14
夜が明け、少ない荷物を手に待っていると、港に島民が集まってきた。口々に礼を言い、土産を手渡してくれる。島で捕れた魚の干物や果物を使った菓子を渡され、バッグはいっぱいになった。
武藤の操る船に凪と乗る。島民たちは長い間手を振っていてくれたから、陽向も後部の甲板でずっと大きく手を振った。
別れの挨拶を終えても、もやもやは消えなかった。潔く諦めるべきなのは分かっているが、暝島はこれまでの人生で最も居心地の良い場所だった。帰れと言われてから半日で海の上にいるのが、未だに信じられない。
船が港に到着すると、街まで送っていこうと凪が電車に同伴した。二人掛けの席に並んで座り、窓側の陽向は窓枠に頬杖をつく。車両の内外を行き交う人々の多さに辟易してしまう。
「納得してない顔だな」
つまらないと語る陽向の横顔を見て、凪が苦笑する。
「そりゃあね」
「陽向は、まだ俺たちの記憶を戻したいと思ってるのか」
「わかってるよ、大きなお世話だって」
「そう拗ねるなって」ぽんぽんと陽向の腕を軽く叩く。「きみがそう思ってくれてるように、俺たちも陽向に無事でいてほしいんだ」
少しの沈黙が下りた。電車の走る音と、人々のざわめきが車両を満たしている。女性グループが高い声でお喋りをし、向こうで赤ん坊が泣いている。こんなに世間はうるさかったのかと、些かの感動さえ覚える。
「覚えていてくれよ。俺たちは、陽向の無事を祈ってることを」
念を刺すような改まった口調に、頬杖から顔を上げた。
「なに、いきなり」
「そのままだよ。あの島にいるやつは、満場一致できみの味方だ。誰が何を言ってもな」
「どうして、急にそんなこと……」
凪はポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出し、陽向の右手に押し付けた。
「俺の言葉を信じてくれるなら、きっとここに行くべきだ」
意味が分からないまま、メモ用紙ほどの紙を開いた。そこには、聞いたこともない住所が番地まで書かれている。
「ここで、逢坂という人に会って話を聞いたらいい。陽向という名前を忘れてはいないはずだ」
「ちょっと待って、何を聞けばいいの」
「逢坂雪との関係だ」
氷水を流し込まれたように、背筋が凍った。逢坂雪。紛れもない、母親の名だ。どうして凪がその名前を知っているんだ。この住所はいったいどこなんだ。自分と同じ逢坂という苗字の人間が、何を語るというんだ。
「ここに誰がいるんだよ。母さんと何の関係があるんだ」
身を乗り出しかけたところで、到着駅のアナウンスが流れる。家の最寄り駅だ。凪はタイミングを計っていたに違いない。
荷物を抱えて急いでホームに下りた。共に電車を下りた凪に再度詰め寄ろうとしたところ、彼はひょいと再び電車に乗ってしまった。
あっと思う間に扉が閉まる。
ガラスの向こうに見える彼は、少し悲しそうに笑った顔で、軽く手を振っていた。
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