リアラの苦悩
ロインがマリアに振り回されている頃。
リアラは黙々と剣を振っていた。
装備はロインと仕合をした時のままである。
流れ落ちる汗は地面に落ちる前に渇き、11月の突き刺すような風が肉体をさらに冷やすがリアラにとってそれは些末な問題だ。
「フッ、フッ、フッ―
綺麗なフォーム、乱れのない整った呼吸。何千、何万回と繰り返した素振り。
ただ、それを見た者は疑問を抱くかもしれない。
まるで必死に、がむしゃらに振っているようだからだ。
何も考えずにはいられない。むしろ何か考えないと集中して剣を振ることさえできない。
一体いつからだろうか。多分あの時からだろうとリアラは思った。
初めてロインに負けた日。
あの時からだ。あの時から自分の中の雑音が前よりもひどくなった。
もっと強くならなければならないと思った。
いつも以上に鍛錬に力を入れた。
それでもロインは自分に追いついてきている。
今日もかなり危なかった。ロインの剣が一瞬でも乱れていなければ負けていたのは自分だろう。
本当に、弱い自分が嫌になる。
これでは何も守れないでは無いか。
================
四年前、ロインがボロボロになって何日間も目を覚まさなかったとき、今にもいなくなってしまうのではないかと思い、恐怖でまともに眠ることができなかった。
そんな時ある願いが自分の中で芽生えた。
これ以上家族を失いたくない。
まだ幼い自分が抱えるにしてはあまりにも悲しい願い。
そんな自分の思いがより強くなったのはロインが起きた時からだ。
最初はただの気のせいだと思った。
でも、違った。
ロインは変わってしまった。
もう昔のように無邪気に笑っていた少年はもうどこにもいなくなってしまった。
そしてその少年の代わりにロインの瞳には昏く、激しい憎しみが浮かんでいた。
ロインがこのままだと遠くに行ってしまうと思った。
だからロインがここで修行するとなったとき嬉しかった。
ロインが自分よりも弱くて安心した。
でも、そう思ってしまう自分が嫌いになった。
こんなことならミラお姉ちゃんの代わりに自分が犠牲になっていたらよかったのにと思ってしまう。ミラお姉ちゃんならきっとロインを元に戻すことができただろうから。
でも、もうミラはいない。
―だから私がミラの代わりにロインを守らなければならない。
================
素振りを千回終えてしみ込んだ汗を洗い流すため家の中に入ったとき、ロインの部屋の扉が開いているのに気付いた。
おそらく買い出しに行くときに閉め忘れたのだろうと思い、扉に近づく。
扉を閉める際、自然と部屋の中へと目がいってしまう。
そこには狂気の沙汰と思えるほど、無数の紙が壁に貼り付けられていた。
それらはある男の絵や記事、目撃情報を記した地図だ。
その男の名は―言うまでもなくドルゴールである。
リアラはロインの部屋を何度か見たことがあるが見るたびに紙が増えていた。
机にはノートらしきものに何かが書かれていたが部屋の中が暗すぎて見ることができなかった。
リアラはこれ以上見るのをあきらめ、見た目よりも重く感じる扉を閉めた。
今から体を洗う気にはなれず、自分の部屋へと戻る。
自分の机の椅子に座りしばらくぼー、としていた。
なにも考えたくなかった。
遠くから聴こえる鐘の音で目が覚めた。
どうやらあのまま眠ってしまったのだと気づき、同時にまだ体を洗っていなかったと思い出す。
顔を上げ、窓に目を向けたときふと気づく。
外に誰かがこちらに向かっていた。
アランの知り合いかと思い、汗のにおいを気が気になるが、適当な上着を着て外に出る。
男がこちらを見つめて立っている。
思考が一瞬止まった。
ありえない。この男がここにいるはずない。
その男をリアラは知っていた。
色素がすべて抜け落ちたような白髪で左腕がない。
容貌は手配書に描かれているのとまったく一緒であり、ロインが話した特徴と一致していた。
『闘神』ドルゴール
だが噂に聞いていた圧迫感がない。
そんなリアラの疑問をよそにドルゴールが話しかけてきた。
「ここにお前と同じくらいの少年が住んでないか?」
その質問に努めて平静を装い答える。
「少年?この家には私とお父さんしか住んでいないわよ」
「―そうか」
―ビリ
一言そう呟いた途端、大気が震えた。何かの自然災害かと思ったが違う。ドルゴールだ。この男がやったのだ。
突然、リアラに強烈な圧迫感が襲ってくる。これはおそらくドルゴールが纏う魔力だろう。
―次元が違いすぎる。それほどの魔力を持つ上に、その力を今まで抑えていたなんて。
まるで猛獣に睨まれているようだと思い、恐怖で足が竦みそうになる。
本能が逃げろと叫ぶ。
その叫びに従って後ずさりしようと足を地面から離そうとして―
だがそんなことはできない。
このまま逃げてしまったらロインを危険に晒してしまう。
だからリアラはその足を一歩前へと進める。
これ以上家族を失わないために立ち向かう。
たとえそれがどんな脅威であろうと家族を守るためならば恐くない。そう自分を奮い立たせて。
「ほう」
逃げるどころか立ち向かおうとしている少女の様子を見てドルゴールは感心する。
逃げたら逃げたでそのまま赤髪の少年をここで待っているつもりだったが、なかなかどうしてとんだサプライズがあったものだ、とドルゴールは思う。
これはなかなかに楽しめそうだ。
「俺は『闘神』ドルゴール。お前の名はなんだ」
「―リアラ・ファルス」
既に剣を構えている標的を見てドルゴールは楽しそうに笑う。
構えも、放つ魔力も、今まで闘ってきた剣豪達に比べればまだまだ甘いがその精神は目を見張るものがある。あのときの赤髪の少年と同じだ、とドルゴールは思った。
二人の男女が向かい合う。
一人は家族を守るために。
もう一人は楽しむために。
両者は睨み合い、そして片方が動き始める。
先に仕掛けたのはドルゴールの方だった。
はるか遠くで繰り広げられる闘いをロインはまだ、知らない。
魔法世界―world end― だもんど @damonndo
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