証拠

「とりあえず、ノーテが事件の首謀者ってことでいいのかなぁ」

 屋敷を出てすぐの路地に駐めた車の運転席でメルクが呟いた。

「そういうことになるんじゃないですか」

「だよねぇ」

 投げやりにグラフェンが返し、メルクは拍子抜けしたようにぼやく。俺も、ここにきてまさかこんなにあっさりと見つかると思っていなかったので同様の気持ちだ。


「ちょっとー。なんでなんで? 見つかったんだから、リアヴァッド引っ張り出した私の功績をもっともっと褒めても良いんじゃないの?」

「それはすごいと思うよ」

 偉い偉い、とメルクはおざなりに拍手を贈るが、ロフィはなんだか不満げだ。ただしそれはメルクの態度に、というよりも。俺らと同じくこの結末に対してそう感じているようだ。


「まあね、私自身もちょっと、えっ本当に? これで終わり? って感じではありますけどさぁ」

 探していたものは見つかり、目的を達成した。だが、もやもやがどうにも残る。

「リアヴァッドの所在、アサヒさんに伝えてこの案件終わらせる?」


 確かに本来はそうすべきで、あとは彼女を探していた婚約者って奴がここに乗り込んできたらそれで解決、となる。はず、だが。

 やはりロフィはそう言いつつ、自分でも納得していないようだ。


「うーん、どうしよ。グラフェン、私達どうしたらいいと思う?」

「どうして俺に振るんですか」

「Z型の事件だからですー。それ以外に特に理由はないけど? なんとなく、こう、すっきりしないっていうか。ここで捜査終わらせるのが気持ち悪いっていうかね。だからご意見聞きたく」

「……まあ、その気持ちはわかりますけど」

 他人に興味なさそうなグラフェンですら、やっぱりここではい終わりでは腑に落ちないようだ。


「リアヴァッド、ようす、おかしい、だった」

 みんなの視線が俺に集まる。久しぶりに喋ったからな。

「なまえ、はんのう、ない。おかしい、おもう。なんで」

 聞いてはみるけど、俺以外のみんなもきっとそう思ってる。


 リアヴァッドは見つかったけど、どうしてこの屋敷に連れてこられたのか、あるいは自分で来たのか。そして屋敷から逃げようとしないのか。そのあたりが全く不透明だ。

「おで、きになる。ここで、おわらせる、よくない、おもう」

 わがままを言っていることは分かっているんだが、どうしても。この事件の真相を知らなければいけない。そんな気がしていた。


「僕もネモに概ね賛成かな。アサヒさんから依頼されたのはここまでだけど、もう少し調べてもいいと思う」

 メルクも俺に賛同しつつ、続けて釘を刺す。

「でも、推理が行き詰まるようなら捜査は打ち切ろう。僕らの身はもちろんだけど、彼女らの安全も大切だからさ」


 気合いを入れるようにエンジンをかけ、メルクは緩やかにアクセルを踏む。屋敷から離れるように車を走らせながら、宣言。

「これが最後の事件会議だ。ここでこれといった推論が出なければ、あとはアサヒさんと警察にリアヴァッドの件は委ねる。いいね?」

 異論なし。俺が頷くと、ロフィやグラフェンも倣う。決まりだ。


「じゃあ、まず。これまでに失踪していた人々も、今回のリアヴァッドのようにあの屋敷でノーテに仕えていたんだと思う?」

 みんなの意見が一致したところで、問題提起はメルクから。


「そうなんじゃないですか? 今日見かけた他の使用人達も皆、妙に覇気がないといいますか。自ら望んで働いているようには見えなかった」

「私もそれには同感。けど、無理やり言うこと聞かされてる感じもなかったんだよね」


 グラフェンとロフィの言い分は俺の所感と同じ。そうなんだよ。

 あの屋敷の女性達は、能動的に仕事をしているというより、受動的に命令に従っているような印象だった。にも関わらず、誰もそれに対して反応がない。

 怒りも、怯えも、歓びすらなくて。あるのは忠誠心だけ。


「うーん……」

 誰ともなく唸る。メルクの問いに答えつつも、納得できる結論が導けない。みんな、そこから先に進めないでいる。

 これはさっそく行き詰まったな。

 俺は仕方がないので、改めて以前話し合った内容について思い返していた。


 これまでに分かっている被害者の共通点はいくつか。

 一つめ、Z型の女性であること。

 二つめ、ノーテの会社製の生体バイオパーツを使用していること。

 他にはない。以上。


 ……ダメだな。だから何だ、って感じだ。

 ノーテが完全にシロで、そのライバル的な会社の奴が事件を起こしてノーテの会社にダメージを与えたい、とかであればせめて動機が分かる。でもノーテが犯人っぽいし、なんで、わざわざ自社の顧客にそんな真似を?


 確認すべきは、動機と方法。そのせめて片方でも分からないと推理を進めようがない。


 動機が分からないなら、方法を再考察しよう。

 推理小説においては未発見の毒物等を使用するのはタブーとされている。けれどそんなの知ったこっちゃない、となんかすごい方法で被害者を拉致できた。もちろんそういう可能性はある。

 けどまあ、そうじゃなかったとして。


 暴力の痕跡がないってことは、口先でどこかへと誘い出され、正常な判断と記憶の保持ができなくなるような何らかの処置を施された。そう考えられる。でもそこまでに至る過程で、ヤバいって思いそうなもんだけどな。全員揃って警戒心が薄かった、っていうのはさすがにないんじゃないか?

 ノーテに関して言えば、こう言っちゃなんだが、人として好感度が高いようには思えない。ロフィもあの時ノーテを睨んでいたが、あの目は演技じゃないだろう。たぶんマジでキレてた。聞くのが怖いから黙ってはおくけど。


 なんとか体裁を繕って伊達男を演じたとて。意識が怪しくなるレベルまで、グラフェンが言っていたほどの量の薬物を摂取するかといえば、無理だと思う。気付くって。

 そんなことをされそうになったが逃げてきた、というような通報があればとっくに捕まっているだろう。てことは、ノーテが行なっている方法は成功が確実である、もしくは失敗しても気付かれることがない。そのどちらかだ。


 被害者達の信頼を得られるような協力者がいるのか?

 うーん。でも一人や二人騙せても、揃いも揃ってそうそう簡単に口車には乗らないよな。被害者達、みんないい大人なんだし。外見年齢がバラバラだから参考にはならないが。


「あ」

 そういえば。

 さっきノーテのところに居た女達、思い返してみればみんなだいたい同じくらいの年齢だったな。これまでの被害者は様々な外見だったのに。

 何か意味があるのか?


「ロフィ、しゃしん、みたい」

「写真?」

「ひがいしゃ」

「グラフェンが撮ったやつね。えっと、どこにやったかな」


 ロフィは車の中を捜索し始め、俺もそれを手伝う。この車、概ねは昔から見慣れた日本車に近い形をしているのだが、大きさは座席数に対してやや広く、収納部が多い。そのどこかに入っているのだろう。


 探すこと数分。ロフィが数枚の紙束を掲げたと同時に、大きく車体が揺れた。


「うわぁ、びっくりした……」

「びっくりしたのこっちだよメルク! いきなりブレーキ踏まないで」

「ごめんね。小っちゃい犬がすごい勢いで飛び出してきたからさ」


 辺りを確認するもすでに犬らしき影はない。見たかったな、元気に走る犬。

 残念だが気持ちを切り替えなければならない。俺はロフィと共に床に散らばった写真を集める。後部座席の足元。ふと、写真の裏面が目に留まった。


 文字らしきものと数字が書かれている。文字の方は読めないが、数字は俺の知るもの同じなので何となく分かる。おそらくは日付だ。

「すうじ、なに」

「これは事件が起きた日。結構前の事件に関しては曖昧なのもあるけど」

 指差しながら問うと、ロフィはそう答えた。


「時系列だと、一緒に行ったフィディが最初だね。次がドロルデ、それからコルマ……」

 並べながら、ロフィの表情が徐々に変わってゆく。

「これって……」


 最初は、フィディ。彼女を見た時、俺はまるで子供みたいだと感じた。

 ドロルデ、コルマ、ロトラ、ニース、フォロエス、アムレア。そして写真はないけどリアヴァッド。

 並べると中高生くらいから始まって、二十代後半くらいが最後。

 綺麗に、外見年齢の順になっていた。


 近い歳に見えるコルマ、ロトラ、ニースは事件発生日がかなり近い。一方で急にアムレアから年齢が上がったと思えば、裏の日付もフォロエスの事件から空いている。


 事件が起きてからは約十年……ちょうど、被害者達の外見の変化もそのくらい。

 ——では。


「これって、何か意味があるの?」

 ロフィは不思議がっている。そうだよな、彼女には分からないだろう。覗き込むグラフェンやメルクも同様だ。生きている時間が違う。だから気付かなかったのだ。

 約十年間で十歳くらい歳を取る。俺ら外界種にとって、ごく普通なその事実に。


「がいかいしゅ……」


 俺の中で、何かが繋がった気がした。

 Z型の中だけで起きている事件だと、どうして決め付けていたのだろう。ノーテは単独犯じゃない。きっと外界種がそこに関わっている。


「外界種がどうかしたの?」

「きょうはんしゃ、とか」

「外界種の?」

 首を傾げるロフィに向けて俺が頷くと、メルクもそう言えば、と呟いた。


「気になったことがあるんだよね、ロフィの無茶とかリアヴァッドの発見とかで忘れてたけど」

「何、メルク?」

「リアヴァッドが応接室に向かっていたのって、ロフィが酒をぶちまけたからだよね」

「そうだと思うよ。えっ、今更それ責める?」

「違うよ。そこはもちろん言っておきたいことはあるけどね、違う」

 ロフィが険しい顔をしたの若干焦りつつ、メルクが記憶を遡るように目を逸らす。


「僕が気になったのは、あの時の掃除に向かっていたのがリアヴァッド一人だったこと」

「だから?」

「片付けが一人で足りるならわざわざ別の人を呼ばなくても良かったのに、って。ノーテの隣、もう一人いたでしょう」


 メルクの言うとおり、確かにあの場には二人いた。顔面にピアスの女と、厚化粧で眼鏡の女。眼鏡の女が掃除すれば良かったのに、そうはしなかった。


「えっと、掃除するのに雑巾とか持って来……てはなかったよね、リアヴァッド」

「と、思う。僕が覚えてる限りは」

 メルクはそう言うと、俺の方を指差した。詳しく言えば、俺の左手。そこには半月前にロフィに刺された際の傷がうっすらと残っている。


「ネモが言うとおりノーテに協力する外界種がいたとしたら、それは眼鏡の彼女なんじゃない?」

 ロフィはメルクの意図に気付いたようだ。指を鳴らしてぱっと笑う。


「あっ、そっかそっか! 瓶の破片! 怪我しちゃうと死んじゃうんだもんね、外界種!」

 ……死ぬことはそうそうないかな? ガラスで手をちょっとばかし切ったくらいじゃ。

 でも、死ななくとも割れたガラスを素手で処理するのに躊躇はする。たぶん、こいつらとは違って。


「けが、する。いたい」

「へぇ、痛いんだ。ちょっと切ったくらいでも?」

「いたい、すこし。ち、でる」

「あのガラスが刺さった程度で出血するなら、それを隠したかったんじゃないですか。Z型おれたちは多少の傷なんて気にしませんし」

 グラフェンの言葉に、俺は彼の生首を思い出した。そういえば、ほとんど血が出ているようには見えなかった。


「俺も引っかかっていたことがあって。あの使用人はZ型にしては珍しいな、と」

「なにが」

「眼鏡ですよ、眼鏡。目が悪いなら眼球を換えれば良いのに、あんなに度の強い眼鏡をわざわざ掛けている意味が分からない。度数の入った眼鏡を使っているなんて、よほどの変人だけです」

 シヴは眼鏡掛けてたけど、と思いつつ。まあ、あの人変わり者っぽいからその評価は妥当か。

「あの屋敷の他の使用人はZ型だけでした。一応俺が目視した限りでは、手や耳からおそらくS型とT型はない。だからもし彼女がZ型でないと仮定するなら、外界種かもしれません。傷からそれが明らかになるのを隠したかったんでしょう、理由は知りませんけど」


 二人の話からますますあの眼鏡の女が怪しく感じられてきた。共犯かどうかはさておき、外界種であることに確証はないが否定もできない。そしてもしもそれを隠していたのなら、そこに何か裏があるのでは勘繰ってしまう。


「グラフェンもおかしいと思ってたなら言ってよねー」

「一般論では変ですけど、他人の嗜好にとやかく言う気はないですから俺は。それに彼女が外界種だったところでだから何だ、って思いますし」

「うっ、正論」


 犯罪に関わりがないならグラフェンの主張が正しいと俺も思う。でも、この場では彼女が外界種なのかそうでないのかで大きく変わる事実がある。


「がいかいしゅ、ちょうのうりょく、ある」


 ノーテと眼鏡の女が共犯である、と仮定した上で、彼女が外界種だったなら。事件の動機は分からなくとも、超能力というやつで拉致の方法についてはかなりハードルが下がるのではないだろうか。


 たとえば、精神感応テレパシーとかだったとしたらどうだろう。言葉からのイメージだと相手の思考を読むって感じがするけど、自分の思考を相手に読ませることもきっと可能なはず。

 事件の間、被害者にずっと偽物の情報を認識させ続けるなどすれば拉致の記憶を上書きできるのではなかろうか。可否は不明だけど。


 なんて考えつつも説明ができずにもどかしい気持ちでいると、俺の言葉から何を言わんとしているのか、三人はなんとなく察してくれたようだ。


「つまり。あの眼鏡がノーテの共犯者で、しかも外界種で、超能力であの状況を作り出した。ネモはそう言ってるんだよね?」

「うん」

 大きく頷く。そうだよ、合ってる合ってる。察しがよろしくてありがたい。


「ついでに動機とかも分かる?」

「どうき」

 方法がどうにかなるとしても、やっぱりそこに戻るんだよな。

 ロフィの問いかけに対し、俺は首を横に振る。


 おそらく彼女は十年前、事件が始まった頃からノーテと組んでいる。自分と近しい年齢の者をターゲットとして故意に選び、犯行に及ぶ。

「同じくらいの年齢の女性で周りを固めることで自分も被害者に紛れ、被害者の振りをする。そこは分かるよ、その方が目立たずにノーテの隣にいられるからね」

 まとめてくれてありがとうメルク、そういうことです。木の葉を隠すなら森の中、自分の存在を隠すには周りとの差を減らせばいい。


 ただ問題は、そもそもなんで他人を拉致する必要があるのか。その元々の目的だ。


「まあ、ここまで予想がつけばとりあえず上出来なんじゃない? あとは本人達から聞くのが手っ取り早いよ」

 ロフィはそう無理やりに結論付け、不敵な笑みを浮かべる。どうやら考えるのにも飽きたらしい。


 グラフェンと俺がロフィを止めないのを見て、メルクは苦笑しつつもアクセルを緩やかに踏み、ハンドルを切る。Uターン。

 目的地はもちろん、ノーテの屋敷だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る