第2話 守護聖獣の契約者


「最後に何か言い遺す事はあるか」


 ザカリーは蔑んだ目を向けながら問いかけた。こうしている間にも集まった群衆からは次々に非難や罵声が飛んでくる。シャーロットはチラリとリリアナに目を向けた。今や王太子妃の座にいる彼女はニヤける口元をセンスで隠しながら楽しむようにこの状況を見つめている。


「……では、一つだけ……」


 シャーロットはスッと空を仰ぎ見た。側から見ればその姿はもう何もかも諦めたように見えただろう。彼女自身、もう何の未練も心残りもなかったが、明らかに違うのは、シャーロットはけして諦めてなどいなかったという事だ。それを裏付けるように、前置きの後、空を見つめる彼女の瞳は力強く輝いた。そしてその表情を崩さずに凛とした声で言い放つ……。


「黄泉の国より召喚! スノウ! 私の所に来てちょうだい!」


 瞬間、空と大地が同時に揺れた。空間に歪みが出来たと思ったら、そこが大きく縦に割れ、爆発的エネルギーが怒涛のようにこちらに流れ込んでくる。眩い光が地上に溢れ、そのあまりの眩しさに皆一様に目を覆った。


「……うっ、何が起きたんだ!!」

「……目がっ……これは一体!!」


 やがてだんだんと光は収まって、人々は恐る恐る目を開けた。すぐにザワつきどよめいたのはそこに驚くべき存在がいたからだ。神秘的な輝きを纏うそれは伝説の守護聖獣【白虎】であり、今や夢幻となった存在だ。白い毛並みに覆われたその姿は気高く威厳に満ち溢れ、まさに神の遣いというような神々しさを感じさせた。


「……びっ、白虎!?」

「……まさかっ……あの伝説の!?」

「……そんな! 聖獣様が何故っ、……どういう事だ……?」


 驚きと共に人々が混乱したのは、その白虎とシャーロットがピタリと寄り添っているからだった。頬ずりする白虎にシャーロットが微笑みながら何か言葉を交わしていて、二人の仲睦まじい様子が伺える。その光景が信じられずに驚きを隠せない人々。唖然とする彼らにシャーロットは短くこう告げた。


「この子は私が契約した守護聖獣でございます」


 それだけで皆の中に衝撃が走った。聖獣と契約するだなんて、そんな事が出来たのは歴史上でただ一人だ。数千年前に存在したとされる大聖者と呼ばれる者だけが聖獣契約を許されたはず……。だから尚のこと、今目の前で起こっている事が信じられない。


「……う、嘘だ! お前のような悪女に――」

「――ヴァオオオオォォッッ!」


 どこからか上がった懐疑の声は白虎がたちまち掻き消した。その迫力ある咆哮に皆縮み上がっては威圧され、中には腰を抜かす者もいる。白虎はギロリと人々を睨みつけると怒りを露わに言葉を放った。


「誰が悪女だと? シャーロットは我が選んだ契約者だ! 清い心と優しさを持つ、紛れもない大聖者だっ!」

「「……そんなっ……!!」」

「「……まさかっ……!!」」

「それで? このふざけた集まりは何なのだ? 何故彼女に手枷足枷がついている! 何故処刑されねばならんのだッ! 答えろ! 王太子ザカリーよッ!」

「……ッ!」


 突然名指しされたザカリーはビクッと肩を跳ね上げた。すでに顔面蒼白だが、問われた以上は答えねばならず、狼狽えながら返事をする。


「……はい。それは、彼女がその…………私の、妻を殺そうと……」


 この場において、もうシャーロットが偽の聖者だとは言えなくなったザカリーは、妻のリリアナの事だけを白虎に伝えた。だがそれさえ強く言い切れず、その姿に白虎はフンと鼻を鳴らす。


「まったく、お前も大概だな! 四年前にシャーロットに命を救われておきながらこんな形で裏切るとは……」


 その言葉に顔をしかめたザカリーは、すぐに質問を投げかけた。


「……それはっ、どういう事でございますか!? 私を助けたのは、リリアナの筈では……!」

「リリアナ? ああ、あの性根の腐ったクソ馬鹿インチキ女の事か」

「――なっ、クソ馬鹿ですって!?」


 白虎の言葉にリリアナは素早く反応した。一気に視線が集まる中、白虎相手にも怯まないリリアナは構わず反論し始める。

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