第89話 VSデッドアドベンチャラー 3
「紗雪ちゃーーーーーーーーーーん!」
姫華さんの絶叫じみた悲痛な声が聞こえてくる。
私の身体はほとんど生存本能だけで勝手に動いていた。バランスをどうにか取り戻して素早く後退する。でも、隆起したところから下りたせいで、また少しバランスが崩れてしまった。
私を追ってくるようにデッドアドベンチャラーは大きく1歩を踏み出してきた。隆起した地面を乗り越えて二本目の剣を素早く横に振ってくる。
うわーっ、私の胸の下あたりがあっさりと斬られてしまったよ。
人間の身体って刃物の前にはこんなに無抵抗で斬り刻まれちゃうんだなー……。どこか他人事みたいにそう痛感してしまった。そして斬り刻まれてる自分を実感すると、ひどく悲しくなってきてしまった。
デッドアドベンチャラーの次の攻撃が来る。私はハンマーを横向きに持つことで剣をどうにか受け止めた。
でも、パワーで完全に負けてしまった。
「あうっ!」
踏ん張りきれなくて尻餅をついてしまった。
さらに大きく1歩を踏み込んできたデッドアドベンチャラーが私を見下ろしている。勝ち誇った嫌味ったらしい顔だった。
デッドアドベンチャラーが剣を振り上げる。とどめの一撃が振り下ろされてしまう。
普通の人ならここで諦めてしまうのかもしれない。でも、私は逆だった。
闘志をギラギラたぎらせて、牙を剥くようにしてハンマーを大きく振りかぶった。そしてお尻と上半身のひねりの力だけでハンマーを強烈に叩き込む。
「うああああああああああああっ!」
ゴツッと、鈍い音が響く。私のハンマーがデッドアドベンチャラーのガラ空きの腰にクリーンヒットした音だ。
「ダメ! やっぱり力が入らなかった!」
悔しい。でも、デッドアドベンチャラーを横によろけさせることには成功した。そこへ姫華さんが走り込んでくる。完全に背後を取っている。これはいっきに逆転できるかもしれない。
しかし、そう甘くはなかった。デッドアドベンチャラーが脱兎のごとく逃げに徹して、私とも姫華さんとも距離を取ってしまった。
普通のモンスターなら私にとどめをさそうとしていたはず。このあたりがデッドアドベンチャラーの一番の怖さかもしれない。状況判断があまりにもできすぎている。
「紗雪ちゃん、大丈夫? ごめんね、すぐに助けに来られなくて」
「いえ、じゅうぶん早かったですよ。助かりました!」
姫華さんが私の手を取って引っ張り上げてくれた。
「ひいーっ。いたたたたたたーっ!」
「あ、ごめん。大丈夫?」
身体がけっこうさっくり切られてるから、いろんなところが激痛だし、血がだばーっとたれてしまった。
「だ、大丈夫です」
痛すぎて死にそうだけど、まだまだ死なないと思う。でも――。
「うわ、ブラジャーまで真っ二つだ。やだー。落ち着かない……」
ブレザーもブラウスもブラジャーも切られてしまった。
凄くスースーする。それにブラジャーが乳房から外れてしまって肩に引っかかっているだけの状態だ。これじゃあ動きづらいよ。いっそ服を脱いでしまいたいけど、花の女子高生としてそこまで大胆なことはしたくないかな。相手が人型じゃなかったら脱いじゃってたと思うけどね……。
「紗雪ちゃん、HPはあといくつ?」
「意外とまだ25もあります」
「ああ、じゃあまだまだぜんぜん元気じゃん」
「はい、ぜんぜん元気ですけど。姫華さんならもっと母性あふれる感じに心配してくれるんじゃないかなって期待してました……」
「あはははっ、私に母性を期待しちゃダメだよー」
わりとショックなことを告げられてしまった。あんなに母性の塊みたいな容姿と大きなおっぱいをお持ちなのに母性がないんだ……。
「母性、ないんですか……?」
諦めきれずに聞いてみた。
「ないこともないけどさー」
あ、良かった。安心した。
「ここはレッドゾーンじゃん? HPが25も残ってて泣き言を言うような子は、絶対にレッドゾーンには来ないって分かってるからね」
「凄く納得しました。HP25ってやっと身体が温まってきたなーって感じですからね」
「でしょー」
「これきっと他の人が聞いたらやばい話ですよね」
「そうだけど。そんなやばい話をする紗雪ちゃんがすっごく可愛すぎて、私、ぞくぞくしちゃうよ」
姫華さんはちょっと人とは違う性癖があるのかもしれない……。
まあでも、実際のところまだまだ私は元気だ。身体は痛いし血はだらだら流れてるけど、闘志は逆にメラメラと燃え上がってる感じ。デッドアドベンチャラーを絶対に倒してやろうって気持ちでいっぱいだよ。
「ま、危ないって少しでも思ったら絶対にポーションを飲んでね。私、いつでも壁になるからさ」
「はい、ありがとうございます」
……スキル〈逆境時強化〉はまだ発動していないみたいだ。まだ逆境っていうにはHPが多すぎるんだと思う。
あ、今、HPが1だけ減っちゃった。出血が多いせいかな。私、じわじわ死に向かっていってるんだね。
やだ……。ぞくぞくしてきちゃった。武者震いみたいなのをしてしまう。
嬉しい……。嬉しいよ……。私、こういう生存本能を全開にできる命がけの戦いを待ち望んでいたんだ。
デッドアドベンチャラー、きみは絶対に私が倒してみせるからね。
でも、どうやって倒そうか。〈逆境時強化〉に頼れないとなると、力によるゴリ押し戦法は使えないし。
私が取れる他の有効な手は――。あれ、なんだかリルリルさんの声で幻聴が聞こえてきた気がした。もしかしたら走馬灯かも?
……いや、違うか。そうか、そうだよ。その手があったじゃん。
「姫華さん、耳を貸してください」
「ん? いいよ。優しく使ってね」
姫華さんが髪を指ですくいあげて耳の後ろにひっかけてくれた。
うっわー、すっごい色っぽかった。絶対に姫華さんって1個上じゃないよ。色気だけなら絶対に二十代だもん。
「み、耳打ちするだけですから」
私は姫華さんの耳に近づいて行った。
ひゃ~、耳のお肌が赤ちゃんみたいにあどけない感じで可愛い。穴の中はすっごく綺麗だ。って、こんなときに私は何を考えてるんだ。
少しドキドキしながら、思いついた作戦を姫華さんの耳の穴の向こうに提案してみた。
「あ、いいじゃん、それ」
「でも、相手が都合良く動くかどうかは……」
「大丈夫。紗雪ちゃんは後ろに隠れて準備をしてて。私がどうにかしてみるからさ」
姫華さんが剣を鞘に入れて弓矢を構えた。そして弦を引いてデッドアドベンチャラーにしっかりと狙いをつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます