神頼
車に揺られることしばし。日もすっかり高くなった頃に俺とメルクは目的地へと到着した。間近には綺麗で豪奢な屋敷、その門前にはロフィとグラフェンの姿が見える。
メルクは窓を開けて二人を呼ぼうとしたようだが、彼がそうするよりも早くグラフェンがこちらに気付いた。ロフィと共に車の方へ歩み寄り、そのまま定位置へと乗り込む。
「お迎えご苦労ー」
「何か進展はあったかい?」
「残念ながら芳しくないですね」
二人がいつもの席に腰を下ろすと、車は門から遠ざかってゆく。俺はてっきり目の前の屋敷に行くものとばかり思っていたが、どうやら二人だけですでに取材を済ませたのだろう。
しかし、進捗はよろしくないらしい。ロフィは唇を尖らせて今にも吠えそうな顔でむくれているし、グラフェンは激しい蛍光色のジュースを片手に、ミントタブレットとグミの中間みたいな謎の菓子を無心で噛み砕いている。
見るからに二人ともかなり苛立っていらっしゃるなあ。
「おで、よばれた、なんで」
この様子だと事件解決を前に観客として招かれたのではなさそうだ。俺の質問に対し、ロフィは視線だけをこちらに送って溜息をつく。
「ネモ、どこまでメルクから聞いてる?」
「なにも、ほとんど、ない」
「了解。それならまずはここまでに私達が調べたことを伝えるね」
俺は首を縦に振る。メルクから受けた報告は、アサヒに与えられた内容をそのままなぞるのとあまり変わらなかった。それ以外に判明していることがあるのならば、これから何をするのにも情報共有は大切だ。
「メルクが調べた類似事件も含めると、共通の被害者はZ型の女性。誘拐されてから解放されるまでは、数週間から長くて数ヶ月」
「ひがいしゃ、ない、きおく。かね、そのまま」
ここまでは前提。ロフィは頷いた。
「そうそう。アサヒさんの言うとおりで、被害者は記憶喪失。目的不明、お金は手付かずの場合あり。何人かは損害があったみたいだったから、一応その額も調べてもらったんだけど……って、ネモには相場分かんないか」
「うん。いくら、だいたい」
「だいたいそうだねー、私の出身地区だと月収くらいかな?」
「おおい、なのか」
「私にとってはそれなりに。でも被害者達にはきっとはした金って感じ? なんかね、金銭的な損害出てるのって特にお金持ちの人ばっかりなのよ。犯人、絶対相手選んでる」
なるほど。被害者達は金も盗まれていたとアサヒから聞いて、てっきり深刻な額なのだと思っていたんだが。
これ、場合によっては被害届出してない人もいそうだな。実際の関連事件数はもっと多いのかも。
俺は座席越しにメルクに訊ねる。
「ひがい、にんずう、いくら」
「僕が調べたところ、アサヒさんから聞いたものに類似事件を合わせると二十件は超えてる。実数はそれ以上だろうねぇ」
メルクも、俺と同様に表沙汰になっていない案件があるとみているのだろう。曖昧にそう述べた。
「ちなみに、今この車が向かっている先が僕調べによる最初の被害者の家だよ」
「いえ、とおい、なのか」
「そうでもない。事件について話し合ってる間には着くんじゃないかなぁ」
つまりは結構近隣で事件が発生してるってことか。防犯意識が低いのか、それとも犯人に絶対の自信があるのか。
俺は改めてロフィとグラフェンの方へ向き直り、そっと聞いてみる。
「ききこみ、すすんでる、なのか」
「私とグラフェンがこれまで聞き込みできたのは六人。まあ、犯人に繋がるようなこれといった収穫はないんですけどー」
ロフィはそう自嘲気味に呟いて、俺に数枚の紙片を手渡した。
「これ、その六人の写真ね。グラフェンに撮ってもらったの。ネモに見せようかな、って現像しといた」
一枚ずつチェックする。Z型と聞いてはいるものの、グラフェンやシヴと比べたらはるかに血色がいいというか、色白儚げではあるんだけど、肌艶が良いというか。美容に金をかけてるんだろうな、と思う。
ただし雰囲気は様々で、外見年齢は十代後半くらいから三十代手前くらいまで。髪の色や服装の趣味、身長や体型も含めてこれといった共通項はない。
「みため、ばらばら」
「念のため実年齢も聞いたり調べたりしてみたけどさー、そこも外見以上に全く統一感がなかったよ」
うーん、思った以上に全く傾向を絞るのに参考にならない。
あ、そういえば。
「リアヴァッド、かお、わかる、なのか」
他の被害者も気になるが、そもそも今回の目標はリアヴァッドの発見だ。どんな顔をしているかは重要である。
しかし訊ねられたロフィは大きく溜息をついて、つまらなさそうに自身の髪を弄ぶ。
「分からないんだよね、それが。アサヒさん、画像送れないから。分かってる外見としては、髪は派手な金髪で耳には金のピアス。これ、恋人が特注した一点物らしくて、お互いのイニシャルが入ってるんだってさ。あと、目元と口元にほくろを付けてるらしいよ」
付けている、ということはあれか。Z型だし、顔も身体同様に手を加えているんだろう。
念の為にもう一度写真を確認するが、他に金髪だったりほくろが目立ったりといった人はいない。それが理由ではなさそうだ。
改めて、深く考えてみることにした。
それぞれのタイプがここまで違うと、被害者は完全に無作為で選ばれてるんだろうか……あ、違うな。少なくともZ型の女性である点は共通だもんな。
「僕もそれ見ていい?」
運転しているメルクがそう尋ねる。彼に向けて、バックミラーに映るよう写真を掲げて見せる。六人の容姿を確認したが、メルクもその先の推理はお手上げのようだった。
「うーん。犯人にとって理想の女性像みたいなものがあるようなら、そこから解決の糸口が掴めないかと思ったんだけどねぇ」
「そんなものは俺とロフィで散々考えましたよ。要は犯人の好みがどういう女か、ってことでしょう」
「まあ、うん。言っちゃえばそう」
メルクは遠回しに表現しようとしたがグラフェンは直球に言い切った。それはまあ、そう。俺も、写真の中には誘拐犯の好きなタイプの顔や体型がずらりと並んでいると思ってた。
誘拐の動機が金でないのであれば、攫われた本人に対して価値を見出している、とまあ。そういう。
そんな俺らの会話に対して、女子代表のロフィは呆れたように断言する。
「男性陣は色々考えちゃってるみたいですけどねー、そもそも会った人達に性的な被害はなかったよ。一切、全く」
「あっ……そう、なのね?」
「そうでーす。あなた達は聞きにくいでしょ? だから私がやんわりと聞いておいたのです。結果として、そういう動機って可能性がなくなっちゃったんだけど」
淡々と、さして興味がなさそうにロフィはそう述べる。グラフェンはロフィからすでに聞いていたのだろうが、メルクは俺と同じく初めてその報告を受けたらしい。彼は想像が外れたことで、安堵の混じった苦笑いを浮かべていた。
「うそ、ついてる。ない、なのか」
「そりゃあね、当然言いたくない人もいると思うんだけどさ。反応を見る限りだと、私はあんまり嘘をついてるとは思わなかったよ。アサヒさんも言ってたけど、そういう事された証拠はなくて、逆にされなかったって証拠があるくらい」
「しょうこ」
「そうそう。それに関しては私よりグラフェンに聞いた方が確かかな」
ロフィに促されてグラフェンの方を見ると、やれやれ、とでも言いたげな目がこちらを向いている。
「……別に俺も詳しくはないですよ。ただそういった行為があれば、調べると分かる程度の形跡は何かしら残るはずです。俺達は代謝が悪いですから」
「ぎたい、つかう。しょうこ、のこる、なのか」
「おそらくは残ります。たとえ本体……出生時に元々有していた肉体ですね。それであっても義体でも、被害の痕跡は確認できるはず」
「ぎたい、いれかえ、できる。いれかえ、かのうせい、ない、なのか」
「身体を入れ替えられたってことですか? まずありえないですね。入れ替えそのものは可能ですが、神経の同調……つまり、新しいパーツを脳が身体の一部と認識するには時間が必要です。
ふむ。同じ女性のロフィと同じ種族のグラフェンがそう言うのならそうなのだろう。捜査に進展はないが、ひとまず安心は確保できた。
「はいはい、もうこれに関してはひとまず終わりねー。てことで、被害者の意見をまとめるとしましょうか。みんな同じことばっか言ってたから、個々の詳細は割愛するよー」
ロフィが場を仕切るのに合わせ、俺はこれまでに分かった情報のメモを取る。
「まず、記憶のない期間は最短で二週間。長い場合で四か月弱。暴行の形跡はほぼなし」
「ほぼ、ってことはあるにはあったの?」
気になった箇所に対して、俺が訊ねるより早くメルクが口を挟む。
「性被害はないけど、怪我は人によっては。欠損や傷ができている場合があった」
「暴力を振るわれていたのか」
「そこは微妙。日常的な暴力ではないというか、身体が傷ついて間がない感じではあったみたい。むしろ怪我をしたから解放された可能性の方が高いかも、って。本人達曰くね」
ますます誘拐の目的が分からなくなってきた。怪我をすると犯人にとって支障がでるということだろうが、それはどうして?
そういえば、そもそもその傷やら何やらのできた時期って断定できるんだろうか。
グラフェンにそのへん訊いてみる。
「きず、できた、いつ。わかる、なのか」
「分かりますよ、パーツの素材によっては。
グラフェンの解説にロフィはうんうん、と相槌を打って、そこへさらに情報を追加する。
「あ、そうそう。そういえば、解放までが最短の人は持病があったらしいんだよね。これってたまたまかな? それとも怪我と同じく犯人に何か影響があるのかな」
そうだな。怪我、持病。それらがあると犯人にとって都合が悪い、という可能性はやはりあるだろう。しかしその理由は現時点での情報からでは分からない。
みんな頭をひねりつつ唸れど、これといった予想がそれ以上に出てくることがなかった。
「ところで、記憶がないのはなんでだと思う?」
考えても埒があかない。そう思ったのかメルクは話題を変えた。
こだわっていても分からないものは分からないしな。俺も新しい考察を始めるか。
そうだな。記憶がないってことは、身体に何かされたか、心に何かされたか。できるできないは知らないが、あくまで可能性論としてどちらなのかを考えてみることにする。
身体に何かをされた場合。それなら最初にありそうなのはこれだろう。
「やくぶつ、つかった、なのか」
安直ではあるけど、睡眠薬や麻酔薬、その他なんか法に触れそうな薬等々で意識を失っていた説。健康被害でそうではあるけど、それは俺の感覚。俺の常識外の身体を持ってるんだし、あるかもしれない。
食べ物に混入したとして、少なくとも味覚に関しては自信を持って言える。たぶん多少何か混ざってても絶対にバレない。
そう思って言ってみたが、メルクは即座に首を横に振った。
「それはないと思うなぁ」
答えながら助手席に目を向ける。つられて俺もグラフェンの方を見ると、彼もメルクに同意を示している。
そういうものなのか、と訝しむ俺にメルクは補足。
「グラフェンが昔、頭痛がするからって薬を買いに行ったことがあってね。まあその時の僕は驚いたよ。だって、一抱えもあるような瓶を手にしてるんだもの」
「ごく普通のことですけど、俺達にとっては」
「一回量に飲む量もちろん相当でさ、えぇと三百錠とかそれくらいだったよねぇ?」
「そんなもんじゃないですか。メーカーにもよると思いますが、俺は普段あまり世話になることがないので」
口を挟むものの、メルクの言う内容に対してはグラフェンも異論はないらしい。
「ね。だから今回の件も、Z型の被害者に気付かれず、意識を失うほどまでの薬を経口投与するのはほぼ不可能だと思う」
うーん、残念ながらこの案はなしかな。
確かにその量の市販薬を一気に飲ませるの至難の業だ。どんなに被害者側の警戒心が薄くとも、味とかなんとか言う前に物理的に無理がある。
「それならさー、なんかとってもすごい薬が秘密裏に開発されてるとかはないの? 私達なら舐めただけで寝ちゃうレベルのとか。それならZ型にも数錠で効くでしょ」
ロフィが無邪気にそんな特定界隈の設定でありふれていそうなことを言い出すと、やはりメルクが冷静に告げる。
「そんな物があるならさぁ。こんな面倒なことしなくても普通にソレ売って、欲しいもの買えば良くない? 成分調整したら良くも悪くも使い途あるし、合法でも違法でも相当な利益だせるよ。犯人の動機は不明瞭だけど、金があれば大抵の望みは叶う。この事件の被害額からすると、そんな薬を隠しておくのはもったいないね」
正論だ。俺もそんなものを開発したら、こんな半端な犯罪には使わないだろう。
経口投与が難しいなら注射器等でなんとか、とか思ったけれどそれもないだろうな。針の跡なんかあれば気付くに決まっているし、やっぱり結局そんな薬あるなら売って金儲けしたら良くね? と、そういう話だ。
金だけでなんとかならないような動機、今のところ思いつかないし。
それなら今度は、心に何かされた場合についてはどうだろうか。
「さいみんじゅつ、とか」
なんてさすがにないか、などとそう思っていたが、みんなの反応を見ると意外とむしろこちらのほうがあるのかも。
「洗脳とかはあるかもだよねー」
「あるのか、せんのう」
「記憶操作に関しては研究が進んでると聞きますよ、俺は興味ないので詳しくはないですが」
「そう、なのか」
「みんな暇だからねぇ」
そりゃまあ、そっか。俺らと生きてる感覚が違うもんな。時間ならあまりあるってわけね。
「でもその線も、僕はないと思うなぁ」
「どうして」
「他人の記憶をいじる技術はある。けど、そんなに精度が高くないのさ。他の記憶に影響を与えずに、ちょうど失踪期間のみの記憶を消すのは不可能だと思う」
そういうものなのか。メルク、詳しいな。勉強になる。
「あと、ね。もし今言ったことができるような方法を確立したとして。それならやっぱり、その特許だけで儲かると思うよ。わざわざ危険侵す必要はなくない?」
堂々巡り。最後にはどうしてもそこに行き着くんだよな。やっぱり動機は金で買えない何かなのだろうか。愛とか?
……いや、さすがにそんな訳はないか。
被害者が誘拐された理由は不明、手段も不明。もちろん犯人像も不明。
「で、私達そこから先の推理が進まなくて詰んじゃったの。だからネモを呼んだってわけ」
自分でできないことを他人に頼る。時としては必要だと思うけど、俺が考えたことはだいたいもう考えついてたようだし、ここにいて意味はあるのだろうか。自信がない。
「おで、できる、すくない、だった。ごめん」
「いいのいいの。そのうち何かひらめいてくれるかもだし、あっ
「むり」
そんなんできたら苦労しない。
「あてにする、こまる」
「だってだって、もう神頼みくらいしかやることないー」
ロフィがそう嘆いたのに合わせるかのように、メルクはそっとブレーキを踏む。
ようやく、最初の被害者の自宅に着いたようだ。
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