魔物を召喚した。
「おっと、嘘でしょ!?」
「こんなの今まで一度も」
「これじゃ被害が」
昨夜、逃げたのと同じ方法で魔物たちをこっちに呼んでいるみたいだ。
神奈ちゃんと同じ、見える側の人間が増えて手段を変えて来たってところかな。
面倒なことをする。
「天南ちゃんと神奈ちゃんは魔物の相手をお願い」
「了解です!」
「おい、あたしは」
「大丈夫、弟くんは俺が助けるから。キミもみんなを助けてあげて。その斧で」
「チッ。何回やってもダメだったあたしがやるより、あんたに任せたほうが弟のためか。よし! 任せな!」
「よろしく」
大量に現れた魔物の相手を二人に任せ、俺は必要最低限の魔物を斬って進み、取り憑かれた彼の元へ。
「やあ、昨夜ぶりだね」
禍々しい魔力と対峙した。
「そう言えばまだ途中だったんだ。続けさせてもらうよ。春風の初陣を」
先に仕掛けるのはこちら。
真っ直ぐに距離を詰めて、袈裟斬りに春風を振り下ろす。彼は昨夜と同じように両腕を盾にし、こちらの攻撃を受け止めた。
「対策してきたってわけね」
両の上腕から肘に掛けて刃が通っている。身に纏う禍々しい魔力の装甲。
簡単には倒させてもらえないみたいだ。
春風と魔力装甲。互いに弾き合い演じる剣撃の応酬は、火花を咲かせて夜の暗がりをほのかに照らす。
星霊王の神眼があるこちらのほうが押してる。けど魔力の装甲が思ったより頑丈で、今の俺の技術じゃ切り裂けない。
もっと修行しないと。
だから、使ってしまおう。
「刃重開放」
今できる最高火力を叩き込む。
「
春風の刃重は、風の如く
纏った風に背中を押され、踏み込んだ次の瞬間には、すれ違い座間に一撃を見舞っている。
風の如き、超高速の移動法。
剣の腕は未熟でも、速度で補えば威力は増す。先の一撃は彼の胴体を捉え、魔力装甲を引き裂いた。
そして春の如く、俺自身の周囲の時間がゆっくりと流れていく。
これが静と動を兼ね備えた春風の刃重。
静の時間の中で、彼は擦れ違った俺を追って振り返る。その先で待っているのは、すでに切り替えした後の俺だ。
振るった剣は、星霊王の神眼によってより精密な軌道を描き、斬り裂いた魔力装甲の隙間を正確に縫う。
遡る刃が深く入り込み、彼はそれを持って戦闘不能に陥った。
全身に纏っていた禍々しい魔力は、血が吹き出すように消滅し、ようやく弟くんの顔が拝めるようになる。
「へえ」
神奈ちゃんとよく似ていた。
「魔物が引いた? 蒼鍵隊長!」
「ああ、終わったよ。春風のお陰で弟くんも無事」
「零士!」
神奈が直ぐに駆け寄ってきて、倒れた弟くんの顔に手をやった。
すると、ゆっくりと瞼が開く。
「姉さん?」
「心配掛けさせやがって、馬鹿野郎!」
神奈ちゃんは弟くんの胸で泣き崩れ、家族の無事に心の底から安堵している。泣き付かれているほうはポカンとしてるけど。
とにかくこれで、春風も初陣を飾れた。
一件落着だ。
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