第2話 星霊王様の元へ

 果てしのない青空の下、星霊王様の庇護にあった上界も今は昔の話。

 星は衝突し、禍津血は散り、星霊王様の装備は世界各地に。

 なんと嘆かわしい。

 これでは星護を司る我ら星痕烈士天隊せいこんれっしてんたいの名折れ。

 なんとしても星霊王様の力の源である装備を早急に集めなければ。

 星霊王様の復活なくして我ら上界の日常は成り立たぬ。

 早う、早う、掻き集めなければ。

 この稍波ややなみの名において。


§


 風の流れのような魔力を紡いで形をなした階段は、いつのまにか全く別の洞窟のように変化していた。

 もちろん意図的にやった訳じゃない。ただ一定の高度に達した途端、洞窟のように変わってしまったんだ。

 どうやらここが世界の狭間、下界と中界の変わり目のようらしい。


「空に洞窟か。いよいよ世界が変わったって感じだ」


 住む世界の変わり目をしっかりと肌で感じつつ、道を迷うことなく進み続ける。

 迷わないのも星霊王の神眼によるもの。

 お陰で道に迷う心配はないけれど、行けども行けども代わり映えしない景色が続く。

 次第にお腹も減ってきた。


「こういう時こそ!」


 土の地面に生えた、丁度よさそうな岩の上に腰掛ける。膝の上で開くのは、もちろん、ばーちゃんの握り飯。

 醤油が焼き付いた香ばしい匂いの最高傑作。一口食べればもう止まらない。

 しっとりとした食感から醤油の風味が鼻から突き抜け、得も言われぬ至福の一時が感じ去られる。

 あまりにも美味い。

 そんな醤油の風味に釣られたのか、魔力の流れに歪さが混じる。

 それは次第に大きくなり、徒党を組み、自らを紡いで形を作り始めた。

 それは魔力の流れに生じた悪しき者。禍津血の散り散りの悪意を握り締めた眷属たちだ。


「あれがばーちゃんの言ってた魔物か」


 そう認識した頃には、魔物の形は完成していた。人形作りは得意じゃないのか、装飾は特に凝ってない。

 全体的にのっぺりしているし、表情から感情を窺うことも難しそうだ。

 でも、その癖、体はやたらと頑丈そうで、滅茶苦茶に暴れ捲っている個体もいる。

 そいつは表情よりも感情がわかりやすい。

 連中が突然現れた目的はわかってる。


「この醤油むすびは渡さない!」


 絶対にだ。

 その決意の元、こちらも魔力の流れを紡いで形を成す。

 作り出すのは武器。

 風の流れのような魔力を捉えて研ぎ澄ますと、武器はまるで最初からそういった造形だったのではないかと思うほどに、白い刀の一振りとなった。

 武器なんて握ったことないけど、不思議と不安は感じない。

 この神眼がすべてを教えてくれるから、かも。

 こちらが交戦の構えを取ったことで、魔物たちにも交戦の意思が電波する。

 数で勝る魔物たちは俺の周囲を包囲すると、唾を吐いて威嚇してきた。


「醤油むすびを置いて行けって? やだね」


 決して屈しないという意思を見せると、魔物は痺れを切らしたように攻撃に移る。

 まずは複数体による同時攻撃。

 だけど、攻撃はすべて見えていた。

 魔物が攻撃の意思を見せれば、そこに必ず魔力の乱れが発生する。それをたどれば必ずそこから拳や蹴りが跳んでくる。

 こちらはそれを見て、読んで、攻撃を重ねればいい。

 次々に襲い掛かってくる魔物たちだけど、攻撃の数と速度、角度がわかってるなら物の数じゃない。

 攻撃に魔力の乱れが伴う限り、こちらは負ける道理なし。

 鋭く走った白い軌跡が魔物の腕を落とし、翻した鋒が喉を破る。

 血の変わりに溢れんばかりの魔力を噴き出し、最後の魔物がその存在を霧散させた。


「ふぅ……終わった。結構、動けるな、俺。この眼のお陰だけど」


 功績はすべて星霊王の神眼によるもの。

 ここを忘れてはいけない。

 ここを忘れてはただの馬鹿な高校生だ。


「さて、ごはんの続き」


 魔物をすべて倒し、中断していた食事を再開する。誰にも邪魔させることなく、すべてを平らげて元気充填。

 このまま一気に中界を抜けて上界へ行こう。



§



 中界の洞窟を抜けると、突き抜けるような青空が広がっていた。


「果てしねぇ」


 地上に広がる街並みは昔ながらの建築法が用いられたものばかりで、気分的にはタイムスリップを経験しているような気分になれる。

 明治時代くらいか?

 まぁ、時代どころか世界が違うので、当たり前のことなのかも知れないけど。


「やべ、服装がミスマッチ」


 時代背景とまるで合わない、現代ファッション。


「でも、これしかないし……行くしかないか」


 追い剥ぎする訳にもいかないし。

 どう見てもアンバランスな格好で街を歩く。擦れ違う人すべての視線を掻っ攫いながら。

 顔から火が出そうだ。今だけ星飾りの面、復活しないかな? なんて。

 とにかく星霊王様の元に急ごう。

 居場所はわかっている。街中でも一際目立つ、白亜の城のような場所。

 俺は今日、そこに行くために来た。


§


 立派な白亜の城の敷地には、これまた見上げるほどの城門があった。

 敷地内には制服かなにかなのか、みんな同じ格好をした、同い年くらいの少年少女がいる。

 学校なのか? まぁ、いいか。

 ここまで来たんだ、自分の使命を果たそう。

 とりあえず敷地内の人に声を掛けよう。

 と、実行に移してみたところ、案の定というか、騒ぎになった。


「星霊王様だと?」

「会う? お前が?」

「使命って、なに言ってるんだ? こいつ」

「お前、見るからに下界の人間だな!」

「上界になんの用だ」

「いや、まずどうやって来た」

「とにかく、怪しい奴は通さない!」


 こちらにはこちらの事情があって、あちらにもあちらの事情がある。

 難儀な話になってきた、どうしよう。

 こちらとしては学校休みを返上して魔物と戦い、はるばる下界から中界を越えて上界にやってきたんだ。

 歓迎されなくても茶の一杯ぐらい欲しいところだけど。


「何事じゃ。騒々しい」


 城門のあたりで右往左往としていると、如何にも貫禄のある老人が周囲の人を一括して黙らせた。

 一目見て、一声聞いて、この人がこの白亜の城の主なのだと、そう断言出来てしまうくらいには、彼は荘厳な人だった。


「や、稍波様。実は……怪しい者が」


 稍波と呼ばれた老人と目が合う。

 一瞬、何故だがばーちゃんを思い出してしまった。なんでだ? 


「これも星霊王様の導きか」

「え? 稍波様?」

「そこのおぬし」

「は、はい」

「こちらに来てついて参れ」

「あ、はい」


 稍波という老人の言葉によって、白亜の城の城門が音を立てて開く。遠慮がちに敷居をまたぐと、何処かへと案内される。


「ええええぇえええええええええええ!」


 後ろのほうで、大絶叫が響き渡った。

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