常識

 寝起きで頭はぼんやりとしている。

 まどろみの中では今後の方針を話し合う三人の声が聞こえていたのだが、どうやらこの車は今いる八番街という所から六番街を目指しているらしい。そこで通信機の修理を依頼するつもりのようだ。

 それから、俺の扱いについてはアサヒあるいはシヴと連絡がつくまで保留。事実上、俺の面倒を見るようにとアサヒから頼まれていることもあり、ひとまず外に放り出されることはなさそうで安心した。


「それじゃ、ネモ。目が覚めたところで、楽しいドライブの間にお勉強でもしようか。六番街まではあと少しだけど、中心部まで行くとなると結構時間がかかるから。ちょうどいい暇潰しになるよ」

 先程の惨劇がまるで夢だったかのように、メルクは軽い調子でそう口にする。


「君ら外界種については僕らもよく知らないことが多い。同様に君ら……というか、君も僕らを知らないみたいだねぇ。シヴさんは何を教えてたんだか」

「シヴ、おしえた、れきし。はじまりのこどもたち、がいかいしゅ、ちょうのうりょく」

「あ、そういう感じ? 創世神話から教えてたのかぁ。シヴさんらしいよ」

「実践的な生活知識を教えてほしかったですね。あんなことでいちいち驚かれたら面倒です」


 グラフェンは辛辣に言う。でも、正直言って俺もそこには同意。少なくとも今必要な情報というか、この世界の常識に関して俺は全くの無知であるらしい。

「おで、しりたい、いろいろ。わからない、たくさん」

「いいよぉ。シヴさんに頼れなくなっちゃったし、僕らで君の疑問に答えられるかは分からないけどね」


 快諾するメルクにほっとする。こんな調子の俺の質問に、対応してくれる意思があることだけでありがたい。ロフィも隣でじっと俺を見ている。

 グラフェンは相変わらず無愛想だが、俺を追い出す気はないようだ。アサヒが言っていたとおり、本当にただの人見知りなのかもしれない。


 では、遠慮なく聞こう。

「どうして、メルク、いきてる」


 聞きたいことは色々あるんだが、まずはこれだ。俺自身にまつわる様々を差し置いて、ぶっちぎりで気になる。

「メルク、あたま、ふきとんだ。あたま、ない、しぬ、ふつう」

 俺の中の常識では、そう。


 だけどメルクはそれを聞いて、あろうことか笑い声をもらす。

「はは、あーうん。そうか、そうだよねぇ。君らにはそれが普通なのかぁ。こういう反応ってのはなんか新鮮で良いかも」

 メルクは言いながら車のハンドルを握る手を片方放し、すっと真横に伸ばした。いつの間にかゆったりとした袖は素肌が見えるように肘の上ほどまでたくし上げられ、細い腕が覗いている。


「説明するよりも見せるのが早い。ロフィ、いいよ」

「はーい」

 気持ちのいい返事が車内に響いた直後、視界の端に銀色が煌めいた。凶悪なデザインのサバイバルナイフが、ロフィの手にしっかりと握られている。

 彼女はその刃をそのまま、躊躇なくメルクの腕目掛けて振り下ろす。


「おまえ、なに」


 俺が声を上げた時にはもうメルクの腕は斬り落とされ、血しぶきと共に床に転がっ……うん、転がった。確かに床に転がったのだが。

 溢れた血も裂けた肉片も、まるで意思を持つかのようにそのままゆっくりと座席の側面を、あるいはメルクの身体を這うようにして——そして、継ぎ目も残さずに元あった位置へと収まる。


 え、何だこれ?


「言っとくけどね、ネモ。さっき頭撃たれたのはS型のメルクだから大丈夫だったの。もしあれがグラフェンだったら即死だからね」

「脳をやられたらアンタも一発で死ぬでしょうが、ロフィ」

「残念でーす、私の頭はあんなしょぼい銃じゃあ撃ち抜けませーん」

 グラフェンとロフィは楽しげに掛け合いなんぞしているが、俺は状況の把握でそれどころではない。


「メルク、しなない、なのか」

「え? いつかは死ぬよ? でも僕はS型だからねぇ。たとえ頭が吹っ飛んだとしても、再集合したら復活。元どおり。死ぬまで死なない……って説明になってないか」

「わからない」

「だよねぇ。えーと『残機』っていうやつ、分かる? 外界種の言葉が由来らしいから知ってると話が早いんだけど、それがなくなるまでは死なないんだよ。僕らってのは」


 『残機』……?

 それってゲームの残りコンティニュー回数というか、ゲームオーバーになるまでに死ねる回数というか。それのことか?

 その言葉が指すものがそれならば、確かに知っている。けれどもそれは、生身の人間に適応できる概念ではない。

 ……と、そこまで考えて俺はシヴの言ったことを思い出した。そうだ、この世界の人々と俺の思う『人類』は別種の生物なんだよな。なんかそんな説明を聞いたような。


「おまえ、ざんき、ある。しなない」

「そう。とはいえ連続して何度も仮死になると復活がだんだんと遅く難しくなってきて、最後にはやっぱり死んじゃうんだけどさ」

「さっき、あたま、うたれた。ざんき、へった。おまえ、たいへん」

「そこはそんなに大変じゃないよ。脳をやられはしても、一部だけだったからすぐ戻ってくることができたし。節制してたらそのうち残機の数も戻るしね」


 そういうもの、なのか。

 実際にその目で見ていてもなかなか信じがたい体質のようだ。これを体質っていいのかすら分からない。


「なんかい、できる、ふっかつ」

「最高値でどのくらい残機があるのかはさすがに試せないから分からないなぁ。復活速度的に人並みかなとは思うけど、個人差あるし。あ、でも一度や二度ではないから本当に気にしなくていいよ」


 なるほど。頭が吹き飛ぶのは彼にとって思った以上の些事らしい。どうりで誰も、本人ですらあの状況下で動揺してなかったわけだ。

 グラフェンとロフィからすれば、メルクを心配していた俺はかすり傷で救急車呼ぼうとしてたようなもんだった、と。


「メルク、しなない、わかった。でも、グラフェン、しぬ、なのか」

「俺を殺したいんですか、アンタ」

「ちがう」

「そう言ってやるなよ、グラフェン。ネモも頑張って喋ってるんだからさ。ひねくれた奴でごめんね、ネモ」

 ありがとな、メルク。もちろんグラフェンが本気ではないのは分かってる。いちいち言いたいだけの性格なんだ、彼は。

 問題ない、と示す為に俺は頷いてみせた。


 しかしメルクが俺の知る『人類』と比較すると特殊なことは理解したが、ロフィの言い方からグラフェンは違うのだろうか。分からん。

 もし、あの時撃たれたのがグラフェンだった場合は耐えられなかった。そんな感じの発言があったけど、結局どういうことなんだ?


 常識のない奴だと思われるのは心外なので、今後の為に知識を得ておきたいところ。けれども、グラフェンは説明してくれそうにない。


 そんなグラフェンの態度を見かねたのか、ロフィが俺の方を向いて言う。

「あのねあのね、ネモ。グラフェンはZ型。メルクとは種族が違うから脳は急所なんだよ」

「グラフェン、しゅぞく、ちがう」

「そうそう、そうなの。違うの」

「Sがた、Zがた。ロフィ、どっち」

「私はどっちでもなくて、T型。みんなバラバラなんだよねー」


 うーん、ロフィの説明では全貌が分かりにくいな。SだのZだのTだの。種族がどうこう言ってるが、それは血液型みたいなもんか?


「S、Z、T。かた、ちがう、どうなる」

「んー?」

「かた、しゅぞく。ちがい、しりたい」

「私達それぞれの種族の違いが知りたい、ってことかな?」

 そのとおり、よくぞ察してくれた。俺は大きく首を縦に振る。

 ついでに感謝を示して拍手でもしてやりたいところだがそれは堪えた。失礼な行為だったら困るし。


 ロフィは俺の問いに対して少しばかり考えをまとめてから語り始めた。

「えっと、まず世の中の人は三つの型に分類できるのね」

 さっき聞いたやつだ。SとZとTとかいう。このアルファベットは何かの頭文字なのかな。


「人口の半分くらいを占めてるのがグラフェンと同じZ型。ちなみに気付いたか分かんないけど、シヴさんもそう」

 言われてみればシヴもグラフェン同様にかなり血色が悪かった。この肌艶の特徴がZ型という人々なのかもしれない。


「次にT型、私達。S型は私達の半分くらいだった気がするから、この中だとメルクが少数派の種族になるかな」

「違うよロフィ。僕らより希少なのは外界種。僕らの半数よりももっと少ないから、ネモが一番レア」

「あっ、そっかそっか。そうだね!」


 そうなんだな。へぇ。

 正確な数値は分からないけど、聞いた感じ血液型よりは偏ってそうな比率だな。献血でも行っとくか。そういう所があるのかは知らないが。


「しゅぞく、ちがう、わかった。おで、しりたい、おまえら、じょうしき」

「常識ねー、常識かー。ネモが今、何を知らないのかの判断が難しいんだよね」

「おで、しってる、がいかいしゅ、だけ。おで、せかい、がいかいしゅ、だけ」

「ネモの世界には外界種……って、きっとあなた達はそうは言わないんだろうけど。つまり、あなた達の種族しかいないのかな? 言いたいこと合ってる?」

 頷く。俺が会話に慣れてきたのか、相手が俺に慣れてきたのか。片言でもなんとか伝わっている。

 ただ、ロフィは俺の問いに対してなかなか答えてはくれなかった。頭に手を当てて考え込み、唸るだけ。


 そのロフィの様子に、グラフェンが呆れたように肩をすくめる。

「ロフィに常識を訊ねる時点で駄目なんですよ」

「あ! グラフェン酷ーい」

「事実でしょう。アンタに外界種の教育ができるとは思いませんからね」

「だって知らないんだもん、外界種の原種オリジンにとって必要な常識なんて。グラフェンだってそんなの絶対知らないくせに」

「年上への敬意がなってないですね。多少は知ってますよ、アンタよりは」


 えと、今、何て言った? 

 さらりと耳を疑うような情報をぶっ込みつつ、グラフェンとロフィは言い争いを始めた。止めなきゃ、と思いつつ俺はグラフェンの発言が気になってそれどころじゃない。


「グラフェン、いくつ、ねんれい」

 どうしても気になるのでつい聞いてしまう。ほぼ初対面だし、色々気にしてるかもしれない。でも気になって仕方ないので、俺の無礼を許してほしい。

 などと思っていると予想どおり、グラフェンは渾身の力でもって俺を睨んだ。これでもか、と不機嫌さを滲ませて絞り出すように言う。


ですが、何か文句ありますか?」


 文句は、ない。

 しかし文句はないが、疑問はある。あの、予想外の数がでてきたんだが。


 助けを求めるようにロフィとメルクを交互に見ると、二人とも笑いを堪えていた。

「君ら外界種は、あれだろ? 生まれてから死ぬまで日々老化するんだってね」

「おまえら、ちがう、なのか」

「うん。僕らはある程度まで成長したら、いったん外見年齢が止まるんだ。そこから老化が再開するまでは数百年かかる」

「だいたいはあなた達でいう十代後半から三十歳までの間で落ち着くかな。個人差はあるけど」

 メルクの言葉にロフィも小声で補足。どうやらこういったやり取りはこれが初めてではなさそうだ。


 俺は察した。俺の常識から外れまくった年齢云々を差し置いても、グラフェンはきっと傍目に見て童顔というか……成長期、早めに終わっちゃったのかな。

 あるよなぁ、俺の従兄弟もそうだった。そいつはそんなに気にしちゃなかったが。けど、どうやらグラフェンにとっては禁句らしい。

 彼は睨む対象を俺だけではなく他の二人にも拡大し、最終的には全員から顔を背けてしまった。


「ふたり、いくつ」

「僕は二百五十歳過ぎたとこで面倒くさくなって数えるのをやめた。三百歳まではいってないと思うよ」

「私はもう数年で二百歳のはず」

「グラフェン、としうえ」

「そうそう、一番年上なの。もちろん、ネモよりもね。ネモはもっとずっと若いんでしょ?」

「じゅうきゅう、ねんれい」

「えっ、かわいー!」


 可愛い、と言われてもな。

 今までの話から、ここの人々の寿命は俺らのそれを遥かに凌駕するらしい。仮に俺が老衰まで粘っても、ロフィの現年齢の半分くらいまでしか保たないのか。

 ちょっとなんだか、虚無感。


「おで、おもう。がいかいしゅ、はかない」

「そうね、うん。それはあるかも。すごくすごく、あなた達って死にやすいし」


 種族差っていうのか。俺にとってはメルクが死ににくい人って認識なんだが、逆にこいつらから言えば俺が尋常じゃなく死にやすい存在なんだろうな。地上に出てきた後の蝉よりちょっとマシ、みたいなもんかね。

 Z型とかT型とかの違いもよく分からないところではあれど、流れからS型ほどじゃないにしても、俺ら外界種ってのよりは圧倒的に頑丈なんだろう。


「ねね、外界種って脳以外にも急所あるんだよね? 心臓もやられたりとかしたらダメなんでしょ?」

 って言い方するなら、ロフィのT型というやつは、心臓へのダメージが死に直結しない種族なのかな。

「しんぞう、しぬ。ないぞう、こわれる、だめ、ほとんど。ち、ながれる、しぬ。さんそ、みず、えいよう、なくなる、しぬ」

「えっそんなことでも死ぬの!? 嘘……」

 どのへんを指してそんなこと扱いなのかは分からないんだが、死ぬぞ。嘘じゃない。


「えっえっ、そうだ! 手のひらの傷大丈夫!? そこまでヤバいの知らなくて斬っちゃってごめん! 一応ね、新品のナイフだったんだけど……死ぬの?」

 俺は布を巻かれた己の手を見る。やったとは聞いていたけど、手当てのことじゃなかったのかよ。どおりで初対面のロフィがやたらと申し訳なさそうだったわけだ。


 布をほどいてみると、傷の程度はそれほどじゃなさそう。新品のナイフだとか言ってるが、感染症にかからないことを祈る。念のため消毒したいけど、薬なんて無さそうだよなあ。

 こっちに来た時に持ってた鞄の中にペットボトル入りの水と絆創膏はあったはずなので、傷口洗って貼っとくか。ヤバそうな感じしたら騒ごう。


「へいき、たぶん」

 ロフィは俺の気休めの返答にほっとした様子を見せた。

「良かったー……私達、それで種族判断するのが普通だし、まさかあなたが外界種だなんて思わないし」

「すごく焦ってたよね、ロフィ」

「そりゃあそうだよー! だってだって、外界種の殺し方は知ってるけど、助け方なんて知らないもの」


 あまり聞きたくないような言葉が聞こえた気がする。その方法とやらを用いた実践経験の有無を知りたいんだが、望まない答えが返ってきた時にどう反応していいのか分からないので、俺は聞かなかったことにした。

 とりあえず、現段階ではロフィ含むこの一行は俺に概ね敵意はなさそうだし。

 シヴなんかはさらに好意的だと感じたが、あれ? これ、もしやこの後で実験に使われたりとか標本にされたりとかはしない……よな?


 なんて考えるも、焦ってもどうしようもない。逃げたところで今の状態では結局生きてはいけないからだ。そもそもこいつらに悪意がある場合は特に、逃げようとして逃げられるものではないだろう。俺は死ぬ。

 俺にその、超能力とかいうのがあればチャンスはあるのかもしれないけど、少なくとも今ここでなんとかするのは無理だ。

 だから俺はそっと、聞こえなかったように振る舞うくらいしかできない。


「そういえばさぁ、ネモって食事要るの?」

 俺が話題を変えるまでもなく、メルクがやんわりと言った。妙なもので、指摘されるとつい先程までは気付かなかった空腹感が突如として現れる。

 思えば、最後に食べたのは昨日の昼。バイトが終わってすぐに黒い霧に飲み込まれたから、腹が減るのは当然だ。

「たべもの、ほしい」

 食えるものがあれば、是非とも。


 外界種っていう存在の認識があるくらいだし、実際に銃で撃ってきた奴らも外界種だって言ってたし、俺らが生きていく為の食料は何かしらあるはずだ。

 この車の中、ひいてはこの付近で調達ができるのかどうかは知らん。なんなら、食べなくても生きていけるとか言いそうだもんな。

「やっぱりかぁ。僕基本的に普段食べないから、あげられる物持ってないんだよねぇ」

 ほら言っただろ。

「私のストックで良ければあるよー。ちょっと待っててね、ネモ」


 幸いなことにどうやらロフィは食事を摂る側の人らしい。後部座席から背もたれ越しに車のトランクをあさり、果物らしき何かを取り出した。

 らしき、とつけているのには理由がある。これまでに見たことがないからだ。


 手にしたそれの外皮は鮮やかなエメラルドグリーンで、表面は艶がある。スイカとかカボチャとか瓜っぽいような物に分類される気がするが、なんとも人工的な色である。

 ロフィはそれを膝の上で横にスライスして、こちらに一切れ……ってこのナイフ、さっきメルク斬ったやつじゃないかよ。血の跡すらも全く残ってないとはいえ、普通にちょっと嫌なんだが。


「はーい、どうぞ」

 そう言って笑うロフィに悪気はない。なぜなら俺の目の前で、彼女自身もそのナイフで切った果実の余りを平気で食しているから。


 郷に入りては郷に従え。

 ロフィを見るに、およそ食べ物の色をしてはないけれども、皮ごとそのままいけるっぽい。ちなみに果肉は目に痛いほどのショッキングピンクをしている。


 恐る恐る、俺は端の方を口元に運んだ。それなりに気遣ってはくれているのだろう。一切れの厚みはあまりなく、食べるのにちょうど良いサイズ。問題は味だ、と齧り付く。


 ……訂正。問題は味じゃない。

「かたい、むり」

 金属と比べたらまし、でもプラスチックの塊くらいには硬い。噛めたもんじゃない。

「硬いかなー? 充分に熟してると思うけど」

 ロフィは不思議そうだが、そういうレベルの代物ではないと思う。多分もっと根本的に、俺とロフィとでは顎とか歯とかの強度が違う。

「味はどう?」

「まずい」

 舐めた感じ、味はすこぶる青臭い。その辺に生えてる草を想像してもらえるといいだろう。おそらくこれ、果物というより野菜として食べるタイプのやつだな。

 救いとして味そのものは薄い。まあ調味料も何も付けてないし、加熱などして味を整えたら食えるのかもしれない。


「あじ、うすい」

「そっかー。ネモの味覚と私達の料理は合わないのかもね」

 ナイフで切っただけの野菜を料理と言い切るのはロフィの感覚か、はたまたT型とやらの慣習か。何にしても彼女のオススメでは、まともな食事は望めなさそうだ。

「これで味が薄いってことはさ、ネモは濃い味付けが好きなの?」


 どうなんだろう。俺の中では別に味の濃さは普通でいいんだが、俺の思う普通は確かにロフィの普通とは違うと思う。この野菜は確実に味が薄い。むしろ味がない。

「あじ、ほしい、もっと」

「じゃあグラフェンとかの方が味覚合うのかも」

 なんてロフィは言うが、グラフェンも期待はできないだろう、どうせ。


 そんな視線を助手席に送っていたら目が合った。言わずともこちらの意図を察したらしい。

「俺もメルクほどではないですがあまり食べないので、味覚が合ったとしても食料のストックはないですよ」

 やっぱりな。そんな感じがしたんだ。不健康そうだし、なんかエナジードリンクだけで生活してそうな顔だもんな、グラフェン。


 さてどうしよう。今はまだ空腹を耐えられるとしても、このままだとまずい。外界種はレアだと聞いたが、専用レストラン的な施設はあるのだろうか。金ないけど、誰か奢ってくれたりするのかな。


 なんて悩んでいると、グラフェンがわざとらしく溜息をついて運転手の方を向く。

「メルク。六番街に入ってすぐの街を回ってるキッチンカー、覚えてますか」

「それって……何年か前に食べたやつ? Z型向けの人気店だ、って聞いて行ってみたあれだよね。女性店主が一人でやってるお店で……」

「ああ、その店ですよ。そこの味は確かです、俺の味覚を信じるのであれば」

 それだけ言ってまたグラフェンは黙った。無愛想だし態度は悪いけど、きっと根はいい奴なんだろうな。たぶん、メルクもロフィもそれを分かってるんだと思う。


「それじゃ、まずは六番街でネモの食事にしよう。僕はとしては……ちょっと敷居が高いんだけど、まあ。グラフェンおすすめのお店だからね」

 メルクはやや苦笑いしながらも、グラフェンの案に賛成した。その表情と言い回しが気になるところだが、俺にとっても星をたくさん付けられるような店であることを願う。


 目的地までの距離は分からない。ただ周りに街と呼べる影はなく、まだ到着までは時間がありそうだ。俺はずっ先まで続く変わらない景色を眺めながら過ごすことにした。

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