第74話 先制攻撃

 30分くらいは歩き続けた。

 何度も小道に入って何度も広いエリアに出た。レッドゾーンのかなり奥地に入ってきてると思う。


 私一人だったら絶対にこんな奥地までは来なかったと思う。

 緊張感があふれだしている。そこらじゅうから見られているような恐怖感がある。何度も左右や後ろを確認した。油断をすればすぐに命を刈り取られてしまう気がしたから。


 このまま奥地に進んでいっても大丈夫なんだろうか。姫華さんはぜんぜん怖がっている様子はない。このくらいの場所なら、きっと普段から来ていて慣れているんだと思う。


 私はだんだん口数が少なくなってきた。周囲に意識を張り巡らせるばかりになっている。

 歩いているだけで圧迫感が凄いよ。


 きっとこの先には、今の私じゃあ手も足も出ないような怪物級のモンスターが山のように待ち構えているはず。私は基本的には臆病でおとなしい方だから、もうこれ以上は奥の方には行きたくないなと思い始めた。


 何度目かの小道に入った。そしてまた次の広いエリアへと出る。

 相変わらず湿度が高い。じんわりと汗をかいてるよ。ブラウスが肌に張り付くのはちょっとイヤだった。


 カチャリと何か金属音がした。

 姫華さんが腰に提げている剣の柄に手を当てているね。


「……何かいる気がする」

「え、モンスターですか?」

「うん。でも大丈夫だよ。安心して。私が先輩として超かっこいいところを見せてあげるからね」


 まだ私は察知できていない。すぐに右と左と上を確認した。……大丈夫。何もいないはずだ。後ろも確認したけど大丈夫だった。

 姫華さんが弓をアイテム空間にしまった。なぜ武器をしまうんだろうと思った。


「あの、弓をしまっちゃってもいいんですか?」

「矢がちょうどきれちゃったから、スキル〈アロークリエイト〉で矢の補充を始めたところで……。んんっ?」


 姫華さんが何かをイヤがるような素振りを見せた。慌てて自分の足下を確認している。


「あ、しまっ! きゃああああああああああああああああああっ!」

「えええっ! 姫華さん! 何があったんですか?」


 姫華さんが急に左足を持ち上げられるようにして高いところへと浮かび上がってしまった。そしてそのまま引っ張られるようにして左側の木々の奥へと消えていく。

 私、一人ぼっちになってしまった。心細さや不安感がすさまじい勢いでこみあげてきた。


 姫華さんの今の動き、明らかに普通じゃなかったな。たぶん何かに強引に引っ張り上げられたんだと思う。何が原因なのかはあまりにも一瞬すぎて分からなかったけど――。


「姫華さーん!」


 木々の奥に向かって叫んでみた。でも、返事は帰ってこなかった。

 何か大変なことが起きているのかもしれない。姫華さんが強烈なモンスターに食べられていたらどうしようか。


「そんなことになったら大変だ……」


 ダンジョンは普通に人がパタパタ死んでいくところだ。何かあってからじゃ遅い。すぐに姫華さんを追いかけないと。私は左側の木々の奥へと走って行った。

 うわ、道から逸れて樹海の中に入るとますます湿度が上がる。イヤだけど気にしないことにして走った。


 木を一つ、二つ、三つとどんどん通り過ぎて行く。そして12本目の木を通り過ぎた。ここからすぐ先に少し開けた地面があるみたいだ。


 その開けたところの中央に少し朽ちた感じの太い植物が立っていた。

 高さは4メートルくらいかな。怖そうな感じの真っ黒い目と口がある。それに腕みたいな太い枝があって、そこから細い枝が何本も伸びていた。

 その枝の数本を目で追っていくと……、なんと空中で姫華さんが完全に拘束されていた。


「姫華さん、大丈夫ですか!」

「くっ、完全にしてやられちゃったよ。紗雪ちゃんにかっこいいところを見せてあげようと思ってたのにな」


 植物の枝は姫華さんの両手首と両足首にぐるぐる巻き付いている。あれじゃあ姫華さんは武器を取れないし戦えないと思う。それに完全に浮かんでるから地面に足をついて踏ん張ることもできない。


「あのままじゃあ姫華さんは好き放題にやられちゃう」

 木をもう一度見た。


『イーヴァルウッドフォークとアシッドスライムが現れた』

 メッセージウインドウが現れてそう告げてきた。


「あれが攻略対象のイーヴァルウッドフォーク――。って、あれ? アシッドスライム?」


 よく見てみればイーヴァルウッドフォークの根元付近にピンク色のスライムがいた。あれは服を溶かすエッチなスライムだ。アシッドスライムっていう名前だったんだね。


 そのアシッドスライムがぴょんぴょん飛び跳ねて太い植物の幹を上っていく。そして枝に乗り、ぴょんぴょん枝を進んでいく。

 アシッドスライムの進む先に何があるかを確認する。あ、拘束されて身動きがとれない姫華さんがいるね。


「姫華さーん、エッチなスライムがそっちに行きましたー。アシッドスライムって名前みたいですー」

 明らかに姫華さんがゾッとしていた。


「ちょっ、ええええっ。ちょーーーっ、ちょーーーっ! 嘘でしょ! 私、まったく身動きがとれないんだけど」

「姫華さん、これって大発見じゃないですか。アシッドスライムはイーヴァルウッドフォークと共生関係にある。そして連携して冒険者に襲いかかる。攻略サイトに情報を提供できるんじゃないですか」


「確かに情報提供できそうだけどーっ。できそうなんだけどねーっ。お姉さん、ちょっとそんな悠長なことを言ってる場合じゃなさそうなんだよねーっ。このままだと可愛い後輩にとんでもない醜態をさらすことになっちゃいそうでさーっ」

「それは超頑張ってください」


 グッとサムズアップした。

 姫華さんが手足をどうにか動かそうとしてジタバタする。


「この状況で何をどう頑張れって言うのーっ。って、あーっ、私の脚を広げないでーっ」


 お……おおお……。足首に絡まっている枝が姫華さんの脚を完全に開いてしまった。おかげでスカートの中身が丸見えに……。


「か、かっこいい……」

「ど、どこを見て言ってるのーっ」


 大人っぽくて色っぽいショーツだった。お肌にしっかりフィットしてるし、ところどころ透けている。そ、それに……食い込んでる気がする……。あれが学校一の美女のスカートの中なんだ。勉強になるね。

 私も一年後にはああいうのを穿いてるんだろうか。いやー……、私は子供っぽいし、姫華さんみたいなセクシーさはカケラもないから一年後はまだまだムリかなぁ。


「紗雪ちゃん、紗雪ちゃん、見てないで助けてーっ」

「はっ、姫華さんの決死のサービスシーンを堪能してしまった」

「サービスシーンなんて提供するつもりなかったよーっ」


「でもいろいろと勉強になりました」

「何を勉強したの? ねえ、何を勉強したのーっ?」


 ポッと顔が真っ赤になってしまった。恥ずかしくてとても言えない。ショーツがとってもエッチでしたなんて。


「わ、紗雪ちゃん可愛い」

「きょ、恐縮です」

「照れながらでもいいから私を助けて欲しいなー」


「ご、ごめんなさい、私の力だとちょっと助けられそうにないです。枝が高すぎて届きません。だから、頑張ってくださいね!」

「どう頑張ればこの状況を打破でき――。って、んんんー?」


 うわ、イーヴァルウッドフォークの枝が何本も姫華さんに迫っていく。姫華さんが明らかにゾッとしていた。


「い、いやあああああっ。なんか枝がうにょうにょしながらこっちに伸びてくるんだけど。な、何をする気かなー。いたいけな私に何をする気かなーっ」

 う、うわあ……。枝がうにょうにょと蠢きながら姫華さんの身体を撫で始めた。

「な、なんかエッチ……」


 姫華さんがなんともいえない表情で身体をくねくねさせ始めた。とてもセクシーな動きで見ていて恥ずかしくなってしまった。


「はあっ、はあっ、はあっ、わ、私、全身敏感肌みたい人だからっ、そんなふうに撫でられたら変な声……出ちゃっ。あひゃん!」


 さっそく出ていた。ああいう声って本当に出るんだ。

 私、本当に照れてきちゃったな。顔がぽっかぽかだ。


「ふわあ……、女の人って本当に触手に弱かったんだ……」

「さ、紗雪ちゃん、これは触手じゃなくて枝だよ、枝。って、ああああああっ、枝が服の中に入ってきちゃったあああああっ。それにアシッドスライムがもう太ももまで来ちゃってるよおおおおおおおっ」

「た、大変だ。ずっと見ていたいから名残り惜しいけど……」


 私はギロッとイーヴァルウッドフォークを睨みつけた。ハンマーをしっかりと握ってイーヴァルウッドフォークの顔に向ける。


「よくも姫華さんを殺ってくれたね!」

「や、殺られてはないよ! エッチなことをヤられてはいるけどさ!」

 ツッコミが的確でびっくりした。

「お、女の敵は私の敵、あなたは私が倒すから覚悟してね!」


 威嚇だろうか。イーヴァルウッドフォークは両腕のような枝を大きく振った。ついでに姫華さんが大きく揺らされていた。


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 まるで私をバカにしたような笑い声だった。私をだいぶ格下だと思っているみたい。

 バカにしていられるのも今のうちだよ。目に物見せてあげるからねっ。



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