生首

 状況に思考が停止する。何だこれは。コーデンスは笑っている。部屋の中にいたロベリーはこちらに気付いて手を振っている。

 普通に考えれば推理モノでよくある死体発見の絵面だ。あ、いや違う。殺人鬼の巣窟に招かれた一般人だな。ミステリじゃなくてホラーだ。


 とかなんとか。そんなことを冷静に考えられているのは、先日メルクの復活を見ているからだ。どうせグラフェンもそのうち復活するんだろ……するんだよな?

 メルクと比べると時間がかかっているような気もするし、うごめく肉片も見られない。それに傷口からの血もほぼ流れていない。

 ちょっと不安になるが、大丈夫だと信じたい。ここで信じられなければ、俺は今すぐここから走り去らなきゃならん。

「何見てるんですか、いきなり来ないでください」

 グラフェンもそう言うし、やっぱり大丈夫なはず……ん?


「グラフェン、いきてる、なのか」

「勝手に殺さないでください」

「くび、からだ。ばらばら」

「たかだか首を切離パージしただけで、いちいち驚くのやめてもらっていいですか。死ぬわけないでしょう、脳が無事なんですから」


 机の上に載ったままの頭がそう話す。ごく自然に、まるで先程までと変わらない態度で。ありふれた日常という感じ。

 どういう仕組みか知らないが、グラフェンの頭部は嫌味を言えるくらいには元気いっぱいらしい。ちゃんと表情もいい感じに不愉快そうだ。


 メルクとは違うけど、これが種族の違いなのだろう。Z型というのはそういうもんらしい。へぇ、勉強になるな。意味が分からんけどな。

「Zがた、あたま、とれる、なのか」

 どうせグラフェンはまともに答えてはくれまい。俺はそう思い、初めからコーデンスにそう訊ねる。

「ほー、本当に何も知らねェんだな」

「しらない」

「なら、Z型についてお勉強といくか。ちょうど目の前に資料があるしよ」


 サンプル扱いされたグラフェンは不服そうだが、文字通り手も足も出せないので無視を決め込むことにした。唇を結んでジト目で睨む。

 その様子に、コーデンスだけでなくロベリーも笑い声を立てた。俺もちょっと面白くなってきたが、笑うと怒られるのでやめておく。


「まず、世界には外界種以外に三つの種族がいるとされてる。それは知ってるか?」

 そこまでは知ってる、と頷き示す。

「Sがた、ふっかつ、みた」

「ふん、S型か。そいつらが一番、俺やおまえさんの常識から言や驚くヤツだ。Z型は人口の多数派だが、S型と比べたら死にやすい」

 死にやすい……そんな風には見えないけどな。俺の感覚だと、充分に不死の怪物って域だ。


 ロベリーの様子を見れば別の作業台で何かをやっている。覗き込むとグラフェンの首から下が横たわっていた。服の袖や裾を捲り状態を確認した後に、ロベリーはグラフェンの左脚を膝からもぎ取る。


「膝の関節、思ったよりもやっちゃってるねぇ、これ。こんな状態だったらそのうちなんて言ってちゃダメ。次からはすぐにご予約どうぞ」

「そんなにですか」

「そんなにでぇす。替えちゃってもいい? できたら左だけじゃなくて経年劣化してる右も替えた方がいいと思うんだけど、どうする?」

「それなら両脚を。どうせ消耗品ですから」

「かしこまりましたぁ」


 ロベリーはにこにこと上機嫌で右脚も同様に引き抜く。ここまで潔く処理されていると、痛そうとすら感じない。血が出ないのも大きい。


「見てるか。あれが『義体』つッて、つまりはスペアの肉体だ。換えの効かない本体である脳みそ以外は、ほとんど別のパーツに交換できる」

「グラフェン、あし、ぎたい、なのか」

「あの坊主は……っつーか、たいていのZ型は首から下が全部だいたいは義体だぞ」


 ふむ、つまりグラフェンは義足とかそれ以前に頭以外は人工的な身体ってことか。先日のキッチンカーの店主も同様だったんだろう。


「材質どうするぅ?」

造機アートでいいです。脚ですし」

「私のおすすめはやっぱり生体バイオだけどなぁ」

「要りませんよ、そんな高価なだけで実用性に欠けるもの」

「あらら。せめて混成ハイブリッドは?」

「またすぐに駄目になりますから、胴体トルソー以外のパーツは何でもいいです。どうせ金をかけるなら日常用より戦闘用パーツを充実させたいですね、俺は」

「はぁい」


 ここから先はカタログを見ながら相談を続けていたので、俺にはよく分からなくなってしまった。ともかく義体には色々と種類があるらしい。そこは理解した。


「どうだ? あいつらのこと分かったか」

「わかった、なんとなく」

「俺やおまえさんの感覚で言うなら、不死の人間ってよりか、動く死体って表現の方がしっくりくるかもしれんな。それがZ型の奴らだ」


 動く死体……ゾンビ……『Z』……?


 ふと思い付いたが、その頭文字は妙にしっくりくる。

 思えば、そもそも種族の分類は誰が始めたんだろう。案外、外界種だったりしてな。それなら本当にZ型の由来がゾンビな可能性もある。かもしれない。

 その仮説ならS型は何だ。『S』……あ、スライムとかそれっぽいような。考察がちょっと面白くなってきた。


「おい若造。そういやおまえさん、元々聞きたかったのはZ型あいつらのことじゃなく、外界種おれたちについてじゃなかったのか」

「わすれてた」

「おいおい、大丈夫かよ。まだ若ェくせに」

 白髪のじいさんに心配されるとはなんとも言えない気持ちだ。ついつい目の前の好奇心に勝てないんだよな。


 よし、当初の目的。

 コーデンスの言うとおり、外界種について聞きたいことは幾つかある。それはグラフェンはもちろん、ロフィやメルクにも聞きづらい内容が含まれる。さらに言ってしまえば、聞かれたくない質問もあったりする。

「うえ、いきたい」

「上? ここじゃまずいのか」

「はなし、ゆっくり、すわる、したい」

「あー、つまり座りたいんだな? 分かった分かった。ま、あいつらもすぐには終わらねェし、店番ついでに上に行くか」


 再び上の階に戻り、俺はカウンターの椅子へと案内された。コーデンスは映画かなんかでよく見るバーのマスターがごとくグラスに何かを注ぎ、俺の目の前に置く。

「のみもの、なに」

「茶だ」

「さけ、ちがう、なのか」

「酒がいいのか?」

「いらない、ちゃ、じゅうぶん」

 あと数ヶ月は未成年だからな、俺。


 グラスを傾けながら、俺は何から聞けばいいのかと考えをめぐらせる。訊きたい事柄は主に三つ。

「おで、しりたい。がいかいしゅ、せいかつ」

「生活つッてもな。どう言ったもんかよ」

「おまえ、おしえる、いった」

「そりゃ言ったけどよ。どっから説明すりゃいいのか」

 コーデンスは頭を抱えている。その気持ちは理解できるぞ。俺もどこから説明してもらえばいいのか分かってないからな。


 そうだな、まずは。

「きり、しりたい」

 俺がこの世界に来る前、最後に見た記憶は黒い霧。こっちに来てから最初の記憶は車の中だが、白い霧がどうのとアサヒが言っていた。何だったかな、ええと。

「じゅういちばんがい、きり」

「十一番街の霧か。それは知ってんのか……ってまあ、そりゃ知ってるよな。おまえさん、原種オリジンだもんな。十一番街からこっちに来たんだろ」


 いや? 八番街だが。

 そう言おうとしてふと思い出す。そういえばアサヒが言っていた。あの霧は通常十一番街以外の地区には現れない、とかなんとか。俺はイレギュラーなのかもしれない。

 コーデンスの反応からも、あの霧が原種オリジンの召喚……とでも言おうか。その合図のようなものらしい。


「がいかいしゅ、どこ、くらす、してる。じゅういちばんがい、なのか」

「微妙なとこだな。結論を言えば、十一番街と十番街に住んでる奴がほとんどだ」

 話を聞きながら、俺はロフィに見せられた地図を頭に浮かべる。確か、壁中街は十番街まで。十一番街は地下街に属していたはずだ。つまりは、そのまま残った者と街を出た者、ってとこだろうか。

 

原種オリジンは十一番街に出現するわけだから、そのまま住み着く奴もそれなりに多い。結果としてその子孫も、十一番街での定住を選ぶ場合がある」

 随分と含みのある言い方をする。コーデンスは十一番街での暮らすことについて、あまり良い印象を持っていないようだ。


「じゅうばんがい、いい、なのか。じゅういちばんがい、くらべて」

「俺はそう思う。十番街には外界種が集まって暮らしてる集落があるんだ。俺自身そこの出身でな……今は色々あってこんなとこに来ちまったが」

 コーデンスは昔を懐かしむように呟く。


「まあとにかくだ。十番街は他の種族からの差別も少ねェし、外界種おれたちが暮らすにはいい地区だぜ」

 この世界の大先輩がそうまで言うのなら、生活基盤を築くにあたって最有力候補はそこだな。スローライフでもするか。

 しかし、そうなると気になるのは十一番街の方だ。なぜそんなに歯切れの悪い言い方をするのか。そこは好奇心が疼くな。


 もしかしたら、と俺は脳内の訊きたい事項リストの次を選ぶ。この話をするのにあたり、あまりグラフェンに聞かれたくなかった。同じ外界種からの意見を聞きたかったからだ。

「ていこうは。これ、なに」


 『抵抗派』——。初めてロフィに会った時にそんな語句を聞いた。字面から、何かに対するレジスタンスみたいなものなのだろうと思う。

 そしてそこから連想されるのが、メルクへの突然の狙撃だ。俺の予想が正しければ、この言葉が指す奴らっていうのは、おそらく。

「『抵抗派』と、それから『共生派』ってのは、俺達のような外界種の中で、この世界の人類に対してどう接するつもりか。それをざっくりと示す立場の表現だ」


 やっぱり、そうか。

 聞かなくても分かる。外界種は少数種族だ。先程のコーデンスの発言からも、世間での待遇が良いとは言えないのだろう。

 他種族の扱いに抗うのか、それとも他種族と一緒に生きてゆくのか。


「ていこうは、ぼうりょく、する、なのか」

「過激な奴らはな。十番街みたいに共生派が多い地区は住人も優しいが、特に十一番街を含む地下街では外界種の扱いは良くない。そこで育った奴らの中には、そういう行動でしか権利を主張できねェ奴らもいる」


 きっとあの時のメルクへの銃撃は、抵抗派の中でも過激な思想を持つ人々によるものに違いない。

 彼らは虐げられている、といわれれば同情したくなる気持ちはあるが、かといってあの理不尽さを目にすると擁護はしがたい。


 コーデンスの態度から、きっと彼の考えは現状の俺と近いのだろうと思う。正直に言って、今のところ俺はまだ自分が当事者である自覚がない。

 まだ出会って数日だが、メルクは良い奴だ。ロフィやグラフェンもそう。こんな物を知らない俺に世話焼いてくれてんだもんな。


 そうだ。だから俺は、あの襲撃者の日常を知らないうちは抵抗派の肩を持つことはできない。

 自分の考えが固まったことで、少しだけもやもやとした感情の整理がついたような気がした。


 残る質問は最後に一つ。

「ちょうのうりょく、しりたい」

「お? いきなり話題を変えんのか」

「おで、しりたい。みんな、しらない。おしえる、できない、ちょうのうりょく」

 この後、通信機の修理が完了したとして。それでもこの問いに答えられる相手はいないかもしれない。シヴですら、これには匙を投げてたくらいだし。

 頼むコーデンス、あんたくらいにしか聞けないんだよ。


 俺の圧に負けたのか、コーデンスはしばらく考えるような仕草を見せてから俺に解説を始めた。

「超能力はそうだなァ、前提として持ってる奴が外界種の九割ってとこだ」

「すごい」

「ただその半数程度は、日常生活で役立つことがあるかないかくらいの能力しかねェ。明確に超能者と呼べる奴らは、外界種全体の三割強とかそこらだ。鍛えるには色々あるらしいけどよ、俺ァ修行だの何だのには興味がねェから、詳しく知りたいようなら他をあたれ」


 超能力というワードはぶっちゃけダサいと思ったが、こう聞くとやっぱり、その。なんかな。欲しくなるよな。

「コーデンス、ちょうのうりょく、つかえる、なのか」

 なんて聞いておいて使えなかったら気まずいかもしれないが、気になるのでつい。けれども俺の心配をよそに、コーデンスは自信たっぷりに笑ってみせる。


「茶、なくなってるな」

 俺のグラスに目をやってコーデンスは言う。確かに話しながら飲んでいたから、先程からグラスは空だ。

「よく見てろよ」


 そう口にして彼は右手を掲げた。音もなく、腕や指先を動かすこともなく。瞬きするほどの短い間。

 ——気付けば、その手には液体の入ったボトルが握られていた。


「てじな、すごい」

「おい馬鹿言うんじゃねェや。この流れでそりゃ」

「じょうだん」

「……ッたく。おまえさん、大物になるぞ」

 コーデンスは苦笑する。そのままボトルをグラスにかざすと、栓も抜かないのに俺のグラスには再び茶が満たされていた。


 何だっけな、こういうやつ。物を離れたところにサッと移動するアレ。超能力とか子供の頃にテレビの特番やらオカルト本やらでたまに見てたから、聞いたら分かると思うんだが。

「ちから、なまえ、なに」

物体転送アポートって呼ばれてる」

 あ、それだ。聞いたことあるような。


「厳密には取り寄せが物体転送アポートで、他所に送るのは物体転送アスポート。ま、どっちでもいいけどな。俺の場合、手に届く範囲にあって持ち上げられる質量の物なら好きに動かせる。一度触れたことがありゃ射程外でもある程度いけるぞ」


 ほう、それはなんとも便利だな。ニート生活が捗りそうな良い能力だ。

 しかし聞いた俺が言うのもなんだが、ぺらぺら喋って良いものなのかね、そういうの。

 さっきの抵抗派がどうのじゃないが、そもそも店に用心棒を置いてるって時点であまり治安が良くはないんだろうとは察しがつく。俺がその情報を悪用したりするとは思わないんだろうか。


「どうして、おまえ、ちから、おしえる」

「あ? おまえさんが訊いたんだろが」

 そのとおりなんだけども。うーん、なんと伝えたらいいもんかね。

「あくよう、あぶない」

「おまえさん、俺の能力知って悪用する気なのか?」

「ちがう。おで、しない、あくよう。いっぱんろん、あぶない」


 俺が悩んでいる理由についてコーデンスはおそらく分かったらしい。にやにやとした顔は徐々に声を上げての大笑いへと変わっいく。

「心配性なのかお人好しなのか、どっちにしても気にすんな。ろくでもねェ奴に知られたところで、俺の方が強いんだからよ」


 自己肯定感高いな、このじいさん。

 けど実際に、この力は戦闘になったとしてかなり有用であることは間違いない。予備動作もなしに物の位置を変えられる、というのはシンプルだけど、使いこなせるのならなんでもできそうだ。

「おでも、ちから、つかえる、なのか」

「知らんな。しかしまあ、あれだ。使える時が来たら自ずと。そういうもんだから、気長に待つことだ」


 はたして、俺には超能力の素質はあるのだろうか。もしもあるのなら、便利なものか安心に直結するようなものがいいな。祈ろう。

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