第3話

「ミュゼット、まだ頑張っているの?」

 夜更けに台所で帳面を広げていたミュゼットは、母に声をかけられた。カフェオレ色のまっすぐな髪と赤茶色の瞳の持ち主である母は、儚げで美しく、ミュゼットの自慢でもある。

「大丈夫。もうすぐ寝るから」

 ミュゼットが帳面に書いていたのは、パンの種となる酵母の記録だ。

 父は店の商品にサワー種を使う。サワー種は、ライ麦パンなど堅いパンに向く酵母だ。

 ミュゼットは柔らかいパンに興味があり、ブリオッシュやパネトーネのように、ふわふわのパン生地に憧れる。個人的に、干葡萄レーズンで酵母を自分で育てているのだ。1日に一度瓶を開けてガスを抜き、清潔な匙で混ぜる。瓶の中で膨らむ酵母が、ちいちゃな子どものようで愛おしい。

「そう……でも、無理しないでね。あなたを見ていると、何かに突き動かされているみたいなの」

 何かに突き動かされている。母の指摘はもっともだと思ってしまった。パンに関わっていることが自分に課せられた義務だと思ってしまうことがある。繰り返し見る夢のせいだ。夢のせいか、母の優しさを疑ってしまうこともある。

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