第2話

 マルグリット王国は、断頭台の惨劇の上に立つ国家だ。かつて王族に反旗を翻した貴族は、平民を率いて王族を廃した。その貴族は英雄として担ぎ上げられ、新たな国の王となった。100年前の話だ。今の王族は、民の目線に立つ謙虚な政治を心がけている。らしい。

 王都から遠く離れた国境近くの町、ネージュに住むミュゼットは、新聞でしか王都の事情を知ることができない。

 15歳の少女、ミュゼットは、石窯の前で火の番をしながら、本日の朝刊を広げる。政治も流行もさっぱりわからないが、謎に包まれた小説家、マリー・マンステールの作品「聖女は労働歌を唄う」の続きを読むことが、ミュゼットの日課だ。社会を鋭く描いた物語の展開に、清らかなヒロインと危ない青年活動家の恋愛模様が絶妙に織り込まれ、ミュゼットは毎朝きゅんきゅんしっぱなしだ。

「いつも新聞を読んでいて、偉いな」

 父に褒められ、ミュゼットは首を横に振った。

「そんなこと、ないよ。パン、出すね」

 窯から出したのは、焼き立てのパンだ。小麦の芳ばしい香りとライ麦のほのかな酸味が鼻をくすぐる。父が生地の表面にクープナイフで描いた模様は、綺麗に生かされている。生地にふんだんに練り込まれているのは、小さな干果物ドライフルーツ

「フリュイ、美味しそう!」

 ミュゼットは父親譲りの黒髪をふわりと揺らし、母親譲りの赤茶色の瞳を輝かせた。

 果実フリュイの名を冠したライ麦と干果物のパンは、このパン屋の看板商品である。

「ミュゼットがいつも手伝ってくれるからだよ」

「いやいやいや」

 父に甘やかされ、ミュゼットは照れ隠しに否定した。

 父の言葉に偽りがないのは、わかる。しかし、生まれたときから育ててくれた父親なのに、なぜか「父親がいる」という感覚が欠落している。それは、幼い頃から繰り返し見る夢のせいだ。

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