第10話 取引

「神奈!」

「行くよ、天南ちゃん」

「はい!」


 物見櫓の手すりに足を掛けて跳躍。夜空へと飛び出し、この辺りで一番背の高い建物に着地。落下の衝撃は魔力の放出で緩和した。

 同じ要領で地面まで降りると、天南ちゃんが隣に並ぶ。

 星霊王の神斧が振るわれる轟音と振動はまだ続いている。早く捕まえに行かないと。


「こっちです!」


 先行する天南ちゃんを追いかける形で進むと、大きな砂埃に目の前を遮られてしまう。

 夜風がそれを攫うと、地面に斧を振り下ろした少女がいた。その斧は神秘を放ち、星霊王の神眼などなくても断言できる。

 星霊王様の装備だ。


「神奈!」

「天南……か?」

「どうしてこんなことを!? 町を破壊して!」


 建物は削られ、地面には深い亀裂、橋は半ばから落ちている。破壊の限りを尽くしているって感じだ。

 町の人も遠巻きに様子を覗っている。


「悪いけど、答えてる暇はないんだ」


 彼女の視線が僅かに彷徨い、ある一点に向かう。釣られて俺もそちらを見ると、建物の上に人影を見た。

 禍々しい魔力を身に纏った、魔物のような男だ。


「神奈!」

「邪魔するな!」


 刀を抜いた天南ちゃんに、彼女は星霊王の神斧を振るう。

 それは軽い振りだったが、砂塵を巻き起こすほどの威力となって天南ちゃんを飲み込んだ。

 その隙に彼女は、禍々しい男の元に飛び、星霊王の神斧を薙ぎ払う。


「これは一体……」


 戦っている。

 ただ破壊衝動のままに暴れている訳じゃない。明確にあの禍々しい男と命のやり取りをしている。

 なのに、何故だ? 一人でハイになって暴れているような話になっているのは。


「か、神奈。どうして町を壊すの! 教えてよ!」


 砂塵から抜け出した天南ちゃんの声が響く。その悲痛な叫びは、けれど状況に則していない。

 町を壊しているのは、戦闘の余波だ。

 彼女は意図的に町を壊そうとはしていない。結果的に壊してしまっているだけだ。

 だけど、みんな彼女が一人で暴れ回っていると思っている。

 この場にいる天南ちゃんでさえも。


「もしかして――」


 それなら納得が行く。

 彼女が一人で暴れ回っていると誤解するのも無理ない。

 ともかく、やるべきは一つだ。


「天南ちゃん。悪いけど隊長命令、ここで待機!」

「ええ!?」

「事情が変わったの!」


 天南ちゃんを待機させて自分は跳躍。魔力の放出を伴い、この身は高く舞って一息に彼女たちの元へ。

 足をついたのは、丁度禍々しい男の背後。

 春風の柄を握り締め、繰り出す一撃。

 咄嗟に振り返られて防御されたが、腕の二本だ。深い刀傷を刻み、両腕を使用不能にした。


「あ、あんたは」

「大丈夫。俺には見えてるから」 


 腕の傷口から煙みたいに、禍々しい瘴気のような魔力が立ち上っている。

 そんな状態だからか、禍々しい男は無理に交戦することを選ばなかった。

 自身の足元を禍々しい魔力で満たすと、沼に落ちるように消える。

 どこかに移動したみたいだ。


「あらら、逃しちゃった」

「あんた、ホントに見えてるんだな」

「そうだよ。いいかな? すこし話ししても。天南ちゃんと一緒に」


 建物の上から見下ろすと、不安そうな顔をしてこちらを見上げる天南ちゃんと目が合う。


「……わかった」

「良かった。じゃあ、行こうか。どこか静かなところに。おーい、待機解除! こっち来て、天南ちゃん!」

「はい!」


 天南ちゃんを呼んで、改めてご対面。言いたい聞きたいことは山程あるだろうけど、今はここを離れるのが先かな。

 野次馬が集まってきた。


「神奈……」

「移動が先だよ、天南ちゃん。何処か人目に付かないところ知らない?」

「それなら」


 この場を手早く離れて三人で移動。道案内は天南ちゃんに任せて屋根の上を進むことしばらく。俺たちは一軒の質素な家屋に到着した。


「ここ……」

「そう。私と神奈で作った隠れ家。まだ残ってて良かった」


 敷居をまたぐと自動で燭台に明かりが灯る。

 人が三人も入ればそれで手狭になるくらいの広さだけど、秘密基地感があって意外と居心地がいい。

 持ってきたお菓子とか広げちゃおうかな、なんて。


「覚えてる? ここで一夜明かしたこと」

「あぁ、あたしにくっついて離れなかったよな?」

「隙間風の音が怖かったの!」


 二人だけの秘密基地で、思い出の花が咲く。

 今は隙間風の音なんてしないから対策したみたいだ。


「……ねぇ、なにがあったの? 私にはやっぱり、昔の神奈と話してるようにしか思えない。なにか事情があるんでしょ?」

「……まったく、わかったよ。話す。そっちの人には見えてたみたいだしな」

「隊長?」

「その内わかるから」


 まずは神奈の話からだ。


「事の始まりはあたしがこの斧を見つけたことだ。山の大木を縦に斬り裂いて、地面に突き刺さっていたよ」

「想像すると凄い光景だね」

「だろ? 当然、引っこ抜いた。その途端だったよ。あいつが現れたのは」

「あいつ?」

「あたしもよくわからない。見た目は黒い靄か瘴気みたいだった。とにかく禍々しくて、直ぐにこの斧を構えたよ。そしたら……」


 神奈は一度閉口し、数秒してゆっくりと話した。


「あいつ、一緒にいた弟に取り付きやがったんだ」

「え、弟? 零士れいじが!?」

「あぁ、体を乗っ取られてる。あたしはなんとか弟を助けたくて」

「ちょっと待って。じゃあ、どうして神奈は暴れてたの? 町をあんなに破壊して」

「それは俺から説明するよ。その弟くん、他の人からは見えないんだよ」

「見えない? ……だから、暴れ回っているように見えた。本当は戦っていたのに」

「そういうこと」

「チームを抜けたのも……」


 事情を考えればチームに迷惑を掛けないようにするため。 

 しばらくの沈黙の後。


「そっかー! そういうことだったのかー! やっぱり神奈は神奈だったんだ! よかったー!」


 天南ちゃんは憑き物が落ちたように笑顔になった。


「零士を助けたくて、一人で戦ってたんだね」

「あいつは町で人を襲うし、見えるあたしがなんとかしないとな」

「そう言えば神奈はどうして零士が見えるんだらう? 蒼鍵隊長はともかく」

「そりゃあ血が繋がってるからとか、この斧のお陰とか? こっちとしては、天南の隊長さんが見える理由のほうが知りたいけど」

「俺には特別な眼が宿ってるんだ。それよりも、取引しない?」

「取引?」

「弟くんの救出に強力する代わりに、すべてが終わったらその斧をこっちに渡してほしい」


 弟くんを助けることは仕事に入っていないけど、このまま神奈ちゃんから斧を奪って帰るなんて出来ない。

 天南ちゃんに失望されたくないしね。


「そうか。天南がここにいる理由はそれか。ただの斧じゃないとは思ってたが、そんなに価値ある武器なのか」

「星霊王様、知ってるよね?」

「あぁ、この世界を守ってくれてる神様だろ?」

「その星霊王様の装備の一つがそれ」

「は? マジかよ! はっは! そりゃ強力なわけだ!」


 その豪快な笑いっぷりには清々しさすら感じる。


「それでどうなの? 取引に応じてくれる?」

「あぁ、いいぜ。その条件なら。星霊王様の斧だろうがなんだろうが持っていきな。それで弟が助かるなら安いもんだ」


 普通は手放したくないと考えるものだけど、俺も稍波さんに返還を迫られた時に躊躇したし。けど、それをあっさりと手放した。

 そう言えば天南ちゃんも弟思いだって言ってったっけ。

「弟を助けるために協力してくれ」

「もちろん」

 取引成立。

 弟くんを助け出そう。

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