修理

 ——六番街・グロキシニア区、十一月三日。


   ◎


 早朝というには少し遅めの時間、俺とグラフェンはようやく開店した義体屋を訪ねた。市街地に着いたのは昨晩だったが、閉店時刻にわずかに間に合わなかったのだ。

 それもこれも重なった交通規制のせい。街が賑やかになるにつれて道路封鎖が複雑化している。ここらはあまり治安がよろしくないらしい。

 予定より遅い到着となったので、通信機の修理手配はメルクとロフィに任せ、俺とグラフェンは先に義体屋とやらに向かったわけだ。


 グラフェンによれば、街の中心地からややはずれた路地裏に店を構えているのだという。寂れた喫茶店とけばけばしい電器屋の間から地下へと続く階段を降りた先で、赤く塗られた扉を押しくぐる。

「はぁい、いらっしゃいませ」

 扉に付けられた鈴が鳴ると同時に、甘ったるく高い声が俺らを出迎えた。むせるほどに芳香の強い煙の漂う部屋の奥で、カウンターに座る女が笑う。

「あれぇ、グラフェンじゃないの。予約もなしに来るなんて珍しいね」


 彼女の容姿はロフィと同じくらいか、それより少し幼い。化粧で飾られた顔はあえてそう見えるようにしているのかもしれない。見た目は年齢に関係がないと聞いてはいるものの、どうしても外見で相手を判断をしてしまうな。

 明るい色の髪をくるくると巻き、リボンでまとめてツインテールに結っている。服装はロリータ系、と言ったらいいのか。リボンやフリルがたくさんついたワンピースを着ている。靴は厚底ブーツかハイヒールだろう、と思ったら意外にもそこはスニーカーだ。思うよりも実用性を重視する性格なのかもしれない。


「突然邪魔してすみません、ロベリー。今日はここの用心棒に会いに来たんです」

 例のごとくしかめ面のまま、言葉だけは丁寧にグラフェンが言う。

「用心棒ってコーデンスのことかしら? 待ってて、裏にいるから呼んだげる」

 ロベリーと呼ばれた彼女がカウンター内のボタンを操作すると、遠くでくぐもった音がした。バックヤードへの呼び出し合図だろう。

「そのうち来ると思うから、くつろいでていいよぉ」

 語尾を伸ばした喋り方はあどけない印象だが、どうせ数百歳なんだろうなあ。俺は知ってるんだ。


「でもどうしてコーデンス? 用があるのは私にじゃなくて?」

「まあ、近いうちにここへはメンテナンスに来るつもりだったんですが。今日ここへ来た目的は、連れを外界種に会わせることなんですよ」

「ふぅん?」

 すっ、と音もなくカウンターの椅子から降りるとロベリーは俺の方へやってきた。そのままずいっと顔を至近距離に近づける。グラフェンよりはるかに強烈に、甘い果実のような香水の匂いがした。

 初対面の相手にこんな、いや知り合いでもここまではやらないな。パーソナルスペースどうなってんだろう、人によってはこの時点でキレそうだ。

 とはいえ、俺は別に気にしないのでそのまま視線を受け止める。彼女は俺をじろじろと値踏みするように観察して、とびきりの笑顔を作った。


「もしかしてぇ、もしかしなくても、きみも外界種だったりするの?」

 俺は彼女の問いに躊躇なく頷く。外界種と一緒に仕事をしているっぽいので、俺がそうだと知っても敵意はないだろう。変に否定をしてまた刺されるのは勘弁だ。

「私はロベリー。きみのお名前はなぁに?」

「なまえ、ネモ、よぶ、みんな」

「おやおやぁ? お話しするのは苦手なのかしら」

 上目遣いで俺の顔を見上げるロベリーはあざとく首を傾げてみせる。素でこうなのか、わざとやってるのかは分からない。


 俺の口から解説するのは面倒なので、助けを求めるようにグラフェンを見る。嫌そうな顔にもそろそろ慣れた。

「そいつは外界種の原種オリジンなんですよ、隠しても仕方がないので言いますけどね。こちらの言葉は聞き取れるみたいですが、話すのはこんな具合で。もしこちらにいる用心棒が外界種の言語を知っていたら、と思って伺ったんです」

「そゆことかぁ。どうだろ、コーデンスは十番街で見つけた子だし、生まれも育ちもこっちと思うから、あんまし期待しない方がいいかも」

「分かりました。でもまあ、少なくとも外界種の生活などは俺達から教えるより早いと思いますし、できればそのあたりを伝えてもらえたら」

「そだねぇ……ん、ちょうどいいところに来たみたい」

 ロベリーは俺の目の前から一歩引き、カウンターの奥に見えるドアに目をやった。わずかに聞こえていた足音が大きくなり、止まると共にそのドアが開く。


 白髪の男が立っている。外界種、つまり俺の思う『人類』に属するっていうのなら、見た目が老人なら実際老人なんだろう。七十歳とかそのくらいに見える。年齢の割には背筋は伸びていて、足腰も弱そうには思えない。

「ほらネモ、この子がコーデンスだよぉ。仲良くしたげてね」

 ロベリーの紹介にコーデンスは高らかに笑う。元気なじいさんだ。

「何度も言ってんだろ、俺のことを子供ガキ扱いしてんじゃねェよ」

「でも、ちょっと前はちっちゃかったじゃない?」

「何十年前の話だそりゃ。俺の中で子供ガキつッたらそこの坊主みたいな奴を言うんだよ」

 そう言ってグラフェンのことをちょいちょいと指差す。指を向けられて不機嫌な顔がより歪むが、こちらが訪ねて来ている手前、なんとか堪えている。相手がロフィやメルクだったら即抗議することだろう。

 コーデンスは、もちろんグラフェンの方が自身より何倍も年上だってのを知って言っているようだ。いたずらっぽく笑っている。


「で、俺を唐突に呼んだと思やァ自己紹介。んなこと普段しねェだろ。どうかしたか?」

「そっちの新顔くんがきみとお話したいんだってさ。お名前はネモ」

「あ? 何でわざわざ俺をご指名だ?」

 不審そうな様子で俺の方を向くコーデンス。眼光が異常なまでに鋭い。この年齢で用心棒だというのだから、おそらく相当武術やなんかに秀でているんだろうな。


 俺はなるべく失礼にならないようにと会釈しつつ、日本語でそっと話しかけてみる。

『どうも。あの、俺の言葉通じますか』

 じっと目を見て数秒。コーデンスはしばしの沈黙の後、真顔でロベリーに向き直った。


「何だ、こいつはよ。何言ってるのかさっぱりだ」

 あ、こりゃ駄目だな。期待するなと言われてはいても可能性はある。そう思っていたので俺は落胆せざるをえない。

 ロベリーはくすくす、と俺とグラフェンに微笑みかける。

「ほらぁ、ったでしょう? やっぱりコーデンスは外界種の言葉は分かんないって」

「外界種の言葉ァ? てことはこいつは外界種なのか」

「そ。しかも原種オリジンのね。外界種の色々を知りたくて来たんだってさ」

 奇妙なものを見るような表情は消えないが、ロベリーの説明に納得したのか改めてコーデンスは俺を見る。こうなると、俺の方も黙っているのは居心地が悪い。

「おで、ネモ。せかい、しょしんしゃ。がいかいしゅ、せいかつ、しりたい」

「うぉッ! 喋った」

「きく、できる。はなす、にがて」


 俺の言葉にコーデンスは口の端をにやり上げる。喋るのが苦手なのはよく分かった、と言いたげだ。ただ、馬鹿にされているようには思わない。

「俺の言葉は分かるんだな?」

「わかる」

「なら何でも聞いてくれ。俺で良けりゃ、分かる限りで教えてやるよ」

 威圧感は凄いが、案外面倒見のいい性格なのかもしれない。助かる。


 俺とコーデンスの間で話がまとまったところで、これまで黙っていたグラフェンに対し、ふと思い出したようにロベリーが訊ねた。

「ねぇグラフェン、ちなみに今日ってこれから予定あったりするのかしら」

「予定ですか? 今ちょうど同僚が備品の修理をしていて、その間に俺達はここを訪ねています。早く終わった方がもう一方に合流する手筈で、俺はそこの外界種二人が世間話するのをただ待つ保護者。それだけですよ、俺の予定は」

「それならさぁ、身体診たげよっか。脚の動き、悪いんでしょう?」

 にこ、とロベリーがいっそう笑みを濃くすると、グラフェンはわずかに目を丸くする。

「……さすがですね。分かりますか」

「入って来た時からずっと気になってたんだよねぇ。まだすぐには壊れないと思うけど、せっかくだし良かったら。今日、私も予約なくって暇だし」

 ロベリーはそう言うと、グラフェンの返事も待たずにカウンターの奥へと彼を誘った。グラフェンは俺の方を一瞬確認してから、ロベリーの後に続く。


 義体屋、とか言っていたなこの店。『義体』ってのは義肢みたいなものだと認識していたのだが、話の流れからグラフェンも義足だったのだろうか。全く気が付かなかった。

「グラフェン、あし、わるい、なのか」

 本人はもうカウンター奥のドアへと消えているので、とりあえずコーデンスに尋ねてみる。

 すると、コーデンスは俺の問いに不思議そうな表情で答えた。

「あ? 何言ってんだ? 脚が駄目になったら義体替えりゃいいだろ。あの坊主はZ型なんだからよ」


 うーん、何だろうか。微妙に話が繋がっていないような気がする。俺が聞きたいのは義足の調子のことではなくて、脚そのもののことだ。

 もしや『義体』というのは俺が思うようなものではないのだろうか。Z型、と言及もあったし、彼らだけに対応する特別な何かなのかもしれない。

「ぎたい。なに。おで、しらない。しりたい」

「あァ、おまえさん義体について知りたいのか?」

 うん、と頷く。俺の方もせっかくの機会なので、聞けるものはなんでも聞いておきたい。

 するとコーデンスはグラフェン達の入ったドアへ向かい、俺を手招きした。

「そんなら、俺がああだこうだ言うより見る方が早ェな。ついて来い」


 コーデンスと共に地下へと続く階段を降りる。元々この店自体が地下にあるので、目的地は結構深い場所にあるらしい。

 辿り着いた部屋のドアを開け放し、コーデンスはにやにやと俺の反応を楽しむように笑う。

「ほらよ、あれが義体だ。よく見とけ若造」


 扉の先の部屋、作業台と思われるところにグラフェンが載っていた。

 ——それも、頭だけ。

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