第3話 全うすべき使命

 案内されたのは一面に床木が敷き詰められた、広く開けた空間だった。

 道場か何かの施設かとも思ったけど、それらしい器具も備品もなさそうだ。

 今は稍波という、ただ者ではない老人と面と向かって座っている。

 正直、良い心地が悪いなんてものじゃない。


「まずは自己紹介といこうか」

「あ、はい」

「我が名は稍波厳正ややなみげんせい。この星護を司る我ら星痕烈士天隊の総代なり」


 なにかよくわからないが、きっと凄い肩書きに違いない。

 やっぱりこの人がこの白亜の城のトップと見てよさそうだ。


「お初にお目に掛かります。私の名前は花尾蒼鍵。下界でしがない高校生をしている者です」


 礼儀はよくわからない。ので、それらしい言葉をならべてお茶を濁す。

 だって高校生だ。自己紹介のやり方なんて同級生の間でしかやらない。しかも一言二言くらいの短い奴。急に本格的な奴は無理だ。


「なるほど」


 よかった。これで良いみたい。

 甘く見てくれたかも。


「では花尾蒼鍵。おぬしがこの星護宮せいごきゅうを訪れた理由とはなんじゃ」


 星護宮というのは、この立派な城のことでいいはず。


「はい。えっと、それは昨日のことでした」


 俺は話した。昨日、あったことを。

 一つの嘘偽りなく、事実のみを。


「自分はこれを使命だと感じました。どんな理由であれ、理由なんて無くても、選ばれた自分がなすべきことだと。だから、こちらに」


 稍波さんは、俺が話し終わるまで、瞼を閉じたままだった。

 俺の話を聞いてどう思ったのだろう。

 稍波さんの次の言葉を待つ。


「おぬしの言う通り、今この上界は危機に瀕しておる。星霊王様の力の源である装備は世界各地に散らばり、回収の目処も立たん」

「では、俺の使命は」

「まさに渡りに船。星霊王の神眼を携えて来るとはな。だが、やはり気になるのは何故おぬしなのかじゃ」


 やはり、そこ。


「そこでじゃ。一度、星霊王の神眼をこちらに返還してもらおうと思う」

「返還……ですか」

「さよう。そしてこちらで新たに候補者を募り、星霊王の神眼に相応しい者を選ぶ。もちろん、おぬしも参加してよい。二度選ばれれば誰も文句は言わんじゃろう」

「確かに……」


 二度選ばれれば立派な理由になる。

 けど、星霊王の神眼があってようやく戦える俺に二度目が果たしてあるのか? いや、信じよう。この胸に抱いた使命感を。

 それに星霊王の神眼は、上界の人たちにとって至高の宝だ。下界出身の俺が宿しているのも納得行かないはず。

 こうなるのも当然だった。


「わかりました。返還します」

「うむ。よくぞ決意した」


 稍波さんの提案を素直に受け入れて従う。

 大きく皺の刻まれた手の平が額に翳され、すぐに力が吸い取られるような感覚に陥った。

 自分の内側から大切なものが抜けていく。

 これが終われば本当に星霊王の神眼は返還される。

 そう確信を抱いたその特だった。

 俺と稍波さんの間にあった僅かな隙間のうちで何かが砕け、稍波さんの手の平を弾く。


「星霊王様が……」


 弾かれた手の平を見つめ、稍波さんは呟く。

 

「それほどまで気に入られましたか。この者を」

「えっと」

「星霊王の神眼は返還されずに終わった。星霊王様が拒絶されたのでな」

「それじゃあ」

「うむ。他ならぬ星霊王様のご意思じゃ。もう返還せよとは言わぬ。自らの使命を全うせよ」

「はい!」


 あの時の選択は間違いじゃなかった。

 胸に抱いた使命感は本物だ。

 それを証明することが出来た。


「それだけ星霊王様に気に入られているのであれば問題はない。が、おぬしの実力は見て置かねばのう」

「まさか……貴方と? できればご遠慮願いたいのですが」


 老人と言えど、その肉体は健在。鍛え抜かれた肉体は鋼のようであり、一度でも殴打を食らえば人間なんて弾け飛ぶのではないか?

 そんな想像が平気で成り立つような御仁だ。できれば止めていただきたい。


「心配せずともよい。もう呼んである」

「呼んで?」

「失礼します」


 鈴の音のような声が響き、床木に反響する。

 思わず視線をそちらに向けると、声の印象に劣らないくらいの、人形のような容姿をした女子がそこに立っていた。


「候補生の達灯天南たつとうあまな、到着しました」

「えっと。じゃあ、彼女が?」

「うむ。そこの達灯と試合し、己の実力を示してみよ」


 星霊王の神眼に頼り切りな俺に、果たして実力と言えるものがあるのか疑問だけど、やるだけやってみるか。


「ちなみに負けたらどうなります?」

「負け方次第じゃな。あまりに酷いようであれば、おぬしには地獄を見てもらうことになる」


 それは頑張らないと。


「では移動しましょう」

「あ、はい」


 てっきりここで試合をするものだと思っていたけど、違ったみたい。

 稍波さんも立ち上がったし、ここはそういう用途の施設じゃないのか。

 随分と戦闘映えしそうなところなのに。

 ともかく、試合が出来るところまで移動しよう。


§


 きしる、軋る。

 心地の良い音を鳴らして廊下を歩く。

 ただ心地良いのは一人二人三人分の足音くらいまで。それ以上となると途端に雑味に溢れて聞くに堪えなくなる。

 俺たちの後ろをカルガモみたいについて回る人たちのことだ。

 よく見てみれば城門にいた人も多い。


「あの、なんか後ろに人が増えてるんだけど」

「ただの学生たちですよ。イベントに興味があるだけです。それに……」


 達灯天南は、それ以上の言葉を濁し、その代わりとばかりに俺を見た。

 俺の服装を。


「あぁ、なるほど」


 一瞬で納得がいった。


「ここが訓練所です」


 案内されて来たのは、先ほどの施設のスケールを一つ落としたような場所だった。

 訓練所というより、まさしく俺が知る体育館と言った様子だった。

 個人的にはこちらのほうが親近感があって落ちつける。あちらのほうで戦わずに済んでよかった。


「当たり前みたいに入ってくるな、人」

「訓練所は共同施設ですから。入るなとは言えません。総代指名の試合なので邪魔するなとは言えますが」

「もうすでに邪魔になってる気がするけどね」


 俺たちに釣られて、これから何をするかもわかっていない人たちが顔を除かせてくる。

 こんなに大勢の前で試合をするのか。頑張らないと恥をかくな、これは。


「準備はいいですか? えっと」

「あぁ、俺の名前は花尾蒼鍵。準備はいいよ、いつでも」

「私もです。では、始めましょうか」

「お手柔らかに」


 彼女は腰に出現させた鞘から剣を抜く。

 黒く塗り潰された一振りの刀だ。鏡のように周囲の光を反射している。

 一方でこちらも魔力の流れを紡いで、魔物と戦った時のように刀を形作った。


「え、白剣はっけん?」


 出来上がった白い刀を握り締める。

 すると、なにやら周囲がざわりとした。

 それもよくない感じだったけど。


「あれ? なにか可笑しなことしたかな」

「い、いえ、なんの問題もありません」

「そう? ならいいけど」


 多少の違和感を拭えないけど、まぁいいか。


「両者共に、準備は良いな」


 稍波さんの声が響く。


「はじめ」

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