第81話 予備の武器
リルリルさんの露店へとやってきた。
今はお客さんはいないようだ。というかリルリルさんは広場に来たばかりっぽい。商品を楽しそうに並べている最中だ。
「こんにちは、リルリルさん」
「あ、紗雪さん。こんにちはー」
笑顔で挨拶をしてくれた。でも、リルリルさんが少し心配そうに首を傾げた。
「紗雪さん、どこか具合でも悪いのですか?」
「いえ、元気ですけど」
「どう見ても元気がなさそうですが……」
リルリルさんとは毎日のように顔を合わせているからだろうか。私の表情から今のメンタル状況がよくないことを察されてしまったようだ。
「私、今日、一人なんですよね……」
リルリルさんが首を傾げた。説明が足りなかったみたいだ。
「昨日はダンジョンに来るときに一人じゃなかったなーって……」
「ああ! 昨日は先輩さんとご一緒でしたもんね。先輩さんは今日は……」
「今日は一緒じゃないんです……」
「それはしょんぼりですね……」
二人で同じようなしょんぼり顔になってしまう。
なんだかリルリルさんに申し訳ないな。暗い話をしに来たつもりじゃなかったし。
「ま、まあでも大丈夫ですよ。これからダンジョンを冒険してすっきりして来ますから」
明るい顔をムリに作ってみた。そういうのは苦手だからちゃんとできてるかは分からないけど、リルリルさんは安心してくれたみたいだ。
「それでこそ紗雪さんですね。きっとそのうちまた先輩さんと一緒に冒険できる日が訪れますよ。元気だしていきましょう」
「はいっ。とりあえず、ポーションを売ってもいいですか?」
「もちろんです。いつもありがとうございます」
画面をポチポチ操作してポーションの売買をした。売買が成立してリルリルさんの所持している空き瓶の中に私の作ったポーションがシュッと空間移動した。
私は綺麗になった空き瓶を使ってすぐに〈ポーションクリエイト〉を開始する。これでまた20分後にポーションができあがるよ。
「紗雪さん、今日はこれからクエストですか?」
「いえ、今日はレッドゾーンで薬草とマナの輝石を探してみようって思ってます。けっこう効率が良いんじゃないかって思いまして。……あ、そうだ。その前に、リルリルさんに相談したいことがあるんでした」
「商売の話ですか?」
「いえ。冒険者の皆さんって普通は武器を何個くらい持ってるのかなって思いまして」
「ははー。なるほど、武器の数ですかー。紗雪さんは今もハンマーだけですか?」
「はい、リルリルさんがくれたハンマーがお気に入りですので」
「ありがとうございます。あのハンマーなら性能はじゅうぶんですよ。もちろん冒険者さんによっては様々な種類の武器を所持されていたりしますけど。人それぞれって感じですね」
リルリルさんの露店には武器がいくつか並べられている。刃物だったり鈍器だったり、爆発物もあるっぽいね。
「あのハンマーには満足してるんですけど……。私、このまま武器ひとつだけでいいんでしょうか。先日のクエストでちょっと心配になってきたんです。たとえばハンマーが遠くに飛ばされてしまったり、両腕を拘束されたりしてしまったら……。もうどうにもならないなって思いまして」
なるほどなるほど、とリルリルさんが深く頷いてくれた。
「紗雪さんのおっしゃることはよく分かります。その心配はごもっともですね。筋肉もりもりの男性なら素手で切り抜けることができますけど」
「私、筋肉なんてないです」
「花盛りの女の子ですもんね」
「他の女の子はどうしてるんでしょうか……」
会話をしながら広場にいる女性たちを観察してみる。パッと見は武器をひとつしか持っていないようだけど、アイテム空間に入れてるかもしれないよね。ちょっとよく分からないな。
「みなさんわりと武器を何本か持ってると思いますよ。たとえば武器を新しく購入しても古いのをそのままとっておいたりとかで」
ああ、なるほど。新しい武器を買ったら元々使っていた武器は予備として手元に残るよね。
「しっくりくる武器が見つからなかったとかで何種類も武器を購入された方もいます」
そういう人ももちろんいるよね。私は何の疑問もなくハンマーひとすじで戦ってきたけど、たくさんの武器を試してみた人だっているはずだ。
「それに予備の武器を念のために購入しておく方もたまにいますね」
「やっぱりそういう人がいるんですね。念のため、私ももうひとつくらい武器を持っておきたくなりました」
「その方が安心かもですね。……たとえばですが、紗雪さんの場合ですと刃物の武器をひとつ持っておくと安心かもしれないです。モンスターの中には打撃に強くて刃物に弱い、なんていうモンスターもいますから」
へえ、そんなモンスターがいるんだね。素直にリルリルさんの提案に乗ってみようと思う。
「リルリルさん、刃物の武器を見せてもらってもいいですか?」
「はい……と言いたいところなのですが」
リルリルさんがちょっと苦笑いをした。
「タイミングが微妙すぎると言いますか……。商売人としてこんなことを言うのはどうかと思うのですが、うちで武器を購入するよりもずっとおすすめすることがありまして」
「え、別のお店ということですか?」
「いえ、違うんです。特別なイベントクエストがたまたま本日開催されているんですよ。その報酬がちょっと特別なナイフなんです」
「ナイフ? クエストの報酬でですか?」
「はい。特別なイベントのときは武器や防具が報酬になることがあるんですよ。そちらを検討するのがベストだと思いますよ」
「なんともバッチリなタイミングだったんですね」
「ですねー……。ただ、難易度がけっこう高いのが心配でして……。紗雪さんをおひとりで送り出すわけにはちょっといかないと言いますか……」
リルリルさんが広場を見渡す。
「先輩さん、どこかにいないですかねー……」
けっきょく姫華さんがいないって話に戻ってしまった。今日は一回も会ってないからなぁ。姫華さんが学校に来てるのかも分からないっていうね。
「私、とりあえず、そのイベントクエストをチェックしてみますよ」
「はい。でも決しておひとりでは行かないでくださいね。無謀と勇気は別物ですからね」
「分かってます。元々怖がりですから。危ないと思ったら絶対にやらないですよ」
そもそも今日の落ち込んだテンションじゃあ、強いモンスターと戦おうなんて微塵も思えないよ。
私はクエストの石版がたくさん並んでるところへと歩を向けた。
さてさて、いったいどんなイベントクエストが出ているんだろうね。
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