6

 妖たちの人間だったころの記憶は、ケガレの中に溜め込まれている。

 夕食後にその仮説を口にすると、凪も律も驚き、なるほどと頷いた。

「ケガレの中に残っている、か。……そういうこともあるかもな」

「でもさあ、プラナリア? こんなのと同じだなんて嫌なんですけど」

 律は陽向が借りた本を開き、実験動物のイラストを指さして言った。

「同じだなんて言ってないって。実験で使ったっていうだけだろ」

「でもせっかくならさあ」

「りっちゃん、にょろにょろ、かわいいね」

 律の傍らで本に指先を触れさせ、小夜が笑った。

「ねー。にょろにょろしてて、かわいーね」

 彼を抱き寄せて頭をわしわしと撫で、律が破顔する。可愛くてたまらないとその顔が語っている。

「そんで、もしケガレの中に記憶があったとして、どうやったら取り出せると思う」

 その質問には、三人とも首を傾げた。どうやらまだまだ検討する必要がありそうだ。

 翌日からも図書館に通い、本を読んだ。しかしどれだけ読み込んでも、捕食された記憶そのものを取り出す具体的な方法は見つからない。脳を機械と繋ぎ合わせ、記憶を含む情報を移植し永遠のものとする。そんなSFじみた記事に辿り着き、ため息をついた。記憶を取り出すといえど、求めているのはそういう話ではない。

「いつまでも馬鹿なことしてねえで、さっさと諦めろよ」

 その日も閉館時間ギリギリになり、壬春に文句を言われる。彼はいちいちこちらを馬鹿にする。少しは前進しているんだと訴えるため、「手がかりはあるんだ」と立ち上がりながら呟いた。

「見栄張るんじゃねえよ」

「記憶を抽出する方法があれば、もしかすると上手くいくかもしれない」

「記憶を抽出?」彼は本棚にもたれかかる。「無理に決まってんだろ。そもそもどっから引っこ抜くんだよ」

「みんなの記憶は、ケガレの中に溜め込まれている可能性がある。共食いした個体が、捕食された個体の記憶を引き継いだ実験結果があるんだ。それが、妖とケガレの関係に似てると思った」

 ふん、と彼は眉間に皺を寄せる。どうやら彼もその考えには至らなかったらしい。

「そうだという証拠は」

「仮説だよ。証明なんて出来やしない。けど、記憶が無くなったっていうより、よっぽど希望があるだろ」

 馬鹿馬鹿しいという風に、壬春が失笑した。相変わらず嫌味なやつだ。考えを伝えたことを些か後悔しつつ、片付けるため本に手を伸ばす。

「そんなら、次はこっちが奴を喰っちまえばいいんじゃねえか」

 えっと声が漏れた。驚いて目を向けると、彼は何でもないことのように言った。

「喰って記憶が移動するなら、やりかえせばいいってことだろ」

 捕食して記憶を引き継ぐなら、次はこちらがケガレを捕食してしまえばいい。そうすれば、ケガレの中にある記憶を、受け継ぐ形で取り戻すことができる。

 そう単純な事象ではないはずだが、理屈だけで考えると確かに納得がいく。ケガレが腹の中に溜めているのなら、それごと食えば解決だ。その発想に至らなかったのが不思議なほど、簡単なことだ。

「いや、相手はケガレだぞ」

 それでも、咄嗟にそんな言葉が口をついた。遥か昔から大勢を犠牲にしてきた強大な化け物だ。人間とほぼ変わらない大きさと力しか持たない妖が束になったとしても、敵うはずがない。

「おまえと同じ、理屈の話だ。誰も実際にあれを倒せるなんて言ってねえだろ」

「もし倒せたとして……倒さなくても、ケガレをほんの少し手に入れて食べることができれば、記憶の一部だけでも戻らないかな」

 考え込む陽向に、壬春は訝しげな視線を向ける。

「馬鹿、そんなん無理に決まってるだろ」

「万が一だよ。誰か、過去に倒そうとした人はいないのかな」

「……さあな」

 話を打ち切り、とにかく出て行けと壬春が言った。すっかり窓の外は暗くなっている。夕飯が冷めると言って腹を立てる律を思い出し、棚にしまうべく急いで本を手に取った。

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