第7話 黒剣贈呈

 山打竜兵から完成の報告があって、俺はすぐに鍛冶場へと向かった。

 逸る気持ちを抑えて冷静に、そして静かに扉を開くと一番に眼に入る。

 芸術的な造形、鏡面の黒、雲が浮かんだような波紋。どれをとっても美しい。


「どうよ。これが俺が腕によりを掛けて打った黒剣だ! 美しいだろう? 格好いいだろう?」

「たしかに、これは最高ですよ。山打さん!」

「よせやい、照れるやい。だが、最高って評価は遠慮なくいただくぜ。実際、最高だからな。ほら、手にとってみるんだ。それでその刀の名前や刃重がわかるはずさ」

「わかりました」


 緊張で指が震えながらも、意を決して黒剣に触れる。

 瞬間、この刀に関するあらゆる情報が頭に流れ込んできた。


「どうだい? そいつの名前は知れたかい?」

「えぇ、春風はるかぜです。とても気に入りました」

「そいつはよかった。じゃ、黒剣の贈呈式はここまでだ、お疲れちゃん」


 自分専用の黒剣、春風を真新しい剣帯に差す。

 これで俺も名実共に、立派な隊長ってことでいいのかな。だといいな。


「あぁ、そうだ。そいつの進呈が終わったら稍波総代のところに行くようにってさ」

「稍波さんのところに?」

「なんでも重大な仕事についてだそうだよ。詳しくは知らないけどね」

「重大……」


 となると、あの件かも。


「ありがとうございます。今から行ってきます」

「おう。重大な仕事とやらに、その春風を存分に役立ててくれ」

「はい」


 帯剣した状態で鍛冶場を後にし、その足で稍波さんの元へと向かう。

 これは最近、知ったことなんだけど。稍波さんと向かい合って座った、あの一面に床木が敷き詰められた場所は聖域というらしい。

 かなり神聖な場所らしく、試合なんて以ての外なところだった。

 俺に星霊王の神眼が宿っていたから、それに似合う場所を用意してくれたってことらしい。

 当時は知らなかったとはいえ、ありがたい話だった。


「失礼します。花尾蒼鍵、到着しました」

「うむ、入れ」


 聖域に到着し、稍波さんと向かい合って座る。もちろん正座だ。


「重大な仕事の話だとか」

「そうじゃ。先の一件によって世界各地に散らばった星霊王様の装備が一つ見付かったかも知れん」

「かも知れないというのは?」

「情報が不確かでな。本当に星霊王様の装備かどうかは実際に見て、確かめて貰わねばならぬ。その点、星霊王の神眼を持つおぬしなら間違えようもなかろう」

「たしかに、その通りです。では、場所は?」

「中界じゃ。そこの住人が星霊王様の装備を持っているらしい。急ぎ、確かめてくれ」

「わかりました。すぐに中界に行ってきます。それでは」


 立ち上がって稍波さんと聖域に礼をし、この場を後にする。

 ついに使命を果たす時が来た。これはまだ始まりだけど、必ず成功させないと。


「そうだ。天南ちゃんって中界出身だっけ」


 この前は御忍びで行動して酷い目にあったし、天南ちゃんも連れていこう。

 いや、これはちゃんとした仕事の話だから、隊士である天南ちゃんを連れて行くのは当然の話なんだけど。

 そんな訳で桜灯の関係者に声を掛けて、天南ちゃんを呼び出してもらった。


「ご用ですか? 蒼鍵隊長」


 中途半端な時間に呼び出したからか、天南ちゃんは制服を着ていた。

 授業中に抜け出させてしまったかも。それでもこっちを優先してもらわないとだけど。


「うん、そう。これから中界に行くから準備してくれる?」

「随分と急な話ですね。わかりました、準備します。ちなみに何をしに行くんですか?」

「世界各地に散らばった星霊王様の装備を探しに」

「え……えええぇえぇえええ!?」


 あれ? 言ってなかたっけ。


「星霊王様の装備って、とんでもなく重大な役目じゃないですか! それがどうして蒼鍵隊長が、というか隊士二名の桜灯に!」

「ははは、ごめんごめん。説明するよ」


 説明していた気になっていただけのようで、これまでのことを天南ちゃんに説明した。

 星霊王の神眼がこの眼に宿っていることを、天南ちゃんは始めてここで知ったみたいだ。

 指名試合の時に言っていたハンデの話がようやく腑に落ちた様子だった。


「だから、蒼鍵隊長はあの時あんなことを……でも、凄いですね。星霊王様直々に選ばれるなんて」

「いや、どうだろう? 結局、選ばれた理由はさっぱりだし。気に入られているっぽいのはわかってるんだけど」


 本当に何故かはわかってない。


「まあ、そんな訳で稍波さんに許可をもらって俺たちが動くことになったってわけ」

「なるほど、わかりました。そういうことなら任せてください。星霊王様のためにも装備を見付けましょう」

「星霊王様の装備は中界の誰かが持ってるらしい。頼りにしてるよ」

「はい! 準備してきます」


 たったったと軽快な足取りで天南ちゃんは自室に戻っていった。

 俺も準備しないと。中界がどんなところか見たことないし、食糧は大目に持っていこうかな。給料も貰ってるし、取り寄せた下界のお菓子のストックも十分にある。

 長期戦も見据えた完璧な食糧管理だ。


「蒼鍵隊長! 準備完了です!」

「よし、じゃあ行こうか」


 制服から隊服に着替えた天南ちゃんと一緒に星護宮を後にする。

 初めて上界に登った時とは逆の形で、今度は洞窟に潜るように中界へと向かった。

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