Brand Rudder
依頼
——六番街・グロキシニア区、十一月十日。
◎
俺がこの世界に迷い込んでから一週間と少々、三人との共同生活にもだいぶ慣れてきた。
宿のベッドから降りてカーテンを開けると、外はそれなりに明るくなっている。ロフィはもう宿を出た頃だろう。T型の睡眠時間そのものは俺ら外界種とあまり変わらないのだが、彼女は早寝早起きが得意らしい。
俺自身はというと、あまり長いこと寝なくても結構頑張れる体質だ。だから車での寝泊まりでもいけると思っていたのだが、エコノミークラス症候群の話をしたら宿を取るように言われてしまった。曰く、どうせアサヒの金だから、とのこと。みんな逞しい。
六番街に着いた当日、俺らはアサヒから仕事の依頼を受けた。そこから一週間が経つが、特段大きな手掛かりは得られていない。
寝ないメルクとたまにちょっと眠るだけのグラフェンは夜通し調査をしているが、今日の成果はいかがだろうか。
いったん宿を出て、俺は近くのカフェへと向かった。アンティークな、という表現が適切かは分からないけど、俺の時間感覚においては年季の入った外観の小さな店だ。S型向けの味ということで、俺は朝夕ここで食事を摂ると決めている。
街を歩いて新しい味を開拓したいところではあるが、他に何食えばいいか分からないからな。トラウマが蘇る度に、結局安定を求めてしまうのだった。
「あ、メルク」
店の奥、俺がよく座っている席に見慣れた顔がある。こちらの声に気付くと、ひらひらと手を振り俺を呼んだ。
「やぁおはよう、ネモ。こっちこっち」
誘われるままに席に着く。自他共に認めるくらいには現状足手まといの俺にわざわざ会いに来てくれるとは。
「どうした、あった、なのか、じょうほう」
「うーん、そうだねぇ。僕からの報告にはあんまり期待したいでほしいかなぁ」
僕から、と言うのであれば、他の二人には何か進展でもあるのだろうか。ちょうど変わりばえしない日々にも飽きてきたところだ。
「だれか、おで、よう、ある、なのか」
「そ。ロフィからネモへ、召集のお誘い。ここからは遠巻きにで良いから同行してもらおうかと思ってね」
「え」
もう?
もちろん、いつかは呼ばれると思っていた。けど、今?
いや。その、なんと言うか。行くのはいい、けど。マジで何の役に立たないぞ、俺は。
「おで、できる、ない。ほとんど」
「大丈夫。僕も戦闘となるとできることがないからさ。今日だって前線は他の二人に任せて、ここでこうして連絡係というわけ」
そう言われてもな、身体の造りが違うんだが。俺は窮地に立たされたら結構軽く死んでしまうぞ。いいんだな? いや俺は良くない。
そう不満はありつつも、一度自分で受けることを決めた依頼だ。内容によっては物陰からこっそり、というのでも参加したことにしてくれるだろうか。
「食べながらでいいから、今後の予定を聞いてほしい」
メルクが促す。俺はその言葉に応じ、この数日で馴染みとなったウェイトレスにいつものモーニングセットを注文した。可もなく不可もなく、値段のわりに食べ飽きないスープとサラダのセットだ。付け合わせは聞いたことのない穀物のパン。
メルクは先にハーブティーを頼んでいたが、手を付けていないようだった。残すんならくれよな。飲むから。
暇を潰すためにも、注文した品が届くまでの間、俺はスマートフォンに記録してあるメモを眺めることにする。
充電器そのものは持参していたからいいとして、なぜこの世界の電源に対しそのコードが上手いこと繋がるのかは不明だ。しかし、色々アダプターを通したらなんか知らんができるのだった。これは本気で謎が残るが、まあいい。考えても分からん。
メモを起動して開く。当然電話やメールといった機能は使い途がないので、この端末はデジタルメモ帳兼簡易カメラのようなものとなっている。
最新のメモ、アサヒからの依頼は最近この六番街で起きている事件の解明と解決だった。
——六番街、令嬢失踪事件。
発端はアサヒが見つけた捜索願。
六番街のはずれに住む一人の女性が数週間前に突如消息を絶った、というのがその内容だ。名前はリアヴァッド、種族はZ型。
彼女は結婚を間近に控えていたそうで、失踪の理由に関しては不明。本人がいないのをいい事に、最初からその気はなかっただとか、他に相手がいただとか。周囲の人々は口々に勝手な憶測を述べる。
そのうち根拠のない噂は彼女の夫となるはずだった男にも及び、彼は精神的に参ってしまった。それでも、必死に彼女の行方を探しているらしい。
そこでアサヒが例の謎ネットワークを使って調査した結果、ここ数年の間、数ヶ月おきに六番街でZ型女性が行方不明になったという報告が相次いでいることが判明した。
失踪した女性はいずれもそれなりに裕福な一人暮らしであり、数週間から数ヶ月の間姿を消した後に自宅に戻っているのを発見されているとのこと。発見後は皆一様に行方不明期間の記憶が曖昧であり、金銭的な被害が多少あるもののその額はわずか。
これらの事を踏まえ、女性ばかりが失踪している点から性犯罪に巻き込まれた可能性が提示されたが、現状それを裏付ける証拠は見つかっていないという。
犯人の目的や動機、被害者の共通点。その他何が事件発生に繋がったのかは不明。
そしてもちろん、リアヴァッドの所在や安否も分からない。
——要約すると、ここまでがアサヒから聞いた概要だ。
同情からか好奇心からかは知らないが、その消えた花嫁を見つけて婚約者のもとへ安全に帰してやりたい。それがアサヒから俺らへの依頼であり、目指すゴールである。
この一週間、リアヴァッドに繋がる情報を得る為に俺を除く三人は被害者への聞き込みを行っていた。またそれと並行して、過去に類似事件の発生がなかったかなども調べていたらしい。
らしい、と他人事なのは、俺が何もしていないからだ。
一応言っておくがすまないとは思う。良心は痛む。しかしそこは許してほしい。なにせ俺は聞けば分かるくせに文字は読めないからな。調べ物のしようがない。
じゃあ、と思っても聞き込みもやっぱり俺にはまだまだ早い。
それで仕方なく、俺は宿で子供向けの文字練習ドリルを片手に日々を過ごしている。その他にはもう筋トレくらいしかやる事がなかった。
最初のうちは定期的に進捗を報告してくれていたみんなも、ロフィ以外はここ数日は宿に帰ってきていない。そのロフィも戻るなり寝て、俺が起きる頃にはもういなくなっている。
置いてけぼり感が否めないが、かといって無理について行くのもなあ、と。そんなこんなで数日が経っていた。
しかし、わざわざ呼ばれるということは捜査に進展があったのだろう。素人の俺でもようやく手伝えることが何かしらあるかもしれない。などとポジティブに思いつつ。
俺は運ばれてきた雑穀のスープと温野菜のサラダを口に放り込みながら、メルクの話に耳を傾けるのだった。
「まずここまでのおさらいとして。グラフェンとロフィが聞き込み担当、僕が類似案件を調べてたわけね。で、僕の調べた結果発表からなんだけどさぁ」
「うん」
「よく分からなかったよ」
……なるほど。よく分からなかったんだな。
「いやぁ、調べれば調べるほど出てくるんだよねぇ、行方不明ってやつが。まぁ長い人生、紆余曲折あるし」
そんなあっさりと言うものではないんじゃないかな。そう思うのは俺の寿命がたとえ長生きしてもたかだか数十年だからだろうか。
「一応、アサヒさんに聞いた件の少し前からってことで、ここ十年で検索してみたんだよね。そしたらもう、Z型女性って絞ったとしてもキリがなくて。出てきたそれらが今回の事件に関わりがあるのか、全然別件なのか。そこの判別が難しすぎるの」
「じけん、おおい、なのか」
「とぉっても。特に現場が六番街なのがいけない。ここってさ、言ってしまえば夜のお店が多い地区なんだよ。だから人が消えるってのはよくあることなのさ。他人の所為でも、自分の意志でもね」
メルクは言葉を濁したが、言いたいことは察しがつく。俺はもちろん詳しいわけじゃないけど、まあ。そういう業界なら消したい奴や消えたい奴、それなりにいるんだろう。
「現時点でまだ見つかっていない人もいるみたいだし、その人らがこの事件の犯人に囚われているのか、無関係なのかも分からない。分からないことだらけで僕はもうさぁ、詰みだよ。詰み」
疲れを声に滲ませながら愚痴をこぼすメルクに、俺はそっと、ささやかな労いの挨拶を添える。
「おつかれ」
「ありがとう、ネモ」
で。今のメルクの話をまとめると、調べたら色々出てきたけど何一つ事件の核心に迫るものはない、でいいかな。
「ロフィ、グラフェン。どうしてる」
メルクに進展がないのであれば、二人のうちのどちらかが何かの情報を得たってことか。だから呼び出されたんだろうし、と思っていたが。
訊ねるとメルクは肩をすくめて首を振る。メルク本人も俺が呼ばれたその理由自体は把握していないようだった。
「他の被害者への聞き込み、僕はついて行ってなくて。だから詳細はあんまり聞けていない。ただこれまでに二人が得た情報が少しずつ形になってきた、と。そんなところさ」
言い方から、結局メルクも又聞きなんだな。調べ物が進まないなら同行すりゃいいのに。
「メルク、ききこみ、いかない。なんで」
「僕が行くより、そりゃあの二人だけの方がいいでしょう」
メルクは苦い顔でそうぽつりと呟いた。
……あー、そうか。
言われて、すぐに納得する。そうか。まあ、うん。そうだよなぁ。
被害者は女性。記憶のない数週間。何があったかを彼女らが覚えていなくても、いや覚えていないからこそ、やはりその空白の間に受けたかもしれない仕打ちを勘繰ってしまう。
それなら対話は同じ女性や、あるいは外見上子供相手の方が精神的な負担が少ないだろう。グラフェン本人にそれを言うと不服だろうけど。
「じょうほう、あった、なのか」
「たぶん、ある程度はね。それに関しては二人と合流してから詳しく話すことにするよ。僕を中間に挟んだことで、情報に対して過不足があったらいけないから」
確かにその通りだ。もったいぶるのはいただけないが、正論。どうせロフィに会いに向かうんだから直接聞く方が手間がない。ちょうど食事も終わりだし。
パンの最後の切れ端が俺の皿から消えるのを見て、メルクは思い出したように冷めた紅茶に手を伸ばす。一口だけ飲み込むと、会計伝票を持ってレジへ向かった。
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