推察

 ここしばらくの滞在先であるホテルの一室、実質俺の専用となっている部屋にて、みんなは今日得られた情報の擦り合わせを行っていた。


 俺はというとあまりお行儀は良くないが、ベッドの上で食事中。机は三人に取られているからだ。

 テイクアウトしてきた何らかの挽き肉焼きを挟んだパンをメインディッシュとして、何らかの細切り野菜を揚げたものを横に添えてある。このジェネリックバーガーセットが本日の夕食。ジャンクフード最高。


 ああでもないこうでもないと言い合う三人の会話をBGMに俺はフライド野菜をかじりつつ、さっきコーデリアの元で感じた引っ掛かりについて考えていた。


 白い指先に散った、染みのような幾つかのほくろ。


 どうしても、それが頭から離れない。何か重要な手掛かりになるという、確信めいた予感がある。

 初めて会うはずの相手だが、あの指を初めて見る気がしなかった。既視感デジャヴではない。実際に目にした気がする。

 でも、だとしたらどこで見たっていうんだ?


「うぅ……むむ」

 呻いてみても分からない。記憶力にはそれなりの自信はあるだろ。見たのはごく最近、この世界に来てからだ。


 考えろ。思い出せ。

 今までに出会った相手の中にヒントがあるはずだ。

 この部屋にいるメンバー、アサヒ、シヴ。突然攻撃してきた奴ら。初日はその他に誰とも会っていない、はず。

 区境の門番、キッチンカーの店主、ロベリーとコーデンス。ホテルの従業員にカフェのスタッフ。フィディ、ドゥイス、コーデリア。

 答えはどこにある?


「うむむ……むぅうう」

「どしたの? ネモ、気分悪いの?」

 唸る俺をロフィが心配そうに見つめる。

 ダメだ、独りで考えても埒があかない。相談すべきかな。だけど、なんて言えばいいんだろうか。

 いや待てその前に、ひとまずはロフィを安心させないとな。


「へいき。かんがえる、やりすぎ」

 俺の答えに、ロフィはほっとした様子で微笑んだ。

「元気ならいいんだけど、無理はしないでね」

「わかった」

「外界種の限界は私達には分かんないんだから、もう無理ダメしんどい、ってなったらすぐに言うこと! 言えない時は逃げること!」

 諭しながらも語気は強い。思ったより深刻に気遣ってくれている。嬉しいような、申し訳ないような。

「うん、ありがとう」


 俺がロフィに向けて頷くと、グラフェンがそれを横目に見て一言呟いた。

「大丈夫ですよ。きっと得意でしょうから、逃げるのは」

 口調こそ嫌味だが、けれど不思議と嫌な気はしなかった。彼なりに元気付けようと思ってくれている。の、かもしれない。

「にげない、がんばる」

「そうしてくれると助かりますよ、今後はね」

 そう言ってかざす手には一枚の写真。ひらひらと見せ付けるそれには、着飾った少女の姿がある。数日前に訪れた被害者の一人、フィデアだ。


 ああ、悪い意味で思い出が蘇る。彼女の纏う香りは絶対に慣れない代物だった。あの時は何も言う余裕なんてなく、逃げ出すので精一杯で。結局、他には何もできなかった。


 ——ん? 待てよ……!


「グラフェン、みたい、それ!」

「は?」

 目を丸くする彼の手から写真を引ったくって、その細部を凝視する。

 何もできていない? 違う!

 あの日の俺はフィディを見ることはできた。似合わない服、白く小さな手。派手な爪を抱いた指先——その付け根には、コーデリアと同じようなほくろが写っている。


「ほか、ぜんぶ、みたい!」

 机に広げられた資料をどけ、他の被害者の写真を一列に並べる。元々参考に収めたものゆえ構図は統一されておらず、肌の見える面積や部位も様々だ。

 しかし素手が写っているものはすべて、よくよく目を凝らすとその左手の指に例のほくろがあった。これはきっと偶然じゃない。


「グラフェン、みて。ほくろ、ゆび。これ、なに」

 俺は被害者の指先が視認できる写真数枚を選んで机に載せ、グラフェンに指し示す。それを横からメルクとロフィが覗き込んだ。


「本当だ。ネモの言うとおり、何人かの手元に同じほくろがある。全然気にしてなかったなぁ」

「ねぇねぇ、何これ? みんなお揃いだけど流行ってんの?」

 二人も言われて初めて意識したようだ。気付くまでは何とも思わなかったのに、いったん気になると明らかにおかしい。


 みんなの視線がグラフェンに集まる。そのグラフェンの視線は写真へ。じっと被写体の手元を見て、特に驚きもせずに口にする。

「ああ、なんだ。ブランドを示すただの刻印ですよ」

「ブランド?」

「そうです」


 言いながらグラフェンは分厚い手袋を片方脱ぎ、その中身を晒した。素手、初めて見たかもしれない。

 暗色の肌をした彼の小指、その付け根にも何かが描かれている。写真の中の被害者らのものとは違い、小さな鳥のような模様だ。


「もし義体に不具合があった際、すぐに製造元への問い合わせが必要な時があります。たとえば事故ですとか。あとはそう、片側交換時の確認にも使う。腕や脚の左右でブランドが違うととても気持ちが悪いんですよ、そのあたりは基本同じメーカーで揃えますからね。そういった場合に、このマークでどこのブランドの製品か判断するんです」


 つまりグラフェンはこの鳥、被害者達はドットを散らしたような柄。そのロゴマークのブランドをそれぞれ愛用している、と。そういうわけか。

 なんだか家紋みたいだな。有事の際にどこの某か判別しやすくなる的な。


「おそらくロベリーなら分かると思いますよ、このマークが示すブランドがどこか」

 グラフェンがその一言を終える頃には、ロフィはもう部屋を飛び出していた。待てない性格だよなあ。結構。

「あっ、待ってロフィ! 車の鍵、持ってるの僕!」

 慌ててメルクがその背を追う。話を振ったグラフェンは特に急ぐこともなく手袋を嵌め直し、やれやれ、とでも言いたそうな顔で立ち上がる。

 俺もテイクアウトトレーの中にわずかに残ったポテトもどきを口に詰め込むと、その後に続いた。


 ホテルを出て裏手の駐車場、車の群れの中で一台だけエンジンがかかっている。後部座席のドアを開けていつもの席に座ると、すでに通信機は頬杖をついてこちらを眺めるロベリーを写していた。


[あ、どうも。お二人さんも元気ぃ?]

「こんばんは、忙しいところすみません」

[気にしないで。こないだの情報の件でしょう? ご満足いただけたのかしら]

「それは、まあ。それなりに」

[あらら、その感じだと決定打にはならなかったのかぁ。残念だったねぇ]

 言葉と裏腹に、柔らかい口調は微塵も揺らがない。笑みを湛えたままこちらが話し始めるのを待っている。


「聞きたいことがあります。呼び出していきなりで悪いんですが」

 グラフェンが切り出すと、ロベリーは待っていたとでも言わんばかりに身を乗り出して続きを促す。先日の情報だけでは解決しない。そう内心では思っていたに違いない。


[はぁい、どうしたの]

「先日確認していただいた女性の方々に関して、それぞれの義体の製造元を知りたいんです」

[製造元? 卸してるメーカーってこと?]

「ええ。指の刻印で判別ができますか」

[もちろん。メーカーロゴがあるなら分かると思う]


 グラフェンが写真を通信機に向けて写すとすぐに、ちょっと待ってて、とロベリーは席を離れた。程なくして戻ってくると、手には一冊の商品カタログ。ぱらぱらと指先でページをめくり、途中で手を止める。


[見える? これ、このページに載ってるの。商品型番までの特定は、ちょっと写真が見切れてて難しいかなぁ]

 開かれた冊子の端には、確かに被害者達にあったのと同じマークが描かれている。

[『五線に点描』はノーテって男が仕切ってるブランドだねぇ。規模としては中堅ってとこ? 良質だから私は好き]


 ロベリーは小指を立ててカメラに向けた。彼女の指にも、被害者達と同じ模様がある。点を散らしたような部分に目がいっていたが、言われてよく見ればその背景に数本の細い線が薄く引かれているようだ。


[てかね、私に聞かなくても良かったんじゃない? ここのブランド、グラフェンも使ってるから。私、いつもメンテの時にきちんとメーカー言ってんじゃん]


 じっ、と画面の中からロベリーはグラフェンを見つめる。ロフィもメルクも、俺も見る。

 当のグラフェンは目を泳がせ、みんなの視線から逃げた。口にせずとも絶対に覚えていない、という反応である。


「そうでしたっけ」

[他の店に浮気してないなら、そのはずですよぉ。うなじのとこ、誰か見てみ?]

 ロベリーが言い切る前にロフィが動いた。片手でグラフェンの肩を押さえて、もう片方で襟足を掻き上げる。首筋には、例の『五線に点描』が刻まれていた。


「わ、本当だ。えー、こういうの自分で覚えててよグラフェン」

「悪かったですね。胴体トルソーの刻印は自分で見えませんから、デザインまでは覚えちゃいないですよ」

「開き直るの良くないでーす」

 ロフィはなおもグラフェンに対して口を尖らせる。その追及を誤魔化すようにグラフェンは話題を引き戻す。


「ところでノーテでしたっけ。なんとなく分かりますよ、その名前なら」

[そりゃそうでしょ。私、いつもここの製品紹介してるもん。グラフェン、末端のパーツは使い捨てだからっていつも造機アートパーツから適当に決めちゃうけど。たまにはちょっとグレードの高い素材のも良いんじゃないの]

「贅沢品なんて、そんなもの必要ないですよ。別に、使えればいい」

[またまたぁ。何かの縁だし、特別に値引きしたげよっか? ノーテのとこのパーツ、リピーター多いよぉ。手や足だけじゃなく、ご希望あれば顔面皮膚のオーダーもできましてぇ]

「だから、要らないです」


 うーん。とりつく島もない。しかし頑ななグラフェンにロベリーは諦めるかと思いきや、むしろやる気を出す。

[独自の良い素材使ってるし損はさせないけどなぁ。特許も取っててね。他のブランドとは全然こう、使用感が違うの。しかも廃業の噂が立ってるから、今しかそれを味わえないかもだよ?]


 ロベリーの話に、黙って聞いていたメルクがはっとして口を挟む。

「横からごめんね。廃業するの? そのノーテって人の会社」

[あくまで噂だけどねぇ。製品は素敵だけど、本人はあんまり評判良くないの。どこかで恨みでも買ってんでしょ、たぶん]

 表面上はにこにことしたまま嬉しそうに話す。なかなか辛辣なとこあるよな、ロベリー。


 一方、メルクはその人物評に思うところがあるようで、すぐに次の質問を投げる。

「実際のところ、彼はそんな悪名高い奴なのかな? あぁ、もちろん君が知る限りにおいて、で構わないから」

[と、いってもねぇ……私も直接会ったこと、ほとんどないから。噂でよく聞くのは女癖が悪いとか、ドラッグ売ってるとか、人身売買やってるとか。そういうの?]


 軽い調子で口にすべきでないような話題も混じってる気がする。けど、誰もそのへんを突っ込まない。

 思った以上に俺は治安の悪い界隈で仕事をさせられているのかも、とか思わないでもないな。


 ともあれノーテとかいう奴の話を聞く限りだと、今回の事件に関わりがありそうな感じもする。どうだろうか。

 噂が本当なら、事件に対しても信憑性があるような。女関連のトラブルがあって事件を起こすに至った、みたいな。ありそう。

 でもそのわりに被害者達は丁重に扱われてるような気もして。うーん、どうなんだ。


 しばらく俺が独り悩み考えているうちに。気が付くと話は終わったようで、ロベリーがこちらに手を振って画面から消えた。現状、他には特にこちらが欲しい情報は持っていないらしい。


 今はっきりしているのは、次に訪ねるべきはノーテとかいう奴のところ、ってこと。

 そいつがどうと決まったわけじゃないが、少なくとも明日からの行動方針は定まった。それだけで今日はたいした収穫じゃないか。


 俺はみんなに挨拶すると車を降りた。色々と考えて疲れたし、もう夜も遅い。改めて、さっさと寝よ。

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