第8話 団子屋にて

 中界は上界よりも時代が後退しているように見えた。

 上界が明治時代くらいなら、中界は江戸時代くらいの差がある。

 だだっ広くて建物が極端に隣接していて狭く、大きな川が街の中央を貫いていた。

 そしてなんと言っても。


「なんだぁ、てめぇ。難癖付けやがって」

「難癖だ? お前のせいで土被ったっつってんだよ」

「はっ、最初から薄汚れてただけだろ」

「あぁ? ぶん殴られてぇかテメェ!」


 そこら中で喧嘩が起こってる。

 本当に毎秒の如く勃発しては、あちらこちらから怒号が響いていた。


「ここっていつもこんなに騒がしいの?」

「えぇ、まぁ。でも、こんなものじゃないですよ。特に川を挟んだあちら側と喧嘩になったらもう大変です。一晩中眠れませんよ」

「そんなに。じゃ、是非ともそうなる前に目的を達成したいね」


 因縁を付けられないように注意しておかないと。


「えーっと、まずは情報屋に会わないと。たしか団子屋にいるって言ってたけど」

「それなら心当たりがあります。この辺りで一番美味しい団子屋ですよ」

「お、いいね。頼りになる。じゃあ、早速行こうか」


 三色、みたらし、あんこ、ごま、きなこ。

 どれから食べようかな。

 とか悩んでいる間に、天南ちゃんの案内で団子屋につく。

 評判通りの確かな味を持っているようで、かなり繁盛しているようだった。


「噂に違わぬって感じだ。すみません、注文いいですか?」


 店員さんに注文を済ませ、紅い布の掛かった長椅子で今か今かと団子を待つ。


「お待たせしました。注文の団子です」

「来た!」


 陶器の皿に載った、色取り取りの団子たち。

 串に刺さった姿すら愛らしく思える。まずは定番の三色団子から。

 噛めばもっちりとした食感と、三色の風味を損なわない良い塩梅の甘みが、味覚を喜ばせてくれる。串に刺さっているのが三個だけなんて、と思ってしまうのは贅沢かな?

 次にみたらし、きなこ、ごま、あんこと、次々に口に運んでいく。

 隣りに座っている天南ちゃんも、絶品の団子に笑顔になっていた。


「相変わらず、美味そうに食ってんな。団子」


 その天南ちゃんの隣りに、一人の男がどっかりと無遠慮に座る。


相承そうじょう? あなた、相承なの!?」

「あぁ、そうだよ。で、お前が捜してる情報屋だ」

「うそ!? 蒼鍵隊長! この男の子、私の知り合いです!」

「お、男の子だぁ!?」


 団子に夢中でよく見てなかったけど、たしかに男の子って感じではある。

 年齢は天南ちゃんよりも下くらいで、並んでいると姉弟のようにも見えた。

 本人はそれが嫌なんだろうけど、正直な感想です。


「ま、まぁいい。大人はそんなことで怒らないからな」

「私の団子食べる?」

「いらねぇよ! それよか仕事の話だ」


 たしかにそう。

 一度、団子を食べる手を止めた。


「夜になると星霊王様の装備ってのを使って暴れてる女がいる」

「たしか?」

「たしかだ。ほかに比肩するような武器がないし、その強力さゆえに無敵だって自分で言ってたくらいだ」


 それは特に大げさというほどのものではない。

 現に俺がそうだ。戦闘経験の浅い俺でも、天南ちゃんに勝てた。魔物に取り憑かれた少女を助けられた。

 無敵という言葉も、強ち間違いじゃないかも知れない。


「その女は星霊王様の装備でなにをしているんだ?」

「暴れ回っているのさ。北も南も東も西も、川の垣根もなんのその。毎夜、どこかで死ぬほど暴れて、色んな物をぶっ壊して去って行く。迷惑極まりないよ」

「星霊王の装備を得た万能感でハイになってるのかも」


 俺も一歩間違えればそうだったかも知れない。

 そう思うと稍波さんの最初の対応は間違いじゃなかったんだ。

 誓って疑ってもいなかったけども。


「その女の身元は……まぁ、そこまではわからないか」

「いや、わかるぜ。名前もな」

「本当に?」

「相承? 嘘はダメよ」

「嘘じゃねぇ。天南も知ってる奴だよ」

「私、も?」


 天南ちゃんと相承くんの共通の知り合いってこと?


「その女の名前は?」

神奈かんな

「嘘!」


 天南ちゃんが席を立つ。人目も憚らず、感情的に。

 それくらい、天南ちゃんにとってはあり得ないことだったんだろう。

 神奈という人物はそれだけ、関わりが深い人みたいだ。


「何度も言うけど、本当だよ。それに見たんだ、俺。神奈の奴、派手な斧を振り回して暴れてた」

「斧を? じゃあそれが……」


 恐らく、それは星霊王の神斧。

 印象からしてかなり強力そうな装備だ。

 無敵という言葉が現実味を帯びてくる。

 これは厄介なことになったかも。


「信じない。だって神奈は」

「人は変わるもんだろ、天南。お前だって中界から出て、上界に昇ったじゃん」

「それはっ!」

「わかってるよ。でも、頑なに行きたがらなかった上界に、最終的には行っただろ? 人は変わるんだよ」


 相承くんの言葉に、天南ちゃんは言い返せなかった。

 人は変わる。たしかにそう。使命を抱いて俺も変わったくらいだ。

 久しぶりにあった友人が変わっていたなんてこともよくある。

 今回も表面上はそんなよくあることなのかも知れない。


「確かめないと……」

「天南?」

「相承が言ったこと、本当なのか」

「本当だって何度も言ってるだろ!」

「自分の目で確かめたいの!」


 たしかにそうしないと天南ちゃんは納得できそうにないね、この様子だと。

 でも、とりあえず。


「はい、そこまで。そろそろにしとかないと、他のお客さんに迷惑だし、折角の団子が冷めちゃう」

「あ」


 周囲の目を引いていることにようやく気がついた天南ちゃんはすぐに着席した。

 顔を真っ赤にして黙々と団子を口に運んでいる。相承くんはため息をついて団子の注文を済ませた。

 とりあえずこの場はよし。残りの団子を味わってから、今後のことを考えよう。

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