第82話 特別なイベントクエスト

 広場中央の奥へとやって来た。ここにはクエストの書かれた石版が地面からいくつも生えてきている。

 リルリルさんが言うに、今日は特別なナイフが報酬になっているイベントクエストがあるそうだけど……。


「あっ、あれかな?」


 10人くらいの高校生男女がひとつの石版に注目している。その石版は他のよりも大きいいし、輪郭が少し光っているから目立っている。

 んー、割り込む勇気は私にはないかな。後ろに並んで待つことにする。


 高校生たちはきゃいきゃい、きゃいきゃい、楽しそうに盛り上がっている。でも、いろいろな相談をした果てに、どうやらこのクエストは諦めることになったようだ。別の石版のところへと移動していた。


「あれ……。このクエストってもしかして良いのじゃないのかな……?」


 特別なイベントクエストって毎日あるわけじゃないから、ちょっと無理をしてでも挑むべきだと私は思うんだけど。

 私は大きな石版の前に立った。


 んげ……。ちょうど私の隣に大嫌いなクラスメイトたちが来てしまった。私をレッドゾーンに置き去りにした最低な人たちだよ。みんなガチ勢で装備がしっかりしてる。けっこう迫力があるよ。


 まあいいや。別に因縁をつけられてるわけじゃないし。わざわざタイミングを変えるのもイヤだから、クエストの内容をパパッと読んでしまおう。


『いやっほ~い☆ みんな元気してる~? あたし、ダンジョン神♪ あたしは元気だよん♪ 今回はちょっとレアなイベントクエストを開催するぜ◎ お願いしたいのは、デッドアドベンチャラーって言うモンスターの討伐だよん◇ 鎧を着た亡霊モンスターなんだけど、あたし怖いしー、みんなで討伐して安らかに眠らせてあげてちょ☆』


 ずこー。

 ダンジョン神にも怖いものってあったんだね。ちょっと意外だったよ。


「ギャハハハ、なにこれうける」

「亡霊モンスターってなんだよー」

「オバケってこと? 武器は当たるのか?」

「さすがに当たるだろ。モンスターだし」


「実はホラーって苦手なんだよなー」

「じゃあお前、前衛なー」

「うわ、鬼畜かよー」


 ギャハハハッって騒音公害みたいに大笑いしてる。

 なんかうるさい。さっさと読んで離れよう。


『報酬:5万ポン、月夜のナイフ(所持しているだけで攻撃+20の効果が発動するよん。イベントクエストだし奮発しちゃったぜ☆)』


 おおお、報酬金額が凄く高い。けど特筆すべきは月夜のナイフの方だ。攻撃+20の効果は大きすぎるよ。

 でも、懸念点があって――。


『攻略推奨レベル:65~95』


 う……。攻略推奨レベルが高すぎるよ。これじゃあリルリルさんが私を止めるよね。今の私じゃこのクエストの攻略は絶対に無理だ。


『※クエスト受注後に討伐対象の亡霊モンスターの強さが決定されるよん☆ 弱めの亡霊モンスターが当たればラッキー、難しいのが当たった人は頑張っちゃえ◎ ちなみにこのクエストは1回しか受注できないから注意してね☆』


 なにその仕様。攻略推奨レベルが65のモンスターと当たることもあれば、95のときもあるってこと?

 怖いなー。私は95が当たったら生きて帰ってこれないと思うよ。亡霊モンスターを倒しに行って私が亡霊になってしまうんじゃないかな……。


「うひゃー、攻略推奨レベル高くねー?」

「ギャハハハ、大丈夫だろー」

「余裕余裕~♪」


「4人がかりで攻略推奨レベル80のやつを倒したことあったろー」

「だなー。じゃ、うけるかー」

「「「おーっ」」」


 うわー、ほぼ何も考えずにイベントクエストを受注して賑やかに去って行ったよ。あれくらい軽いノリの方がダンジョンを楽しめるんだろうか……。いやあ、あれはただの命知らずだと思うなあ。


 心配してあげる筋合いなんてひとつもないけど、でもやっぱり少し心配だな。あまり無茶なことをしないといいけど……。

 あれ? あの人たち、なぜか足を止めて私を振り返ったぞ。


「あ、そうそう」


 赤い髪の女子が私に声をかけてきた。私、面倒くさそうな顔をしてしまったと思う。


「お前はこのクエストを受けるのは絶対にやめとけよー。雑魚中の雑魚のお前なんかじゃ、絶対にすぐに死んじゃうからさー」

「「「ギャーーーッハッハッハッハ」」」


 信じられないくらいに大笑いされてしまった……。


「お前、親切だなー」

「別に死んでくれたっていいやつなのにさー」

「いいだろ、忠告くらいしたってさ。もしもダンジョンで死んだら何年も死体を放置されそうな可哀想なやつなんだからさ」

「言えてるー。キャハハハハッ」


 余計なおせっかいを働いてきていっぱい私のことを笑いながら、今度こそあいつらは去って行った。

 その後ろ姿を見送る……。まだまだあいつらは笑っていた。


「う……。ううう……」


 悔しい……。本当に悔しいな……。学校で一番バカにされたくない連中にバカにされてしまったよ。

 ぐすん……。涙が出ちゃいそうだ。もう泣く一歩手前って感じだよ。


「このクエスト……、受けたいなぁ……」


 でも、一人でこのイベントクエストを受注する勇気は私にはない。そんな情けない私なんだから、バカにされて当然なんだよね。


 あああ、涙がじわっと浮かんできてしまった。泣きたくないから止めないといけないのに。でも、我慢できそうになくて――。

 もう涙がこぼれそう。そんな瞬間だった。


「よーし、紗雪ちゃん。私と二人でこのイベントクエストに挑戦しようか~」


 私の両肩にポンと手を置いて、後ろからぎゅ~っと抱きついてきた女性がいた。その声は凄く優しくて、艶っぽいところもあって……。

 こんな声の主を私は一人しか知らないし、背中にぽよんと押し当てられている大きすぎる膨らみの持ち主も一人しか知らない。


「え、姫華さん?」

「うん。やっほー」


 振り返ってみると、姫華さんが聖母みたいな優しいスマイルを見せてくれた。



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