視察
——六番街・グロキシニア区、十一月十二日。
◎
ロベリーの調べによれば、これまでに訪ねた被害者達の義体を販売した業者は三人に絞られる。
一人は当然ロベリー。あと二人の名はそれぞれドゥイスとコーデリアといった。ロベリー曰くどちらもこの辺りではそれなりに有名な義体屋だそうで、表向きは黒い噂も立っていないとのこと。
しかしだからといって調べないわけにはいかない。他に手掛かりもないし、やれることはやってみるに損はない。
そして、現在に至るというわけだ。
「いらっしゃいませ!」
商店街の隅にある個人経営らしき小さな店。扉を開けるやいなや、よく通る声が俺らを出迎えた。
声の主である男は綺麗に磨かれた革靴の音を響かせながら、こちらまで声をかけにやってくる。俺の感覚が麻痺してきたのか、はっきりとしたグリーン系の香水の匂いは控えめにすら思える。
「ようこそ! 当店は初めてでいらっしゃいますか?」
爽やかな営業スマイルに、皺のないスーツ。胸にある名札には……何か書かれていたが、残念ながら俺には読めない。
「すみません、僕らドゥイスさんという方にお尋ねしたいことがありまして。本日彼はいらっしゃいます?」
「これはこれは、申し遅れました! わたくしが店主のドゥイスでございます。いかがなさいましたでしょうか」
声をかけたメルクに男は胸の名札を指し示して見せる。きっとそこに並ぶ文字列は名前だか肩書きだか、そういう類いのものなのだろう。
もちろんメルクは入店時に名札を読んではいたのだろうが、決め付けるよりは改めて名を尋ねる方がいい。こちらは客ではないが、いやむしろだからこそ、できるだけ穏便に話を進めたい。
なお、同じZ型のグラフェンでなくメルクが代表面しているのもそのあたりが理由だったりする。グラフェンが前面に立つとまあ、舐められるからな。本人に言ったら怒られるけど。
「いやぁ、いきなりお訪ねしてしてすみません。知人にこちらのお店を勧められたものでしてね、本日は下見がてら立ち寄ってみたというわけです。お忙しい中ご迷惑でなければ、お話を伺えましたら」
穏やかな調子で、メルクはさらりと嘘をついた。
今回の目的は、事件への関与の調査。リアヴァッドについて訊ねたいところではあるが、彼女の失踪に対し相手が関わっている場合に直球な質問は危険だ。ドゥイス自身が犯人、あるいはその共犯者の可能性もなくはない。
だからまずは様子見というわけ。
ひとまずドゥイスはメルクを疑ってはいないようで、低姿勢を崩す気配はない。それどころか、営業スマイルによりいっそうの磨きがかかる。
「迷惑だなんて、滅相もありません! 数ある専門店の中から弊社をお選びくださり、誠にありがとうございます!」
ドゥイスという男、この道何十年どころか何百年クラスのベテランなのだろう。
「たいへん失礼ながら、当店の義体をお求めでいらっしゃいますのはお連れ様でしょうか?」
ちゃんと客も見てるなあ。挨拶したメルクの指を見て、彼自身が使用者ではないと判断している。
ドゥイスはグラフェンの方を向き、親しげに笑いかけた。完全に甥っ子の機嫌をとろうとする時の普段会わない親戚の顔である。対するグラフェンの目つきは普段の三割増しくらいに鋭くなったが、文句を発しなかったので及第点というところ。
「ええ。うちの養子がそろそろ成人するのでお祝いにちょっと良い義体を、と思いましてね。しかしながら我々夫婦は息子と種族が違うもので詳しくなく。それで専門家のお話を伺えたら、と」
しれっと事前に決めていた嘘設定を告げるメルク。無理があるのでは、と感じなくもなかったが、意外となんとかなっている。むしろドゥイスは訝しむ素振りを全然見せないくらいだ。案外単純な性格なのかもしれない。
「左様でございますか。かしこまりました! お優しいお父様で、坊ちゃんもさぞ嬉しいでしょう。ささ、どうぞこちらへ」
適当なメルクの話にも納得したらしいドゥイスは、俺ら仲良し家族を店内奥のテーブル席に案内した。チョロいな、と言わんばかりにメルクがにやつく。
一方で設定に納得のいっていないグラフェンは、ドゥイスに見えないようにメルクを睨みつける。後で覚えてろよ、とその視線が物を言っていた。
メルクの妻という設定を割り振られているロフィは、裾を引きずるほどに長いドレスに慣れないようで、歩くだけでもたついている。ハイヒールも苦手なようだ。S型って奴らにはこれが普段着なのだそう。
手を貸してやりたいが彼女の纏う衣装の袖もまた長く、さらに手元を見られないようにしなければならない為に独りで頑張ってもらうしかない。
よろよろとなんとか座席に辿り着いた時の安堵の表情といったら、事情を知らない者が心配になるレベル。
粗が目立たぬようにとメルクがそっとドゥイスの視線を遮る位置に座った。
そんな小細工を無にするかのごとく、間髪入れずにやり手の販売員によるサービスがロフィに向けられる。
「奥様、お帽子をお預かり致しましょうか」
「あっあっ、大丈夫です! じゃなくて、結構です! えっと、この帽子とっても気に入ってるので!」
派手な装飾のある帽子も、特徴的な耳を隠す為の小道具の一つ。邪魔だが仕方がない。
俺もメルクの弟だかロフィの兄だかを装わねばならないので、やはりS型の定番だという重ね着を強いられている。面倒なことだ。
「こちらでお掛けになって、少々お待ちくださいませ。商品台帳とおすすめ品の模型を数点、奥からお持ち致します」
深く一礼したドゥイスが席を外すと、それだけで開放感がすごい。何もしてない俺でも、無意識に緊張していたらしい。
数分で戻るだろうが、店員の姿が見えなくなるとさっそくグラフェンはメルクに対する不満を口にした。
「この設定、本当に必要でしたか」
「要ると思うよ。だって、ねえ?」
何とは言わずにこちらへ同意を求めるメルクに、俺は曖昧に頷いておく。俺もメルクがメインで喋る方がいいと思う。怒られるからはっきり言わないだけで。
「私もね、家族設定そのものには賛成なんだけどさ。なんで私普通にT型じゃダメだったの? それなら子供できなくて養子取る、っていうのもむしろ自然じゃないかと思うんだけどー」
「そういう見方もできる。でもちゃんと理由があるの。安全策ってやつね」
「っていうと?」
「顔を覚えられないようにするため。異種族四人組なんて目立ちすぎるからねぇ。S型の夫婦にZ型の子供でも目立ちはするんだけど、種族構成を間違って覚えててもらった方がかえって都合がいい」
そこまで言ってメルクは声のトーンをやや落として続けた。
「……もし、あんまり好ましくない事態になれば、に備えてだけど」
念の為ってことだな。そういう理由なら分からなくもない……いや、待て。それなら別にメルクがT型を装えば良かったのでは?
ちら、と訝しげな視線を送る。目が合ったメルクは俺が何を言わんとしているか分かったらしい。指を唇に当て、黙っていろと暗に伝えてくる。その仕草からするに彼はT型に変装するのを避けたいようだ。
どうして、と思ったが考えればすぐに予想がついた。
ロフィはS型のトレンドコーデに苦戦している。つまりもしメルクがT型を装うならその逆をしなければならないが……着たくないんだろうよ、ロフィ並に布面積の少ない衣装。季節的にも、デザイン的にもだ。
俺はメルクの意思を尊重して見て見ぬ振りをきめることにした。なぜならもちろんのこと、俺もとばっちりで巻き込まれるのが嫌だからだ。
やっぱり俺も己の身が大切なので。こんな世界で風邪でも引いたらどうしてくれよう。
「お待たせ致しました!」
ロフィがメルクの策略に気付く前にドゥイスが戻ってきたのでこの話はここまで。一安心だ。
「こちら台帳でございます。坊ちゃんでしたら軽量素材を使用している
「ありがとう」
カタログを受け取ったメルクは勧められたページを開いて適当にグラフェンに見せる。どうせ買うつもりはないので、あくまでパフォーマンスだけ。
「ほら、これなんてどうだい? 格好いいんじゃないかなぁ」
「……そうですね」
グラフェンは当然のごとく嬉しそうな様子を微塵も見せずに頷く。わーい、とかすごーい、とかなんか言ったらいいのに。
なんてことを俺が考えている傍ら、グラフェンはカタログからドゥイスに視線を移し、子供というにはやけにキリッとした態度で相手の顔を見据える。坊ちゃんは茶番に付き合う気などさらさらないようだな。
「すみませんが、
「
「ふふ、どうもありがとうございますー。かわいい子でしょ、ね?」
グラフェンのストレス値が急上昇したのを感じ取り慌ててロフィが場を和ませるが、グラフェンの苛々はますます加速していることだろう。俺には分かる。
「しかし坊ちゃん、
「それでも
父親を『そこの彼』扱いするのどうなんだ。でも一周回って思春期っぽいな。アリか。ドゥイスも微笑ましそうに見てるし。
などとそんな感情を抱いていたらグラフェンにガンを飛ばされたので、後で俺も嫌味を言われるに違いない。
「旦那様のお知り合いの方は、
「ああ、そうなんですよ。僕の知人の幾人かがこちらで世話になったようでして。コルマ、ロトラ、フィディ。彼女らをご存知です?」
もう少しこの茶番劇を楽しみたいところでもあるが、グラフェンに圧をかけられてメルクもいい加減に本題を切り出すことにしたようだ。
俺も思考を切り替えて集中しなければ。
「コルマ様、ロトラ様、フィディ様! いずれも当店をご贔屓にしてくださっている方々ですね! 特にロトラ様は先日もお見えになりまして、我々としてもありがたい限りでございます。どうぞよろしくお伝えください」
被害者達は名前だけで分かる程度には常連らしい。あるいはそれだけ上客なのか。
ドゥイスの態度を見るに、彼女らとの間に諍いがありそうな気配はない。けれども実際のところはどうなんだろう。何か新しい情報はないか。
俺だけではなく、メルクも同様に手掛かりを狙っているようだ。柔らかい物腰をそのままにそれとなくかまをかける。
「ええ。機会があれば是非に伝えておきます。けれどここ数年は忙しくてねぇ、ほとんど会っていないんですよ。むしろ僕よりそちらの方が彼女らの近況に詳しいかもしれません。皆さん、いつもと変わらずお元気そうでした?」
さて、どう返すか。
今のドゥイスの口振りだと、事件の後にこの店を訪れた客もいるはずだ。その際に何か気付くことはあっただろうか。
あるいは——何か隠していることがないだろうか。
ドゥイスは質問に一瞬だけ笑みを消し、そしてまたすぐに何事もなかったかのように口角を上げた。台帳をめくっていた手を止め、静かに答える。
「そうですね。わたくしどもにはプライベートなお話までは分かりかねますが、どなた様も充実した日々を送っていらっしゃるみたいですよ」
そのまま表情は変わらない。事件を知らないのか、それとも知っているからこそ、なのか。
ともかくもドゥイスの態度を見るに、顧客の個人情報をそう明かしはしないだろう。こうなれば、もう粘って情報を聞きまくったところで、怪しまれるリスクの方が高くなってくる。
そろそろ頃合いか、とメルクはロフィに視線で合図した。
「そういえば、リアヴァッドもこちらのお客さんだったかしら? お友達なんだけど、ここのところ忙しそうで会っていないの」
本命の名前をちらつかせると、ドゥイスは眉を寄せて考え込む。
「リアヴァッド様……ですか」
「ええ。あなた彼女を知らない?」
「そう、ですね……」
必死に記憶をたどって思い出そうとしているのがこちらにも伝わる。この感じ、すっとぼけているようには見えないが。
悩むことしばし、ドゥイスは悲しそうな表情を浮かべて頭を下げた。
「申し訳ございません。いかんせんわたくし、これまでに大勢のお客様を担当させていただいておりましてですね、お恥ずかしながらすべてのお客様を覚えきれてはいないものでして……当店をご利用の方でしたら、会員名簿をお調べすればきっと分かるかと思いますので、少々お待ちを」
申し訳ないのはこちらだよ。適当言ってんだからさ。
たぶんこの店、リアヴァッドの行きつけではないんだろうな。彼女以外の被害者に対しては別問題だが、とりあえずリアヴァッドに対しては無関係に違いない。
「あっあっ、いえ、平気です! 私の勘違いかもしれないので」
バックヤードに戻ろうとしたドゥイスを、さすがにいたたまれなくなったロフィが慌てて引き留める。ぱたぱたと顔の前で手を振り気にしない旨を伝えるも、ドゥイスは謝罪を繰り返すばかり。なんだか罪悪感が募るな。
——それから先、俺らは幾つか質問を投げかけたが、結局これといった情報は得られなかった。
◎
気を取り直してもう一人の相手、コーデリアに会う為に向かったのはドゥイスの店から徒歩十数分の立地にあるビル。
「どうりでさっきのドゥイスって人の店、空いてたわけだねー」
ロフィが何気なく言った感想に、俺を含むみんなも胸中で同意していることだろう。
コーデリアが仕切るのは大手義体屋チェーンの一つ、しかも旗艦店。外観も雰囲気も良い意味でシンプルにまとめられていて、ドゥイスの店よりカジュアルな雰囲気だ。
客の外見はあてにならないとして、実年齢で客層を分類したならば若者向けってイメージ。けど安っぽいわけではないので、幅広い世代が利用しているんだろう、と思う。
しばらく店内を見て回っていたが誰が誰やらよく分からない。制服はあるので店員か客かの見分けはつくけれど、誰も名札は付けていなかった。
仕方がないのでこちらから声をかけ、入口付近にいた適当な店員にコーデリアに担当してもらいたい旨を伝えると、俺らは待合席に通された。
「義体屋って私、どこも同じようなものかと思ってたけど、結構店によって違うんだ」
「ええ。俺はこういうチェーン店はあまり利用しませんね。細かい融通が利きづらいので」
「ふーん、なるほどねー」
店員に聞こえないようにそんな話をしていると、ハイヒールの音がそれを遮る。
「お待たせ致しました、当店責任者のコーデリアです。本日はどのようなご用件でしょうか」
やって来たのは見るからに仕事ができそうなオーラを全身に纏った美女。やはり香水は尋常じゃなくきつく、花束に顔を突っ込んだ方がマシかというレベル。化粧や髪型はしっかりきっちりと整えられ、客に媚びない強い意志を感じる。
ドゥイスとは大違いでにこりともしないどころか威圧的にすら思えるくらいだが、誰も彼女相手に萎縮してはいなさそうだ。ドゥイスが例外でこういう態度の接客が普通な文化なのか、それとも単にこの三人が気にしない性格なだけかは知らない。
「お忙しいところ突然お呼びしてすみません。知人からこの店を勧められましてね、是非とも店長さんからお話をお伺いしたくて参りました」
「あら……そうだったのですね。かしこまりました」
メルクの言葉にコーデリアのオーラが少しだけ柔らかくなる。クレーム言われるとでも思っていたんだろうな。それでも笑顔は浮かべないが。
「それで、当店の義体をお探しなのはどなたでしょうか」
「ああ、義理の息子です」
メルクはドゥイスのところで語った嘘っぱちの親子設定をコーデリアにも話し、同じ流れで被害者達の話題をも切り出した。
「——そういうわけで、フォロエスとドロルデからこちらを勧められたんですよ。二人をご存知でしょうか?」
「フォロエス様にドロルデ様、ですか」
コーデリアはほんの少しだけ考えるように目線を逸らしたが、すぐにメルクの方を向き答える。
「申し訳ございません、当店をご利用のお客様は多数いらっしゃるので、お名前だけではすぐに分かりかねます。会員名簿をお調べすれば購入品の確認はできるかと思いますが」
あー、こりゃダメだな。本当に聞きたいのはカタログ商品のスペックじゃなくてそっちなんだが、覚えてないもんは聞きようがない。演技かもしれないが、俺の目にははぐらかしているというより本気で忘れているように見える。
適当なところで話を切り上げてこの場は引き返すか?
コーデリアに気取られないように視線をメルクに投げると、彼は穏やかな表情を崩さずに笑った。
「いやぁ、そうですよね。人気店のようですから覚えていなくても仕方ないですよ。でももしお手間でなければ、一応その名簿を見てもらえません? 彼女らの使っている義体が良いと聞いたんですけど、僕は素人でよく分からなくてね。もしこの子に合いそうなら詳しくご説明いただきたくて」
お、これはなかなか上手いな。そういう理由ならば自然に被害者達の当時のデータを調べさせることができそうだ。会話の内容を覚えているかまでは分からないが、それでも何かは掴めるかもしれない。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ハイヒールの踵を返してコーデリアが俺らの傍を離れると、ロフィがメルクにささやく。
「上手く誘導するよねー、さすがメルク」
「まあね、任せなさいよ」
戻ってきたコーデリアは手に分厚いカタログと二冊の薄いファイルを持っていた。きっとこのファイルにフォロエスとドロルデの会員情報が載っているのだろう。データ管理、意外とアナログなんだな。へえー。
「お調べして参りました。確認しましたところ、お二方とも同メーカーの同型の義体をご利用ですね。
また言われてるな、グラフェン。ちょっと気の毒だな。気にするんじゃないぞ。明らかに子供らしからぬ、殺意高めなジト目をやめなさい。
「お客様くらいのご年齢でしたら、こちらの商品などはいかがでしょうか。タイプとしては
カタログを開いて指差したのは、すらりとした長い脚に細マッチョな高身長イケメンモデルの写真。この世界でもやっぱりそういう感じの男って人気なんだな。
ロベリーのところで見たように、Z型は首を身体から分離させても問題ないっぽい。てことは、このイケメンの顔だけグラフェンになるってことか。面白え。
たぶん俺以外も同じことを思っているのだろう、メルクもロフィも顔がやや引き攣っている。
「結構です。
低く圧し殺した声でグラフェンは答えた。絶対に一瞬設定忘れてたよな。誤魔化したけど。結構苛ついているらしい。
しかしコーデリアも強い。否定されればすぐに別商品の紹介に移る。真っ赤に塗られた爪がカタログの上を走るのを俺は眺めていた。
照り輝く赤色が白く長い指に映えている。妙に整っている手だな、と思ったがあれか。これも義体に違いない。
左手の小指にはほくろがある。こういうのもオーダーでカスタムするのかな。そのあたりも流行とかあったりするのだろうか。
それにしてもこのほくろ、何か引っ掛かるような……?
思い出せず頭をひねる俺をよそに、グラフェン他はコーデリアの意識を商談から顧客の記憶に向けようと頑張っていた。
「ちなみに、フォロエスやドロルデは何かこだわりなどはあったのでしょうか。当時、何を話していたか覚えてます?」
「申し訳ございません。記録によるとフォロエス様の担当者はご来店の度に代わっておりまして、うち何名かはすでにこの店から異動しております。わたくしも直接お会いしたことはあるのですが、最終的なご購入商品しか記録しておらず、どうしてそちらにお決めになったのかという詳細までは分かりかねます」
微妙なラインで個人情報をキープしつつ、コーデリアはそう話す。ドゥイスもそうだったが、ばっさりと拒否されはしなかったので、ここらへんの情報セキュリティ的なものは俺らの世界の常識より緩いのかもしれない。
「ドロルデの方は?」
不信感を抱かれる前に、とメルクが畳み掛けるように尋ねる。
「そちらのお客様に関しましては私が三度ほど担当しております。購入履歴を拝見して思い出しました」
「選ぶ際に何か話したりしました?」
「いえ。いつもお急ぎですし、あまり会話を嗜む方ではないですから。ご試着もなくいつも同メーカー品の最新モデルを即決されますので、そちらのメンズ……ではなくて、ジュニアサイズをお試しになりますか」
「結構です」
うーむ、せっかく調べてはもらったが、どうやらここまでのようだな。結果として、グラフェンが苛々しただけだ。
「あ、そうそう。リアヴァッドもこちらを利用していたんだったかしら? お友達なの」
ドゥイス相手と同じ具合にロフィが口を挟み、暗にグラフェンを制止する。狙いどおり、コーデリアの注意は今にも吠え出しそうなグラフェンからロフィに移った。
「リアヴァッド様ですね。お調べします」
もはや思い出そうという努力すらせずにコーデリアは再び裏へと消えていく。
ハイヒールの音が遠ざかると、グラフェンは周囲に聞こえるほどにわざとらしく舌打ちして、不機嫌さを隠そうともしない。
「その顔、やめなさいね。僕らも頑張って幸せな家庭の演技してるんだからさぁ」
「……ふん」
「後で思いっきり美味しいものでも食べに行こうよ! ね、だから機嫌直そ?」
などと仲良く談笑しているとまたハイヒールの音が聞こえてきたので、皆さっと口を閉じる。
再度テーブルに着いたコーデリアは手ぶらだった。
「過去の記録を遡って調べましたが、先程仰っていた方は記録がございませんでした。他店とお間違えでは?」
「あっ、そうですか。ごめんなさい、私ったら勘違いで失礼しました!」
要らぬ手間に対してのものか、コーデリアの口調にも心なしか嫌味のスパイスを感じる。あー、これは完全に潮時だな。
「そうですか、色々と伺ってすみません。こちらでお話を聞いて我々も多少は義体についての知識を得ましたので、知人に相談してからまた改めてお訪ねしようと思います」
メルクが立ち上がってお辞儀するのに合わせて、俺とロフィも慌ててそれに倣う。お辞儀の風習もあるんだなあ。なお、グラフェンだけは頑として頭を下げなかった。
コーデリアに見送られ、店を出て真っ直ぐ車に戻る。二つの店を巡ったけれど、義体の販売店からリアヴァッドに繋がる道は途絶えてしまった。ただ、やはりこの共通点は何かある。俺はそんな気がしている。
情報はあまり得られた気がしないが、考えることは多い。宿までの数時間は眠っておこうか。到着する頃には外はもう真っ暗だろう。
まだ例のカフェ、開いてますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます