生業
思い出せる最初の記憶は単純。何だと思うかね?
『これまでのことが思い出せない』が正解だ。冗談みたいだろう。しかしながらそれが事実。ゆえに、私はこれを最初の記憶とした。
記憶が抜け落ちていることを意識してから私はずっと変わらず同じ場所にいる。ここは狭く、私は身動きが取れない。
記憶はないが知識はあるので、私は自身の状況についてしばらく考え、そして一つの仮説を立てた——きっと私は、頭だけの状態でどこかに隔離されている、とね。
先程私は自身をZ型だと言ったが、実はそれは自分で確かめたからではないんだ。消去法さ。
もしもS型ならば、この頭は胴体を求めて彷徨うはず。肉片は一番大きな肉塊に集まるからね。無論、逆に細切れにされた肉体が私の元へ集まってくるかもしれない。でも、そのどちらでもなかった。
仮に頭以外の器官が焼失するだとか何かで損なわれたとしても、通常は一年程度で再生するんだよ、S型ならばね。いわば胎児が身体機能を作るのに近い状態で新しい身体を造っているようなものだと思えば良い。
けれども記憶がないことを自覚して以降九十余年、私はずっとこのままだ。
要するに、だね。
頭だけで生存し、身体機能が再生しないまま時が過ぎてもなんともない。これはS型というにはかなりの規格外、もちろんT型の可能性は考えるまでもないだろう。さらに、超能力をもってしても外界種では寿命を考慮するとありえない。
だからきっとZ型ではないか、と。消去法でそう思うわけだよ。
ま、いずれにせよ、この話は考えてもこれ以上の進展がなくてね。ここで私のルーツ探しの旅は終わりだ。
次に私は自身を取り巻く環境について分析を試みた。
これがまた不思議なものでね、脳に直接情報が届けられているような感じ、とでもいうのかな。見ていないの視えるし、聞いていないのに聴こえる。奇妙だよ、我ながら。
それに私の意識はおかしなもので、数多の情報通信に対して、まるで共鳴するようにその内容に接続することができるんだ。
よく分からないというのなら、この通信について考えてみてくれ。画像も音も最悪だろう?
これはね、種を明かせば正規の通信ではないからなんだ。架空の連絡先へ向けたエラー通信に私が割り込んでいるんだよ。
私はこの技術というか才能というか、この能力をもって世間の情報を得ているのさ。
情報を入手する目的は大きく二つ。
一つ目は分かるね。私自身を知り、誰かに救ってもらいたいからだ。しかし、これがなかなかどうして上手くいかない。結局、もう一つの目的が主になっている。
二つ目はね、ふふふ。正義の為なんだ。意外かね?
抜けた記憶に由来があるのかもしれないが、私はなぜだか悪人に対して妙に執着があるんだ。絶対に捕まえたい。そのような衝動がわくのさ。
そこで私は通信を駆使し、特別な望みを持った人間を探した。そこで出会ったのがそう、この車内にいる人々。私の手足となってくれる存在として、契約を結んでいる。
これも謎だが資金はあるからね、依頼ごとにきちんと報酬も支払っているよ。だからお互いに損はない。
私は彼らに仕事を与え、さらにできる限りを尽くして、彼らの特別な望みを叶える。代わりに彼らは私の衝動を満たすのに付き合ってくれる。いい関係だろう?
◎
[『——どうかね。私の現状を理解いただけただろうか』]
『なんとなく』
俺は呆気に取られながらも頷く。思ったよりも極限状態に置かれているにも関わらず、なんとまあ緊張感がないことだ。
しかし今の話で、俺がなぜこの三人にあっさりと受け入れられたのかも分かった。
仕事として報酬をもらっているからだけでなく、何らかの事情があるらしい。実質、アサヒに弱みを握られてるようなもんなんだろうな。
ということは、だ。ここに居ろ、とアサヒが言いさえすれば、俺がいくら独立したいと主張しても無駄なのかもしれない。
「ねえねえ、ネモ。何話してるの? 二人の会話よく分かんなくて、そろそろ暇なんですけどー」
ロフィがそう愚痴ったことで俺ははっとする。そうだな、周りをすっかり置き去りにしていた。
「ごめん」
ひとまず謝っておく。例によって弁解するほどの語彙はない。
「おで、きいた、アサヒ、はなし。まんぞく」
そう伝えると、ロフィは困ったように顔の前で手を振る。
「あっ、そうなの。えと、私こそごめんね? 急かすつもりじゃなかったの」
「だいじょうぶ。はなし、おわり、だいたい」
焦った様子のロフィだったが、少しほっとしたようだ。俺が身を引くと、今度はメルクが画面に向けて声をかける。
「ネモの話が終わったのなら、さっき言ってた新しい依頼ってのを聞いてもいいかな。気になってたんだよねぇ」
[ああ、すまなかったね。それじゃ改めて依頼をしたい。できたら、この依頼にはネモも同行してくれ]
やはりそうくるか。アサヒの発言は意外でも何でもない。これまでの流れ的に、そう言うだろうとは思っていた。
けれど、覚悟の有無と自信の有無は別問題だ。
「おで、おもう。できる、ない、なにも」
内容はまだ分からないが、アサヒの言い方から迷い猫探しや浮気調査なんてことはないだろう。先述の発言のとおりなら、十中八九悪人と相対する展開となる。
警察のようなことをやれ、と言われてもな。ここの住人らと俺では身体の頑丈さが違いすぎるんだが。
「おで、あしでまとい」
俺がそう言うなり、黙っていたグラフェンが深く頷く。隣を見ると、悲しいことにロフィも同様のリアクションだ。事実とはいえちょっと切ない。
[そうだね、現在のネモにはできることは少ないかもしれない。しかし彼は今にものすごい力を手にするはずだ。私はそう確信している。勘だけど]
アサヒはそうフォローしてはくれたが、最後のが余計。一気に信憑性がなくなる。
[ネモ、キミにもお願いしたい。是非私に協力してくれないか。今後キミがどうやって生きていくのかはキミ次第だが、その選択肢としてこの生活を体験してほしいんだ]
雑音混じりの声が車内に響く。
俺にはきっとたいしたことはできない。みんなが思うとおり、いや何よりも俺自身がそう思っている。
けれど諦観か好奇心か、あるいは出会って間もないこいつらに仲間意識が芽生えていたのか——俺は気が付いたら、アサヒの言葉に頷いていた。
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