生活

 ひとまず知りたい項目のうち重要なものは聞けたので、俺はその他生活に必須な情報を得ながら時間を潰した。おすすめの食品だとか、絶対に食っちゃヤバいものだとか、やっちゃならないマナー違反だとか、そういうやつだ。


 どうしても主にコーデンスが一方的に喋り続けることになる為に、そろそろ疲れてきたか、というところでロベリーとグラフェンが戻って来た。グラフェンはざっと梱包された何かを腕に抱えている。大きさと話の流れから、中身はきっと義体というか、脚が二本だな。


「話は終わりましたか」

「グラフェン、おつかれ」

「別に疲れてませんけど」

 そりゃそうか。さっき見た感じ、Z型って痛覚鈍そうだもんな。じゃないと大事だ。でもそれは置いといて、そこの返事はそれじゃないと思うぞ、俺は。


「きけた、はなし。おで、わかった、けっこう」

「ああ、良かったですね。それなら帰りましょう」

「うん」


 俺は椅子から降りてコーデンスに会釈を送る。ロベリーにも同様に挨拶。

 ここへ来るのに予約がどうのと言っていたところからグラフェンはロベリーの連絡先を知っているはずなので、何かあればいつでもコーデンスに聞けるだろう。助かる。


 義体屋の二人に見送られて店を出ると少し肌寒さを感じた。まだそこまで遅い時間ではないはずだが、太陽は低い位置にある。もうすぐ冬ってことか。

 というか今更だけど、異世界にも太陽や月があるのは不思議だ。一日も二十四時間っぽいし、この感じだと十二ヶ月で一年を数えても驚かない。


 都合が良すぎると思う反面、漫画やアニメで出てくる世界ってだいたいそういうもんだよな、とも思う。

 もしかしたら、地球とかけ離れた環境の世界に足を踏み入れた場合には、途端に気温とか重力の影響とか酸欠とかで死んでるのかもしれないな。考えるだけで怖すぎ。生きてて良かった。


 そんなどうでもいいことに思いを巡らせつつ、グラフェンの後をついて歩く。しばらくすると道の先に車の影が見えた。見慣れた、というにはまだ日が浅いが、知っている車だ。

「二人ともこっちこっち! 通信機、直ったよー」

 後部座席の窓を開けてロフィが手を振る。グラフェンは無反応なので、俺が手を振り返しておく。

 車は速度を落とし、俺らの手前でそっと停まった。すぐにロフィが降りてきて、俺ら二人を出迎える。


「その荷物、どうしたの?」

「せっかく義体屋に行ったので、ついでに劣化してた脚を替えたんですよ」

「今使ってるのは新旧どっち?」

「古い方です。脚の付け根から丸ごと変えましたから」

「なるほどね。新しいのはトランクにしまっとく?」

「いえ、今から慣らします。付け替えたら古い方をしまってもらえますか」

 言うが早いかグラフェンは助手席に座ると扉を閉めた。カチャカチャと作業音がしている。脚を交換しているのだろう。気になって覗こうとすると止められた。


 間もなく扉が開くと、彼は腕に二本の脚を抱えていた。それを、何も言わずにロフィに差し出す。受け取ったロフィも何も言わない。いつものことなのだろう。

 ロフィはトランクを開けてそれを無造作に放り込むと後部座席に戻る。俺も定位置となりつつある席へと乗り込んだ。

 全員の準備ができるのを待ち、メルクは再び車を走らせる。


「さてと、これからどうしようか。外界種同士話してみて、何か有益な情報は得られたかい?」

「うん、かなり」

 俺が頷くと、メルクやロフィも満面の笑みで頷いてみせる。なんか照れくさいな。

「通信機、直ったけどもう必要ないかな? さっきグラフェンやネモを迎えに行く前に、とりあえずシヴさんには一言連絡を入れておいたんだけどね」

「れんらく、なに、いった」

「たいしたことは言ってないよ。先日突然通信切れてごめんなさい、また分からないことがあれば相談します、って。だいたいそんな感じ」

 そうか。それならまあ、確かにすぐに今聞きたいことはないな。


 しかしこれからどうしよう。

 コーデンスの話では十番街が外界種の暮らしには適しているというので、定住するなら最有力候補地だろう。そう。定住するのなら、だ。

 俺の面倒を見ろ、という内容でアサヒの依頼を受けている以上、この三人がそれをどう思うのかは分からない。


「どこ、おで、くらす」

「え?」

「がいかいしゅ、あつまる、まち、すむ。おまえら、くらす、いっしょ。おで、えらぶ、むずかしい」

 それなりに平和に過ごせたらどうだっていいんだけどな。

「どこ、おまえら、いえ」

「私達の家? 無いけど」

「いえ、ない、なのか」


 衝撃なような、なんとなく予想していたような。なんとも言いがたい。

「私達、アサヒさんの依頼を中心にだいたい仕事しながら車で移動してるの。たまーに疲れたら街の宿取ってもらうけどね。普段はそれで困ってないし」

 ずっと座ったまま、さらにそのままの体勢で寝るのもしんどそうだな。俺はこの数日間でも結構つらかった……と、思ったが、そもそもこいつら睡眠を必要としているのかが怪しい。

 グラフェンは元々静かだからよく分からないが、車を停めていないようなのでメルクはおそらく眠っていないだろう。

 ロフィは俺の隣に座っているから寝ているのを確認している。もし俺が座席を奪ったことで寝づらくなっているのなら申し訳ない。というかよく眠れるよな。無防備すぎて心配だ。何事もなかったからこうして旅していられるんだろうけど。


 と、話が逸れた。俺の悪い癖。

 今後の生活をどうするかだったな。現状どちらにしても当面の間はこのメンバーと付き合わなければならないとして、それをアサヒが満足するまで続けてゆくのか、それともどこかの地に足をつけて一人で新生活をするのか。

 うーん、どちらがより俺にとって良いといえる選択なのか迷う。


 あぁ、そうだ。そもそもとして、アサヒは俺に何を期待しているんだろう。

 俺がこの世界にとってイレギュラーな出現であるのは分かったけど、それがアサヒの記憶喪失とやらにどう関わるのかは分からない。本人もなんとなく気になるというようなことしか言っていなかったし、詳細な理由はおそらく不明。忘れているところで何か俺との間に因縁でもあった……のか?

 だとしても、俺にも覚えがないんだが。


 考えても分からないものは分からない。むしろ俺がこの件について気になるようになってしまったじゃないか。どうしてくれる。

 とりあえず、一度アサヒと話をしてみるか。


 俺は身を乗り出すようにして、運転手に声をかけた。

「メルク、おで、はなす、したい、アサヒ」

「アサヒさん?」

「うん」

「いいけど、アサヒさん上手く捕まるかなぁ」

 メルクはそう言いながら車を道路の端に寄せ、通信機に連絡先を設定してくれる。

 夕方、半端な時間だ。すぐに連絡がつかない可能性はある。普段何やってる人なのか分からないけど、会社員ならまだ職場で仕事中だろう。


 しばらく無機質なコール音が響く。時間を改める為に接続切断しようと思った時、画面とスピーカーにノイズがはしった。先日同様のやつだ。通信機、直ったんじゃなかったのか?

 そう思うけれど、よくよく考えたら突然通信が途切れてしまうまではシヴとは問題なくやり取りできていたわけだし、このノイズはやはりアサヒ側の環境だろう。


「あ、アサヒさん。今ってお時間大丈夫です?」

[もちろんいいとも。こちらもちょうど、キミ達に新しく依頼をしたいと思っていたところでね。まさに今、連絡しようとしていたんだ]

 割れた音が応じる。アサヒの持ちかけてきた話も気になるだろうに、連絡したのはこちらだからか、メルクが俺に通信機の前を譲った。画面も依然としてきちんと映ってはいないので、俺の姿が向こうに見えているのかは分からないが、ひとまず会釈をしておく。


『どうも、アサヒさん』

[『やあ。数日ぶりだが、どうかな。あれから何か得るものはあったかな?』]

『それなりにっすかね。元の世界に戻ることは難しいようなので、しばらくはなんとかここでの生活基盤を確保しなきゃな、と。そう思ってるとこです』

[『ほう。生活基盤ということはつまり、どこかに腰を落ち着けるつもりなのか』]

『そこは検討中。でも、暮らすなら十番街が良いと聞きまして。その場合はこの車でそこまで連れて行ってもらえたらありがたいんですが』

[『実に賢明だ。しかしながら私としては、できればキミには新しい仲間達とこの車で生活を共にし、私に協力をしてもらえるとありがたいんだけどね』]


 協力ねえ。そうは言っても、俺に何ができることやら。

『アサヒさんは俺を特別だと言いましたけど、俺自身はやっぱりそうは思わないんすよ。こっち来たばっかで知り合いってこともないだろうし』

[『寂しいことを言わないでくれ。私は確かにキミのことをこれっぽっちも覚えていないが、一方でキミに対してまるで家族のような、唯一無二の親友のような、そんな繋がりを感じなくもないのだよ』]

『どっちですか』


 俺の記憶はしっかりしている。気付いてないだけで何日かの記憶が吹っ飛んでる、という線も可能性の一つとしてはあるが、おそらくそれはない。

 なぜならこの世界で目が覚めた時、持っていた携帯電話……スマートフォンの日付に違和感がなかったからだ。

 さらに充電も適度に残っていた。買い換えたばかりとはいえ、さすがにバッテリーには限度がある。数日空けば充電の減りで分かるはずだ。

 しかし、俺が気絶していたと思われる時間とそれを経てのバッテリー残量は概ね妥当なバランスだった。


 そういうわけで、俺がこちらの世界に来てから今までにアサヒに会い、それを忘れているとは考えがたいのである。

 もちろん可能性だけでいえば、例えば小学校以来会ってない友人だとか中学の頃に蒸発した実の親だとかが俺より先にこっちの世界に迷い込んでる、ってのもまあ。全くないとは言えない。けど、なあ。


『一応聞きますが、アサヒさん外界種ではないんですよね? 俺の地元で過去に会ったことがある、なんてことは……』

[『記憶がないから絶対にそうだ、とは言えない。けれど残念ながら私は外界種ではないからね、その説の支持は難しい』]

 そこまで言い切るのか。ふむ。

『そういや、アサヒさんってどの種族でしたっけ』

[『確証はないんだが、状況から判断してZ型だと思う』]

『と、言いますと?』

[『話せば長くなるけれど……そうだね。うん、キミにも知っていてもらうべきだな』]

 アサヒは自分の中で何か納得したらしい。自身について、これまでについて。記憶のある限りを語り始めた。

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