第76話 VSイーヴァルウッドフォーク2

 私はいったんイーヴァルウッドフォークから距離を取った。背負ったままだったサメのリュックを隅に放り投げる。


 あ、姫華さんをしばらく放置してしまっていた。無事だろうか。

 イーヴァルウッドフォークの枝を警戒しつつ、空中で枝に拘束されたままの姫華さんを見てみた。

 よかった。怪我はしていないみたいだ。


「姫華さーん、大丈夫ですかー」

「ぎゃーっ。い、今、ちょっと人には見られたくない状態かもー」


 今の姫華さんは大変な状態だ。両手足を枝に拘束されたままで身動きが取れない状態だし、身体の上にアシッドスライムが乗っかっているんだよね。そのせいで服がボロボロに溶かされてしまっている。


「た、たしかに大変そうです」

「でしょー。恥ずかしいどころじゃないよー。スライムごときが好き放題にしてくれちゃってさ~。きみ、あとで見てなさいよ~」


 姫華さんがジタバタする。でも枝からは解放されないし、スライムが身体から落っこちたりもしなかった。


「姫華さん。どうにかして姫華さんを拘束してる枝を攻撃しますね」

「あー、大丈夫大丈夫。反撃の糸口は見えてるから。ちょうど今、準備が終わったところだよ」


 姫華さんが自由に動く指でアイテム空間を操作した。そしてアイテム空間から1本の矢を取り出して握りしめる。


「姫華さん、矢で戦うんですか?」

「うん。私、〈アロークリエイト〉で矢ができあがるのを待っていたんだ」

「でも、弓が使えないと……」

「大丈夫だよ。矢にスキル〈ポイズンマスター〉で毒を付与して――」


 おおお、矢じりが紫色に変わった。しかも毒の泡みたいなのがポコポコって出てきたよ。


「これを枝に突き刺すんだよ!」


 手と指の力だけで姫華さんが矢じりを枝に突き刺した。

 姫華さんが矢じりに仕込んだ毒が、イーヴァルウッドフォークの枝の内へと流れ込んでいく。


 毒が相当強いのか、あるいはそもそもイーヴァルウッドフォークが毒に弱い生き物だったのか――。枝がみるみる紫色に変わっていく。見るからに枝が弱々しくなっているね。あれなら姫華さんは枝の拘束を解けるんじゃないだろうか。


「やったー! 自由になったぞー!」

 姫華さんが右手を振り上げた。やっぱり枝から解放されたね。

「さあ、反撃開始だよ。可愛い後輩の前で私に恥をかかせたこと、絶対に後悔させてあげるんだからねっ」


 姫華さんが腰にぶら下がっている剣を抜いた。そして、華麗な剣さばきで自分を拘束していた枝をすべて切り捨てた。

 空中で自由になった姫華さんが地面へと落下していく。


 一瞬、ひやりとしたけど、姫華さんは空中で華麗に身体をひねってバランスを取り戻した。そしてまるで花びらが地面にふわりと舞い降りるかのように、姫華さんは美しく着地した。


 姫華さんが立ち上がる。

 ブレザーとブラウスはボロボロだ。ブラジャーもボロボロ。アシッドスライムに溶かされたせいだ。お腹は丸見えだし、スカートだって穴だらけだ。


 そんな状態でも姫華さんは綺麗って思えるんだから凄いなって思った。

 イーヴァルウッドフォークに向かって姫華さんが駆け出す。


「紗雪ちゃん、あいつは私が倒してあげるからねー」


 ハッ、まずい。このままじゃあ先を越されてしまう。

 私、イーヴァルウッドフォークにいっぱい痛い思いをさせられたのに、まだ何もやり返してないよ。このままじゃあ絶対にスッキリしない。


 イーヴァルウッドフォークを見てみる。私に向けて枝を伸ばしているところだった。

 その枝を野球選手みたいなスイングで吹っ飛ばした。


「あいつは絶対に私が倒しますっ。やられたままでは終われないですからっ」

「いいねっ。その意気だー」


 私は全力疾走でイーヴァルウッドフォークに向かって走り出した。新しい枝が生えて私に向かって伸びてくる。


 その枝をハンマーで強打して遠くへと弾き飛ばした。

 イーヴァルウッドフォークの幹がどんどん紫色に変わっていく。枝が受けた毒が回ってきているようだ。ほっといてもあの毒だけで死ぬかもしれない。でも、それじゃあ面白くないよね。


「とりゃーっ!」


 私はイーヴァルウッドフォークの幹を思い切りハンマーで殴りつけた。

 ミキミキミキ――。イーヴァルウッドフォークの内部で何かを押しつぶした感じがある。きっと良いダメージになったんじゃないかな。このまま攻撃をたたみかけよう。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ハンマーで殴って殴って殴りまくった。

 目の端に姫華さんが見える。私には出せないような攻撃速度で踊るように剣を振り回している。


 き、綺麗だ。あまりにも動きが綺麗すぎる。死に物狂いで力いっぱいにハンマーを振ってる私は綺麗さなんてカケラもないと思う。姫華さんはきっと私とは根本的に違う生き物なんだろうな。ずっと見ていたいけど、それよりもイーヴァルウッドフォークに攻撃をしたい。


「あっ、嘘っ」


 伸びてきた枝が私の腰に巻き付いてしまった。強引に引っ張り上げようとしてくる。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。負けるかーっ!」


 私は腹筋と足の裏に気合いを入れまくって踏ん張った。そして、幹を睨みつける。殺られる前に殺るんだ――。


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


 大きな声をあげながら攻撃し続けた。

 私のハンマー攻撃で幹がどんどんへっこんでいく。姫華さんの剣で幹がどんどん斬り刻まれていく。そして、毒がイーヴァルウッドフォークの全身にめぐりきったようだ。


 なんとなく分かる。もうイーヴァルウッドフォークの限界が近いことに。

 私の足首に新たに枝が巻き付いた。でも、もう力が弱い。私を遠くへ引き離すことはできないと思う。


「さあ、とどめだよ!」


 私はハンマーを上段に構えた。そして渾身の一撃をお見舞いしてあげた。

 ざわざわざわっ!

 枝や葉が一斉にざわめいた。そして、イーヴァルウッドフォークの幹が強い痛みのせいか伸び上がるような動きを見せた。あと、悲鳴っぽい声を大きくあげている。


「ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」

「お? 紗雪ちゃん、倒したみたいだね~♪」


 イーヴァルウッドフォークの生命力が尽きていくのを感じる。長い枝がへなへなと力なく地面に垂れていく。


 幹の部分は朽ちた古木のようにみるみる変わっていった。幹にあったはずの怖い顔はいつの間にかなくなってるね。ただの枯れ木みたいになってしまった。

 私は汗をぬぐった。けっこう耐久力の高い敵だったな。


「姫華さん、お疲れ様です」

「うん、紗雪ちゃんもね」


 姫華さんが瞳の傍で横ピースをしてくれた。それがあまりにも可愛い仕草だったものだから、私はついつい心がきゅんとしてしまったよ。



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