第4話 指名試合
試合開始の合図が鳴り響き、速攻を仕掛けたのは彼女だった。
床木を壊すような、激しい踏み込みから一転。その後はまるで蝶のように静かな前進。
瞬く間に距離があと数歩、刀の間合いまであと数秒の位置。
もし星霊王の神眼がなければ、ここで終わっていた。
この眼にはすべて見えている。攻撃の軌道から、その速度、威力まで。
繰り出された強烈な一撃を、真正面から受けて止めるた。
想定内の攻撃と、想像以上の破壊力。打ち込みの強さは女子のそれじゃない。
とにかく強く。中界で戦った魔物なんて、彼女に比べたら全然大したことないと思ったくらいだ。
「強烈!」
「まだまだこれからです!」
剣撃による炎のような苛烈な攻撃は止むことなく降り注ぎ、こちらに防戦一方を強く。
刃も潰れていない抜き身の刀での斬り合いは命のやり取りだ。
だけど、そんな緊迫した空気の中でも、この手はこの眼が移した情報を的確に処理して俺の命を繋いでいる。
いや寧ろ、押し出した。
「くっ」
剣を交えるたび、この眼に見える物が、この手で再現できる理想が多くなる。
それもそうだ。当たり前だ。だって俺が始めて戦ったのが今日の朝。
これだけ剣を交えて出来ることが増えない訳がない。経験値が溢れでそうだ。
「この人っ」
間髪入れずに繰り出していた剣にリズムを与え、かん、かん、かん、と間を置いて弾く。
従来の呼吸を乱された彼女に隙が出来る。
ここだ。
確信があって勝負を決めに行った。実際、間合いに踏みこみ、剣を振ったんだけど。けど、こちらの刃は届かなかった。
炎が散ったからだ。苛烈に散って逃げられた。
「まさか白剣使いの方に、
「随分な物言いたね。知らないんだけど刃重って言うのは何かな?」
「刃重を知らない? そんな訳……いえ」
彼女は頭を左右に振って刀の先を降ろした。
「白剣には使えない。
「わお、そりゃ凄い。だからみんな……」
そりゃあんな反応にもなるね。
「じゃあ、俺はこれからこの白剣で、キミの黒剣を攻略しないとなんだ」
「そうなります」
「いいね、やりがいがありそうだ」
「……正気ですか? 恐らく無謀ですよ」
「そうも言い切れないよ。大丈夫。キミは強いし、俺よりいい剣を持ってる。けど、俺もキミよりいい眼を持ってるんだ」
「眼? ですか」
「たぶん、というか絶対。俺のほうがハンデもらってるよ」
俺が黒剣の刃重が使えないように、彼女も星霊王の視点から物を見られない。
剣撃から散る火炎は相当厄介だけど、星霊王の神眼の力で対抗するのは難しくないはず。
状況は五分どころか、こちらが優勢だ。
「状況が飲み込めませんが、わかりました。そういうことであれば、私も気兼ねなく」
「あぁ、お願い。じゃあ再開しようか」
互いが持つアドバンテージを最大限に利用しての仕切り直し。
「刃重開放。
彼女が握り締めている黒剣が炎を纏う。
それに伴い咲き誇るのは、烈火の華。
足元に、空中に、花開いて穿炎と化した。
「それが刃重か。格好いい」
華のように見えても炎の刃そのもの。
触れれば焼けるし、斬り裂かれる。
そんな穿炎の花束が彼女の合図で飛来し、視界を赤く染め上げた。
数えるのも億劫になる数だ。
でも、星霊王の神眼なら捌けない数じゃない。
黒に劣る白い刃で相対し、魔力の流れと間隙をなぞり、身に迫る穿炎を断つ。
「うん、行ける!」
次々に放たれる穿炎を断ち切りながら前進。
距離を詰めて接近戦へ。
しかし、こちらから攻め込んだものの、穿炎を携えた状態の彼女と剣撃の応酬を演じるのは、火災の中に飛び込むようなものだった。
刀身が振るわれるたびに熱気に煽られ、剣撃に少しでも隙を見せれば、そこに穿炎が挿し込まれてしまう。
俺がまだ戦えているのは、偏に星霊王の神眼のお陰だ。やっぱり俺のほうがいいハンデをもらってる。
これで負けたら格好悪いぞ、俺。
「そろそろ決着を付けましょう」
「そうだね。そうしよう」
彼女の戦い方を見ていて気づいた事がある。
それは穿炎が有限であること。
地に咲き、宙に浮かぶ分しかない。もちろん補充は随時されているものの、若干のラグがあるように感じられる。
つまり穿炎のストックを枯らせば勝利に近付くはず。
「やろう!」
こちらの出方は変わらない。
見切って白剣を振るう。
苛烈な剣撃が振るわれる最中、至近距離から放たれた穿炎を断つ。
彼女にしては軽率な攻撃に違和感を覚えつつ、僅かな隙を見出したので、更に穿炎のストックを一つ拝借する。
咲き誇っていた穿炎も次第に数を減らし、こちらから積極的に攻めることで補充も妨害。
ついに最後の穿炎を断つ。
「これで!」
勝ちを確信した、刹那。
再び穿炎が咲き誇り、瞬時に彼岸が再構築される。
しまった。やられた。
彼女も待っていたんだ。
穿炎のストックがなくなるのを。
俺が油断して罠に飛び込むのを。
「終わりです」
この眼はすべてが見えていた。
星霊王の神眼は、この状況下でも勝ちを拾える選択肢をみせてくれた。見て、知ったなら、実際にやるしかない。
四方八方を包囲攻撃されたというのに、魔力の流れはどこまでも、それを追えるものだけに味方する。
魔力の流れを曲げて渦として纏い、この体は高速で乱回転。
その只中でも、星霊王の神眼は対象を見逃さず、剣先は狂いなく穿炎を構成する魔力構造の間隙を裂いてすべてを消滅させた。
「え――」
仕掛けられた罠を一瞬にして打開し、彼岸は再び現世に戻る。もはや穿炎がこの場で咲くことはない。
白剣を彼女に突き付けた。
「そこまで」
稍波さんの荘厳な声が響き、試合が終了する。
「この試合、花尾蒼鍵の勝利とする」
「よし!」
周囲のどよめきと共に、俺の勝利が告げられる。
これで使命を果たすための力を示すことが出来た。稍波さんも認めてくれたはずだし、これから頑張らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます