第8話



     ◇   ◆   ◇



 歌子はたまに、湊人と会うようになった。公園のベンチに腰かけ、歌子がパン屋からもらった破棄予定のパンをひとつずつ食べる。

 湊人は祖父の介護のために、学校を休まざるを得なかった。認知症で昼夜問わず徘徊する祖父から目を離すことができず、湊人が外出できるのは、訪問ヘルパーが来る日だけだった。湊人は落ち着いて食事を摂ることができず、いつも空腹だったという。ヘルパーの利用料で家計が圧迫され始め、食べるものは祖父か、働く両親に譲っていた。

 祖父の介護の隙間時間に、湊人は小説を書いていた。投稿サイトで公開されたものを、スマートフォンを持たない歌子は、湊人のスマートフォンを借りて作品を読ませてもらった。ペンネームの響きが女性っぽく、内容は少女漫画。普段本を読まない歌子にも、読みやすく面白いと思えた。

 いつかデビューしたいんだ、と語る湊人は、希望で目を輝かせていた。そのときは歌子が読者になると約束した。



 歌子は知らなかったが、あの店の人気商品がおすすめだと、湊人は教えてくれた。昔、祖父が元気だったときに、開店前に並んで買って食べたのだという。午前中で売り切れてしまうため、歌子は食べたことがなかった。

 いつか一緒に食べようね。ふたりは約束した。



 約束は叶わなかった。

 歌子がいつものように申し訳なさいっぱいでパン屋に行くと、パン屋の娘である歌子の後輩が待ち構えていた。柔道部で体の大きな女子だ。

「泥棒! 消えろ!」

 歌子は店から引きずり出され、抗うと後輩が声を張り上げた。

「田中先輩! 殺さないで! 誰か助けて! 殺される!」

 歌子は道路に投げ出され、避けられなかった車のタイヤが目の前に見えた直後、命を絶たれた。



     ◇   ◆   ◇


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