第6話 解体

「魔物か」


 魔力の乱れから魔物が生じ、畑を徘徊している様子。幸い近くに畑の持ち主はいないようだし、俺が今のうちに倒してしまおう。

 毎度の如く剣帯に差すこともない白剣を握り締め、魔物が背後を向けた直後に打って出る。

 奇襲は成功。

 魔物は振り返ることしかできず、白剣の斬撃を浴びることになる、はずだった。


「待って!」


 その声が耳に届く前に、俺は白剣を寸前のところで止めていた。見えたからだ。魔物の中に人が、少女がいる。

 直ぐに距離をとった。


「ねえちゃんが取り憑かれてるんだ! 殺さないで!」

「ああ、わかってる。キミはそのまま隠れてて!」


 恐らくだけど、魔物に取り憑かれたのは、魔力の乱れをなんとかしようとした結果だろう。

 まだ幼くて感受性が高く、大人より見えるものが多い。見えてしまったんだ、魔力の乱れが。

 どうにかして助けてあげないと。


「とはいえ、どうする」


 正直、打つ手がない。

 魔物に取り憑かれた少女の救い方なんて知らない。知らないが、この星霊王の神眼ならどうにかできるかも知れない。

 注目すべきは、体格差だ。

 少女と取り憑いている魔物とでは体格が全く違う。まるできぐるみだ。

 つまり白剣できぐるみだけ切り剥がせば少女を助け出せるかも知れない。

 少女は魔物の中で苦しんでいる。

 迷っている暇はない。


「いいか、弟くん! 姉ちゃんを助けるから絶対に出て来ないで! 俺が何をしようと、それは姉ちゃんを助けるためだからね!」


 白剣を握り締め、取り憑いているとはいえ、少女に向かって剣を振るう覚悟を決める。

 弟に釘も刺した。どうか上手く行ってくれ。


「切り離してやる!」


 白剣を携えて接近。交戦の構えを取った魔物は拳での迎撃を行った。飛来するそれを星霊王の神眼で見切り、半ばから断つ。

 宙を舞う腕よりも目を引くのは、断ち切った断面。直ぐに塞がったが、確かに少女の指先が見えた。

 行ける。切り離せる。


「返してもらう!」


 腕が飛んで怯んだところへ追撃を叩き込む。星霊王の神眼で慎重に少女の位置を確認しつつ、魔物を切り離しに掛かった。

 もう片方の腕も飛ばし、背後に回り込んで背中を切り分ける。少女の背中を確認。足払いのように剣を振って足を削いだ。

 為す術もなく倒れた魔物の胸を開く。

 そして最期に頭を落とし、魔物は少女を残して消滅した。


「やった! にはまだ早い!」


 直ぐに少女を抱き抱え、息があるか確認。

 かなり衰弱しているものの、まだ生きている。まだ間に合う。

 たしかこの近くに桜灯の施設群があったはず。

 そこまで行けさえすれば。


「弟くん! ついて来て! 姉ちゃんを運ぶ!」

「わ、わかった!」


 少女を抱えて林道を駆け抜け、桜灯の施設を目指す。ここは禍津血による被害が一番大きな領地だ。

 施設群に医療施設もあるはず。

 息の浅い少女を気に掛けながら進み、ついに見えた施設群に飛び込んだ。


「医者はいるか!? 急患だ!」

「大変! こちらです!」

「いるんだな! よし! この子を頼む!」

「はい!」


 桜灯の施設群の中の一つに医療関係の物があった。少女はすぐに運ばれて行き、いま然るべき治療を受けている。

 弟くんは心配疲れからか、眠ってしまっていた。


「隊長!」


 ふと聞き覚えのある声がする。


「あれ、天南ちゃん? なんでここに?」

「ここの施設の人から連絡をもらったんです!  どうしてこういうことになったのか。きちんと説明してもらいますからね」

「ははー、話せば長くなるんだけどもね」


 天南ちゃんも桜灯の隊士として名を連ねている。その関係で連絡が行ったみたい。

 隊長が突然、瀕死の少女を連れて領地の施設群を訪れた、なんてびっくりするよね。

 という訳で天南ちゃんに事の顛末を話した。


「桜餅……ですか」

「そ。食べてみたいじゃない。桜灯の特産品、桜餅」

「桜餅なら不作とはいえ普通に売ってますけど」

「違うんだな、天南ちゃん。俺が食べたいのは苦難を乗り越えた先にある桜餅なんだよ。わかる?」

「はぁ」


 天南ちゃんは呆れ返っていた。


「でも、そんな隊長だからこそ、今日一人の少女の運命が変わりました」

「まだわからないけどね」


 助かったって報告はまだ、この廊下に届いてない。


「変わりましたよ。少なくとも助かる見込みが出来ました。桜餅への思いが生んだ奇跡です」

「ははっ、それはいい」


 俺の食欲が役に立つ日が来るとはね。


「あ、それと今後は御忍び禁止ですからね。今回のことだって、黒剣を持っている私がいれば話はもっと簡単だったんですから」

「え? どういうこと?」

「大変残念ですが、黒剣なら解体なんてせずとも魔物だけを倒せます」

「……まーじー? 白剣でちまちまやってた俺の苦労はー?」

「私に声を掛けずに一人で御忍びするからいけないんです」

「くっそー。俺の黒剣、まだ出来ないのかなー!」


 なんて言っていると、廊下の奥から医師が現れた。気配を感じたのか、弟くんも目を覚ます。


「先生、あの子は」

「かなり衰弱していましたが、なんとか持ち堪えました」


 ということは。


「ねえちゃん、助かった!」


 ほっと安堵の息が出て、先程まで座っていた椅子に腰が降りる。

 なんとか救えた。本当によかった。


「にーちやん」

「ん?」

「ねえちゃん助けてくれてありがと!」


 この言葉が何よりも嬉しい。


「どういたしまして」

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