解説
昔々あるところに、滅んでしまった文明がありました。まあ言ってしまえばこの世界の過去のことなんだけどね。
旧文明がなぜ滅んだのか、いつ滅んだのか。その辺については、僕はおろか誰も詳しくは分からない。その頃を知る人はもちろんさすがに生きてはいないし、伝承の類も基本的にはないからね。
有力な説としては旧人類間での戦争の末路だとか、環境破壊による天災の所為だとか。様々な意見が飛び交っているんだけども、正直なところ、そこのところはたいして重要じゃない。
キミが知るべきは、滅んだ後のこの世界がどのように再生したのか。その過程と結果、そして現在の状況。
これからキミが生きてゆくにあたって、それを知ることが大切だと僕は思う。
まず、死んだ世界が息を吹き返すきっかけとなったのは『始まりの子供達』と呼ばれている幾人か。僕達の祖先、現文明の始祖だね。
『始まりの子供達』の出自もまた不明。キミと同じく突然どこかからこの世界にやって来たとも、旧文明の生き残りが突然変異して世界に対応できるようになったとも。それから神が創造した、なんていうことも言われているね。
そんな噂はあるけど、未だにはっきりとした記録は世に語られてはいない。
ともかくも、彼ら『始まりの子供達』は、それぞれ荒廃した環境下でも生存可能となる特別な身体を持っていた。その成れの果てが今の僕達、つまり現文明の人類というわけ。
あぁ、そうだ。
キミの言葉で指すところの『人類』と、僕達は別の生物だからね。そこは誤解しないように。
僕達はキミのような存在、つまりキミの言う『人類』を『外界種』と呼んでいる。文字通り、外の世界からやってきた種族ということだよ。
ほら、キミは霧を視たんだろう? それが二つの世界を繋ぐ穴。黒い霧を抜けた先に白い霧が視えた、という体験談がいくつか記録として残っている。あまり例がないから、その記録の真偽はキミが教えてくれたら嬉しい。
そんなキミ達はこの世界にとっては、言ってしまえば異物だ。だから世界はキミ達を抑圧し、キミ達は世界に対抗する為の『超能力』を秘めている。
この特別な力については、僕は当事者ではないから説明するのが難しいかな。詳しい人を探すといい。キミがこの世界で生きていくには、いずれ必要になる知識だから。
◎
[『——とまあ、こんなところで以上かな。どうだい、理解できる? 念のため言っておくけど、今伝えたことは僕が実際に見てきたことではないし、僕の意見を反映したものでもないよ。あくまでも通説を元にした歴史のお話だからね』]
『はぁ……ありがとうございます』
シヴの早口な解説に、俺は礼儀として謝辞を述べる。けど正直なところ、話があまりに壮大というかフワッとしすぎていて要旨が捉えにくい。
つまり簡単にまとめると、この世界がいったんぶっ壊れた後にすごい子供達がなんやかんやして新しい文明の基礎を築いたんだな。で、俺らのようなイレギュラーが異世界からたまにやって来る、と。そういうことでいいのか。
俺は唐突に告げられた異世界の歴史やら人類の立ち位置やらに混乱しつつも、あまりの突拍子のなさにかえって冷静になっていた。
思考の切り替えが早いのは俺の家系の長所だ。うだうだ言っていても事態は変わりそうにないし。
『ちなみにその、俺はどうやったら元の世界に戻れるんですかね』
[『さぁ? 僕が知る限りにおいては、キミ達外界種がこちら側にやって来るというのはあっても、あちら側へ戻ったというのは聞いたことがないからね。悪いけれど』]
あー、そう。そうなのか。
ここまで言い切られるとむしろ諦めがつくな。シヴ以外の誰か有識者に聞いたら別の答えが返ってくるのかもしれないところではあるけど、一筋縄ではいかないだろう。
仕方ない。帰る方法についてはいったん置いておく。気持ちを切り替えて、ここでの生活について考えようじゃないか。いきなり色々言われたし。
あ、それにしても。
『あの。超能力、って?』
さっきも誰かがそんなことを言ってたような気がする。その時は冗談かと思ってたが、シヴの話を聞くと本気で言っていたんだな。
それはいいけど、ほら。
『超能力……とか。なんていうかその』
ぶっちゃけた話、言葉にするとダサいなあ、と。
子供の頃にそういうのに憧れたことがないわけじゃないんだけど。いや、でも超能力者って、なあ。
突然そんなことを言われると、困惑を通り越してちょっと面白い。俺は超能力者になれるのだろうか。今のところ、特に何か特別な力を発揮できる気はしないんだが。
『何ができるんすかね、具体的に』
[『それは僕には答えられないさ。何ができるかは一人ひとり異なり、扱える力にも個人差が大きいらしいからね。でも、
『うーん……まだ目が覚めてから間がないうえにいまいち状況を把握しきれてないとはいえ、俺自身そんな力があるようには思えないんすけど』
[『きっとそのうち才能が開花するよ。是非その瞬間に僕も立ち会えたらなぁ! 何かしらの予兆みたいなものがあったりするのかな? もし何でもいいからこう、感じるものがあれば、すぐに僕を呼んでもらえない?』]
またシヴが熱っぽく語りだした。これは話が進まなくなりそうだ。日本語で交わされる会話に既に三人は飽きているようだし、中身の薄い話ならばとっとと早く切り上げたい。
急いで話題を変えなければ。
『あっそうだ! 質問なんですが、俺達はあんたらとは違う生物って言ってましたけど。それってどういう——』
問いかけにシヴは答えなかった。俺が言い終わらぬうちに画像と音声が乱れ、通信が突如として切れたからだ。
「きかい、こわれた、なのか」
画面からもスピーカーからもノイズが消えない。やれやれ、講義の続きは延期になりそうだ。
ひとまず、今分かっていることについて考えよう。
ここまでの内容から、俺はとりあえずすぐに日本、というか元いた世界に戻れるとは思わない方が良さそうだ。となると、この謎の地で生活基盤を確保しないといけない。
親戚への連絡やらバイト先のシフトやら心配はあるけど、まずは自身の安全が最優先だ。
衣食住の確保、こいつら手伝ってくれるかな。シヴは世話を焼いてくれそうだけどなんか対応が面倒くさくなりそうだし、グラフェンは嫌な顔をするだろうな。たぶん、いや確実にそんな感じがする。他の二人はどうだろう。
ロフィはお人好しっぽいから手助けしてくれるかもしれないが、下心がありそうに見えるよなあ。変に勘繰られるのも気分が良いもんじゃない。
となると、メルクに頼るのが妥当か。
声をかけようとメルクに顔を向けると、彼は砂嵐の映る画面を覗き込みながら通信機の本体をばしばしと叩いている。この世界の常識はよく知らないけども、少なくともその対応は時代遅れではなかろうか。
案の定、画面は映らず。だよなあ。
しばらくしてメルクは諦めたらしく、大きく息を吐いた。
「これはもう駄目だね。いい加減修理に出すかぁ」
「だねー。突然通信切れちゃったけど、シヴさんびっくりしてないかな? てかネモと何の話してたのか、シヴさんに説明してもらいたかったのに」
「残念だけど、頑張ってネモと意思疎通するしかないみたいだ。それか、親切な人に通信機借りるって手を試してみる?」
そう言ってメルクは前方を指差す。道の先には人影が見えた。まだ若い二人組のようだ。
向こうもこちらを認識しているようで、表情までは捉えられないがこちらを見ているのはなんとなく分かる。
「あの人達に聞いてみようか。通信機持ってませんか、ってさ」
「うん! 貸してくれるかは分かんないけど、でも聞くのはタダだし」
「それじゃ」
メルクは運転席の背もたれを半分ほど起こし、そのままエンジンをかけた……と、こういう表現で合っているのかはこの世界の常識が分からんので正確には微妙だが、ともかくもゆっくりと車を走らせた。
二人組の手前でブレーキを踏むと、メルクは窓から身を乗り出してにこやかに挨拶を投げかける。
「やぁ、ちょっといいかい?」
朗らかに、爽やかに。気軽な調子で、彼は至って普通に声をかけただけ。おかしなことなど何もない。
しかしながら二人組は挨拶を返すことはなかった。代わりに、ショットガン的な銃を取り出して構える。
——銃?
俺が疑問を持った時にはもう、辺りには発砲音が響いていて。気付いたその瞬間にはもう遅く。そして。
あぁそして、メルクの頭はその三分の一程度が抉られるように、吹き飛んでいた。
——何が、起こった?
「伏せて、ネモ!」
ロフィが叫ぶ。俺はわけも分からぬまま、その指示に従って運転席の陰に隠れるように頭を低くする。
何かを叩きつけるような衝撃と共に車体が大きく揺れるが、俺はその様子を確認することはできない。
俺は咄嗟に瞼を閉じていた。飛び散った肉片を、はみ出た脳みそを、目にしたくなかった。
身体を小さく丸めてみっともなく震える。鼓動が速い。聞きたくない。耳も塞ぎたかった。
メルクの座席。倒されていたその背もたれをつたい、温かい液体が俺の頭上から滴り落ちる。見なくても分かる。きっと赤い。
何で、こんなことに?
メルクが何をしたというんだ。さっきの奴らは誰だ。なぜ殺された。分からない。思考がまとまらない。状況が把握できない。
破裂しそうな脳と心臓に追い打ちをかけるようにまた銃声が響く。
あぁ、まずい。今度は誰が撃たれた?
ロフィとグラフェンは無事なのか。俺は恐る恐る目を開ける。
隣に座っていたはずのロフィはいつの間にかいなかった。後部座席のドアは開け放たれている。おそらく、さっき車体が揺れたのはそのせいだろう。
どうして扉を開けた?
なぜわざわざ外に出た?
いよいよ分からない。さらにいえばこの状況にも関わらず、グラフェンは全く動じず助手席から外を眺めている。
何でそんなに冷静なんだ?
さすがに感情が死にすぎてやしないか。おかしいだろ。どうして溜息なんてついているんだ。
「取り逃しましたか、ロフィ」
助手席の窓を開けてグラフェンが訊ねる。その問いに応えて、外からロフィの明るい返事が聞こえる。
「ごめーん、相手に
「仕方ないですね。他に仲間はいないようですが、いつ戻ってくるとも限らない。ひとまずここを離れましょう」
ロフィは後部座席に戻ると、何事もなかったかのようにドアを閉める。グラフェンも特段変わったリアクションはない。
平然とした態度で話をする二人に、俺はついていけなかった。メルクの扱いがあまりに軽すぎる。仲間じゃないのかあんたら。
部外者のくせに口を出して悪いが、一言くらい言ってやらないと。
「メルク、しんだ。でも、なんで、おまえら、かなしむ、しない」
ロフィを、次いでグラフェンを睨みつける。視線が合うと、二人は全く理解できないといった表情を浮かべていた。
何だそれは。その顔は俺に向けるものじゃない。俺がするもんだろ。
ますます不信感が募る。そんな俺に、ロフィはあっさりと言った。
「ネモ。あなたは私達のこと、本当に知らないんだねー」
「これだから外界種は」
「あ! ちょっとグラフェン、それは失礼。ネモは
そう言ってロフィは笑う。その眼差しが、ふと俺の方から逸れた。笑顔のまま運転席の方を向く。
「メルク、おかえり。さっきの奴らまた来ると嫌だから車出してよ」
俺は耳を疑った。メルクに話しかけて何になるというんだ。彼はどう考えても、もうその言葉を聞いちゃいない。
凝視はしたくないので、ちらりとだけ俺も運転席に視線をやる。そして今度は、目を疑うことになった。
メルクが、穏やかに微笑んでいた。
肉の一片どころか、血の一滴すら幻だったかのように周りから消え失せている。
あんなに綺麗に頭が吹っ飛ばされたのに。俺はそれを確かに見たはずなのに。
「心配してくれてありがとう、ネモ。君が良い奴だってことが分かったよ」
おいおい、ありがとうとかそんなのどうでもいい。なんで生きてるんだよあんた……違うな、生きてて良かったよ。ただ、意味が分からないだけで。
静かな街に排気音が響く。考えすぎて一周回って何も考えられなくなってきた。
これは夢なのか、現実なのか。俺は幻覚でも見ているのかもしれない。疲れているのだろう、きっと。
再び目を閉じる。眠りに落ちるように気を失った俺を乗せ、朝日に照らされた道を車は進んでゆく。
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