第5話
◇ ◆ ◇
田中歌子は今日も、重い足取りで閉店間際のパン屋に向かった。
「今日もすみません」
店を切り盛りするおばちゃんに何度も頭を下げ、廃棄予定のパンをもらうのが、歌子の日課だ。レジ袋に詰めたパンを下げて帰宅する。
この店のパンは、歌子達の貴重な食料だ。弟は食べ盛り。母は働いているが、自分にかけるお金を優先し、家には入れない。
「汚らしい子」
「中学生なんでしょ? 3年生」
「高校生だとごまかして働ける歳じゃないの」
「そんなこともやらないなんて、怠けているわ」
近所の人が、声高らかに好き放題述べる。歌子がちらりと目をやれば、睨まれた。
「なによ。あたし達はあなたの被害者なのよ。必要最低限の正当防衛をして、何が悪いの?」
歌子は足早に帰路を進む。途中で同級生に会った。今年になって不登校になった男子だ。
杉崎湊人。相変わらず育ちの良さそうな容姿だが、以前よりやつれた気がする。
「田中さん、甘いパンばかりだと、体に良くないよ」
これ食べて、と湊人が渡してくれたのは、激安スーパーの大盛りポテトサラダだ。
「杉崎くんのお家のご飯が、なくなっちゃうよ」
「うちはポテトサラダにりんごが入っていないと駄目なんだ。りんごが入っていないことに、買ってから気づいた。食べられそうなら、もらってほしい」
湊人はポテトサラダのパックを歌子に持たせ、足早に去っていった。
後ろめたさと、ほのかな温かさを感じながら、歌子も自宅アパートを目指した。
その晩、母は激しく怒り狂い、見せしめに弟を折檻した。ポテトサラダにりんごが入っていなかったのが理由だった。
◇ ◆ ◇
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