黄泉の国から戻ったら、婚約者と妹が結婚してました。
雅楽夢
第1話 聖者の失墜
「シャーロット・マイアー! キサマは自らを聖者だと偽り長らくこの国を謀ってきたばかりか、真の聖者である妹を亡き者にしようと目論んだ! よってキサマを斬首刑に処す!」
晴天に男の声がよく響く。斬頭台を前にした彼女に悲しみや絶望の色はなく、もう全てを受け入れ諦めた、そんな表情にも見て取れる。
「最後に何か言い遺す事はあるか」
かつて婚約者だった男にそう言われ、彼女はチラリと妹であるリリアナの方に目を向けた。リリアナは笑いを堪えた口元を隠しながらこの状況を楽しむように見つめている。
「……では、一つだけ……」
シャーロットはスッと空を仰ぎ見た。
***
シャーロット・マイアーは、国でただ一人が持つ事を許されるという貴重な聖痕持ちの誇り高き聖者だった。彼女はこれまでに数々の偉業を成し遂げ、公爵家の出自もあり、かつてはこの国の王太子であるザカリー・ベルトナーの婚約者としても認められていたが、今やその名誉は失墜している。
彼女が稀代の悪女として裁かれることになった背景には、四年前に起こったある事件が関係していた。
それは王の生誕祭での事だった。ちょうど王宮で祝賀会が行われていた最中に王太子暗殺未遂事件が起こったのだ。襲撃を受けザカリーは負傷、その時に強力な呪いもかけられてしまった。
彼を救う為、シャーロットは聖力を使い果たしたが、呪いだけはどうしても解くことが出来なかった。そこで古い言い伝えを思い出した彼女は、黄泉の国に行って奉仕をするという宵契約を交わす事により力を授かり、ようやくザカリーの呪いを解いたのだった。
黄泉の国へはすぐに行かなければならなかった。時間がない中、シャーロットは妹のリリアナにだけ呪いを解く為に契約を交わした事、自分が黄泉の国に行かなければならない事を打ち明けた。その上で、自分がいない間はリリアナにこの国を守って欲しいと自身の聖痕を預けたのだ。
あれから四年、ようやく黄泉の国から帰還したシャーロットは突きつけられた現実にショックを隠しきれなかった。なんと、自分がいない間に婚約者のザカリーが妹のリリアナとすでに結婚していたのだ。
それだけでなく、周囲の自分に対する態度の変わり様にもひどく困惑してしまった。父も母も忠実だった聖騎士達も従者さえも、全員がシャーロットに対して態度が冷たく、蔑み軽蔑の目を向けてくるのだ。その理由が分かった時、彼女はまたも愕然とした。
聞けば、あの時ザカリーを助けたのは妹で、自分は婚約者を見捨てて行方をくらませた事になっている。聖者でありながら職務を放棄し、国や婚約者を見捨てた事に周りはひどく失望し、そして相当怒っていた。
誤解だと訴えても、今さら誰もシャーロットの言葉を聞いてくれる者はいなかった。何か言えばその倍以上も彼女は非難されるのだ。
それでも諦めきれないシャーロットはリリアナに本当の事を言う様にと何度も強く訴えた。だがリリアナは小馬鹿にしては笑うだけで全く聞く耳を持ってくれない。ついには自分を殺そうとしたとしてシャーロットに罪を着せるのだった。
王太子ザカリーは妻を殺めようとしたシャーロットを許せずに即刻処刑を言い渡した。これを受け全員が彼女を稀代の悪女と言っては罵り、処刑となった事をざまあみろと喜んだのだ。
彼女に向けられているのはもはや憎悪だけだった。過去に成し遂げた偉業や受けた恩など、すっかり人々の記憶から消え去っている。それどころかシャーロットは偽物だったと、リリアナこそが真の聖者だったのだと彼らは信じて疑わない。
これには聖痕の有無が関係していた。人々にとっては聖痕こそが全てだった。聖痕こそ正しき者の象徴であり、それを有するリリアナは皆にとって紛れもない正義の証なのだ。もはや聖痕を持たないシャーロットなど、偽物以外の何者でもない。
こうして、今まで国や人の為に身を削り懸命に尽くしてきたシャーロットは、あろう事かその国の人々によって裁かれ処刑される事となったのだった。
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