4年後...
まだ日が昇って間もないころ。
アランの家の近く、
草原の上で二人の男女が向き合っていた。
ロインとリアラである。
「それじゃ、始めるわよ」
リアラは腰に携えていた剣を抜き放つ。
「ああ、始めようか」
ロインはニヤリと笑い、肩に差している二本の剣を抜く。
二人は剣を構える。
風が止み、静寂が訪れた。
「「―ッ!!」」
2人は同時に駆け出す。
幾多もやり合ってきた2人にはもはや合図など必要ない。
お互いが剣の間合いに入る直前、ロインは熱魔法を使い、リアラの足下を瞬時に凍らせる。それに対しリアラは風魔法で凍った草土ごと切り刻み、無効化。そして、駆け出した勢いのままロインに接近し、閃光のような斬撃を放つ。
「―クッ―」
それをロインは2本の剣で受け止める。力と力のせめぎ合いが起き――だがそれは一瞬で終わる。単純な力勝負では勝てないと分かっていたリアラが後方へと素早く跳躍したのだ。
すかさずロインはリアラに詰め寄り、怒涛の斬撃を繰り出す。
一撃、二撃、三撃、四撃...
リアラはロインの攻撃を受け流し、打ち合い、あるいは避け、反撃の隙を窺う。
と、ロインの剣先が揺らいだのをリアラは見逃さなかった。
「ハアアッ!!」
「―しまッ―」
リアラはロインの剣を思いっきり弾き、そしてがら空きになった喉元に剣を突き付ける。
「―ハア、ハア、これで、452戦367勝、ね」
リアラは息を切らしたまま勝ちを宣言する。
今日の買い出し当番が決まった。
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ロインはリアラから渡された麻袋とメモ、あとアランから渡されたお金を持って商業都市リールへと買い出しに来ていた。
うちでは一週間に二、三回ほど魔法と剣を使った試合があり、それで負けた人が今回の買い出し当番をするという決まりとなっている。
この決まり自体はロインが弟子入りする前からあったようで、それまではリアラが毎回買い出しに行っていたようだ。
ちなみに今でもアランは一回も買い出しに行ったことがない。
今日は惜しかったなあ。
「はあ、」
試合の時のことを思い出してため息が出た。
だがあの時と、4年前の初めてリアラと行った試合の時と比べると大分成長したんだなと思い、自然と笑みがこぼれる。と、
不意にあの男が脳裏をよぎる―
ギリッ
何を浮かれてるんだ、俺は。あいつを、『闘神』ドルゴールを殺すにはもっと、とっと強くならないといけないのにッ
ロインは自分の不甲斐なさに嫌気がさして奥歯を嚙み締めた。
神、というのがどれほどのものなのかは分からないが、俺はそれを越えなければならないのだから...
『闘神』ドルゴール
ロインが白髪の男の名を知ったのはロインがアランの下に弟子入りして約半年後の事である。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お前が会ったというのはコイツか」
「―ッ!!」
アランが差し出してきた絵を見てロインは目を見開いた。
その絵はたしかにロインの家族を殺した男の絵だった。
「そいつの名はドルゴール。最近、巷では『闘神』と呼ばれてる男だ」
「『闘神』...?なんで神なんて呼ばれてるんだ」
ロインは疑問に思った。
そもそも神と呼ばれていた者達は神代の頃に全員いなくなったはずだ。
ただ単に強いという理由だけで神と呼ばれるはずがないのだ。
「それはだな、二、三週間くらい前の事らしいんだが、エンデルス王国の北東あたりに隣接するキルリス公国の首都が一夜にして陥落したそうなんだ。その国は小さな国なんだが、昔、遠征で行った際に腕のたつ者がちらほらいたのを覚えている。だからな、俺は今でも信じられないんだ。あの国の首都が落とされたなんてな...」
そう言うアランの横顔はロインにはどこか悲しそうに見えた。
だが、アランはそれ以上昔のことについて話すつもりはないらしく、元の路線へと話を戻す。
「そして、だ。その惨劇から逃げてきた兵士によると、ある一人の、白髪の男がやったと言うんだ」
「―ッ」
ロインの脳裏にあの男の顔がよぎった。
「そいつが言うにはな、白髪の男は王宮で自らの事をドルゴールと名乗って周囲にいた兵士達を素手でいとも簡単に殺したんだそうだ。その兵士はそこで怖気ずいて逃げたそうなんだが、問題なのは兵士を殺した事ではなく、ドルゴールが発していた異様なオーラなんだ」
「異様な、オーラ?」
「ああ。ロイン、お前はフリードに会ったことがあるだろう?そのときにわずかにフリードから圧を感じたはずだ。...高い魔力を持つモノほどその圧迫感が強いんだが、ドルゴールのその異様なオーラはフリードのそれと似たようなものだったらしいんだ」
フリードというのはこの国、エンデルス王国の宮廷魔法士長であり、この国で最も魔力を持つ者である。
だからこそ信じられないのだ、
「でも、それはその兵士のただの勘違いなんじゃないの?」
「確かに、その兵士の話は最初、誰も信じなかったんだ。だがな、その兵士に遅れて逃げてきたほかの人々の誰もがドルゴールを見たとき、同じ様に感じたそうなんだ」
もしそれが本当なのだとするとドルゴールはフリードさえも越える凄まじい量の魔力を持っている事になる。
なにせ、魔法に心得のあるものならまだしも、一般人がただ見ただけで感じ取れるほどの圧迫感なのだから。
「でも、俺が会った時は...ッ、あの時はそんな感じじゃなかった。少なくとも、フリードさんのような圧迫感は全く無かったんだ」
白髪の男を思い出し、言葉が一瞬詰まるが、何とか続きを言うロイン。
「すまん、嫌な事思い出させたな...」
アランは申し訳なさそうに謝るも、先を続ける。
「過去に神化実験というのがあってな。要は人間に膨大な魔力を注ぎ込み、神代にいたとされる神と同等の者に生まれ変わらせるという実験でな。その実験自体は失敗したんだ。いや、失敗したはずだったんだ」
そう語るアランはどこか遠い昔を懐かしんでいるような、悲しんでいるようなそんな表情だった。
唐突にアランはふっ、と笑い、話を戻す。
「恐らく、ドルゴールはその実験に成功して神と同等の魔力を持ったんだろう。にわかには信じられん話だがな」
「―...」
ロインは神化実験の事について聞きたいことが山ほどあったが、アランのあの表情を思い出すと聞くことが出来なかった。
あの表情は大切なモノをなくしたものに見えたから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
壁に貼られた白髪の男、ドルゴールの絵―厳密に言えば当時渡されたのも絵ではなく手配書であり、絵の下に一生遊んで暮らせるほどの莫大な金額が載っている―を見ながらロインは昔のことを思い出していた。
そんなロインの手からメモが滑り落ちる。
手配書を見るのに夢中になって手の力が緩んでしまったのだ。
「―やべ」
急いで宙にあるメモを掴もうとするが、メモは風に揺られてロインの手からすり抜けてしまう。
とうとうメモは手配書が貼ってあった場所とは遠く離れた路地裏の前へと落ちてしまった。買い出しはまだ途中だというのに。
もしメモを無くしたとなったらリアラにどんな反応をされるか...
ロインの額を冷や汗が伝う。
ロインは急いでその場所に行き、再び風に吹かれる前にメモを回収する。
ホッ―
心の底から安堵の吐息が出た。
「―ん?」
と、そこで路地裏の奥に妙なものが落ちているのに気付いた。
ボロ布。だが若干動いている。
―なんだアレは?
近づいてみると微かに掠れた声が聞こえてきた。
「......いた。お腹...いた、ご飯」
どうやらそれは人間のようだった。
ただ、顔は布が覆いかぶさっており、路地裏の暗さも相まって顔が全く見えない。
あまりにもかわいそうだったので、麻袋から瓶に入った水とパンを取り出し謎の人物に差し出す。
「―ッ!!」
謎の人物はビクンという音が出そうなほど驚き、すぐさまロインからパンを奪い、かじりつく。
「―ゴホッ」
むせた。
勢いよく食べすぎたのだ。
「バカッ、もっとゆっくり食べろって」
すかさずロインは水を手渡す。
それを謎の人物はバッと受け取りこれまた勢いよく飲み、
「―ゴホッ」
またむせた。
何度もパンと水と格闘し、ようやく完食した謎の人物はロインに向き直り、透き通った声でお礼の言葉を言う。
「ありがとうございます。あなたのおかげで飢え死にせずに済みました」
と、そのときボロ布が外れて謎の人物の顔が露わになった。
銀髪碧眼の少女がそこにいた―
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商業都市リールから少し離れた小高い丘の上に二人の男がいた。
「至る所に人、人、人!ああ、楽しみだ。僕の炎で溶かすのがぁ」
興奮した面持ちで都市を見つめる蒼いローブに身を包んだ男をもう一人の白髪の男が窘める。
「勝手に興奮するのは構わないが、ここに来た目的を忘れたわけではないな?」
「言われなくても分かってるさ。要は人がたくさんいるところで暴れればいいんだろう?それに、お前もこれとは別に何かやりたいことがあるんじゃないのか?」
その男の問いに白髪の男が口角をわずかに吊り上げる。
「ああ、この近くに気になるやつが住んでいるようでな」
「例の少年か」
「そうだ」
一時の会話が終わると二人の男に再び静寂が訪れる。
まるで何かを待つかのように。
商業都市リールの大時計が鳴った。
それを合図に二人の男が駆ける。
一人は都市へ、もう一人は都市とは違う場所へ。
『煌炎』ライルと『闘神』ドルゴールが解き放たれた。
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