第5話 役職、隊長


「花尾蒼鍵を星痕烈士天隊、桜灯おうとうの隊長に任ずる」


 稍波さんの宣言の元、俺の身に役職がつく事になった。

 三界である下界、中界、上界を守護する星痕烈士天隊、その春を司る部隊である桜灯。

 年に一度、世界に春を告げるための部隊で、隊長不在だったため、その穴埋めも兼ねての任命だとか。

 てっきり何処かの部隊にお邪魔する形になると思っていたから驚いた。

 まさか自分の部隊を持つことになるとは。

 まぁ、部隊と言っても戦える隊士は自分を含めてまだ二名しかいないんだけど。

 だから動かしやすいってことでもあるのかも。


「よう。あんたが新しい隊長さんかい? 若いねぇ。黒剣、まだ持ってないんだって?」


 そう気楽な感じで話し掛けてきたのは、この上界で一番の鍛冶師、山打竜兵やまうちたつべい

 その服装には無数の焦げ跡が刻まれていた。


「ええ、その通りです」

「よし、わかった! じゃあ俺が打ってやるから安心しな!」


 桜灯の隊長に任命されてから初めて訪れたのは、激しい炎が絶え間なく焚かれ、冬場でも汗をかいてしまいそうなほど熱い鉄火場だった。

 ここでは武器、黒剣を打ってくれる。


「一部隊の隊長の武器が白剣では威厳も落ちると言うもの」


 稍波さんの計らいによって俺も黒剣を持つ事になった。


「じゃあ黒剣を打つ上で必要不可欠な二つの素材を発表しまーす。一つ! 持ち主となる者の血液。二つ! 歯一本」

「血はともかく、歯……ですか?」

「そうとも。心配しなくても大丈夫。採血チームがもう控えてる」

「わっ、いつの間に」


 本当に控えていた。


「それに元より絶対に頑丈な差し歯もプレゼントだ。抜くのも挿すのも一瞬だから気付かないかもよ」

「痛みは少ないってことですよね。うーん」


 採血くらいなら幾らでもやるけれど、これが歯となれば話は違ってくる。歯一本と黒剣なら、迷わず黒剣を取るべきなんだろうけど、どうしても心理的な抵抗が――


「ほい」


 ほい?


「じれったいから取っちゃった、犬歯。差し歯も差しといた」

「なんてことを!?」


 山打さんの手には、たしかに犬歯がある。

 頬に手を、差し歯の犬歯に舌をやると、微かに血の味。

 悩んで目を伏せてる間にやられた。見ていたら回避できたのに。

 いや、でも、結果は同じか。

 結局は黒剣を打ってもらうんだし。

 事前に同意が欲しかったけど。


「山打さん……」

「悪かったよ。代わりに腕によりをかけて、最高の黒剣を打って上げるから、採血して来ちゃいな」

「わかりましたよ」


 そして、採血も全然痛くなかった。

 採血チーム凄い。


§


 自分専用の黒剣が打ち終わるまでしばらく掛かるようなので、空いた時間を有効に使うべく、俺は隊長として、桜灯に与えられた領地の視察にやってきた。

 領地の名を日里ひさとという。

 ちなみに単独の御忍びだ。

 不意に思い立ったので、誰かに連絡するのが面倒だっただけだけど。


「ここが桜灯の領地か」


 一面に広がる畑が特徴的な、まるでのどかな春のような領地。だが、今現在においてここはかなり荒れていた。

 俺が使命を抱くきっかけとなった、あの夜。星霊王と禍津血の死闘の余波を、被害を、最も受けた領地がここらしい。

 畑は荒れに荒れ、作物が実っている個所のほうが少ないくらいだ。


「桜餅が名産品なんだっけ? いいな、桜餅。食べたい。どうにか出来ないかな……」


 そう荒れた土地を眺めていると、ふと破壊された畑に妙な魔力の流れを発見した。

 乱れが土地に干渉しているようにも見える。

 打撃を受けた作物を復活させることは出来ないけど、傷ついた土地のほうなら?


「よし」


 まずは魔力の乱れの調査からだ。

 坂道を下って眼下に収めた畑に直行する。

 近づけばより鮮明になるもので、やはりと言うべきか、魔力の乱れが土地に干渉して、悪い影響を及ぼしていた。

 これが禍津血が持つ悪意の一部か。


「桜餅が食べたいんだ。邪魔しないでくれる?」


 正常な魔力の流れから白剣を作り、魔力の乱れを断つ。絡まり、もつれ、よどみ、巡っていた悪循環は消滅し、土地から不浄が去った。


「これでよし。来年には食べられるかな。特産品だし」

「おめえさん、刀なんて持って何してんだ!? ここはオラの畑だぞ!」

「ああ、すみません。自分、こういう者でして」

「そ、それは!」


 畑の持ち主に上衣を開いて見せるのは、星痕烈士天隊所属の隊長のみに与えられる身分証明。

 星々に彩られた剣帯だ。

 本来、差すべき黒剣をまだ持ってないから、巻いてるだけだけど。


「た、隊長様でしたか。お若いのに、いや、これはまた失礼おば」

「いいんです。それより聞きたいことが――」


 畑の持ち主から聞いたのは、作物が上手く育たなくなってしまった畑の情報だ。

 星霊王の神眼に限って見落としはないはずだけど、念には念をいれて虱潰しにする。

 作物が育たず困っている人たちを助け、特産品の桜餅を食べるために。


「そこにもあるな」


 情報と星霊王の神眼を駆使し、土地に干渉して悪さをする魔力の乱れを断っていく。

 桜灯の領地広くて一日じゃ、絶対に終わらないけど、手が空いた日に地道にやれば大丈夫なはず。

 いやー、楽しみだな。なんて思いながら、次の畑に向かう。

 今回の土地もまた魔力の乱れに汚されていたが、何やら様子がすこし変だ。

 魔力の乱れが動いている?




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