第73話 進化したスライム

「いる? 姫華さん、何がいるんですか?」

「スライムだよ。ほらほら、あそこー」


 姫華さんが上の方を指している。見てみると木の枝の上にスライムがいた。ぽわ~っとした表情で虚空を見つめている。


「本当ですね。普通のスライムよりもちょっと大きい……」

「レッドゾーンのスライムはだいたいちょっと大きいよ」


 一回りか二回りくらい大きい感じだ。でも、大きいだけで形は普通のスライムと何も変わらないね。


「色はピンクなんですね」

「そだねー。ピンクはエッチなやつだよー」

「は?」

「エッチなスライムだよ」


「エッチってあのエッチなやつですか?」

「そうそう、そういうエッチなやつ」


 姫華さんと目を合わせる。姫華さんが楽しそうに笑顔を見せた。その笑顔があまりにも美しすぎて私は口に手を当ててはわわわって感じにもだえてしまった。


「あれー? 紗雪ちゃんってエッチなの好きだったの?」

「いえ、けっして好きではないですよ」


「でも、すっごく嬉しそうじゃん?」

「それは完全に勘違いです」

「あー、もしかして私のサービスシーンでも想像しちゃった?」


 頭の中で姫華さんのサービスシーンを想像してしまう。きっと私なんかと違って芸術的な価値が高いんだろうなって思った。


「紗雪ちゃんがもの凄く見てみたそうな顔をしてるぞ?」

「し、してませんよ。それでけっきょく、あのスライムって何をしてくるんですか?」


「あははは、慌ててるー。紗雪ちゃん、かーわいい。あのピンク色のスライムはね、服だけを溶かしてくるエッチなスライムなんだよ」

「……は?」

「下着も含めてぜーんぶ溶かしちゃうんだよ。ね、エッチでしょ?」

「エッチすぎます」


 そんな恐ろしいスライムがこの世界に存在していたとは。いったい誰得なんだろうか。やっぱりダンジョン神?

 ダンジョン神は冒険者の服を溶かして、顔を真っ赤にして恥ずかしがってる姿を見たいんだろうか。良い趣味してるなーって思う。私は絶対に被害に遭わないぞ――。


「でも、姫華さん。スライムは進化して服を溶かす力を得たわけですけど、それでどうやってこのレッドゾーンの生存競争を生き抜いてるんですか?」

「攻略サイトの生態観察によるとね、あのピンク色のスライムは基本的には人間としか戦わないって書いてあったよ。モンスターとは戦っても負けちゃうから、ああやってどこかに隠れておとなしくしてるみたいだね」


「なるほど。人間以外とは戦わないんですね。つまりあのスライムの戦略としては、人間の服を溶かした後で恥ずかしがって弱ってるところを倒すって感じなんでしょうか?」

「うん、まあそうなんだけどね。でも、けっきょくはスライムだから――」


 姫華さんがスライムのいる木の幹に近づいた。そして良い感じの間合いで木の幹を見つめている。

 いったい何をするのかと思ったら、姫華さんは綺麗な脚を強烈に突き出して木の幹を思い切り蹴りつけていた。

 バゴンッと大きな衝撃音が鳴り響く。


 スカートが派手に揺れる。姫華さんの美しい太ももをたっぷりと拝むことができてしまった。

 幹や枝が大きく揺れる。これだけ揺れれば木の上にいる生き物はたまったものじゃないと思う。


「カブトムシとかを落とすのと同じ戦法ですね」

「そうだねー。まあカブトムシが落ちてきたのは見たことがないけどね……」

「私もないですね……」


 思い出すなぁ。小さい頃に近所の男の子たちが一生懸命に木を揺らしていたことを。でも、カブトムシもクワガタムシも落ちてきたことはなかったんだよね。


 まあ住宅街にある公園の木だったからね。そもそもかっこいい虫はほとんど住んでなかったんじゃないかな。

 あ、大量の葉っぱと一緒にポテッとピンク色のスライムが落っこちてきた。なにすんねんって顔をして姫華さんを見上げている。


「さあ、エッチなのはどの子かなー」


 と楽しそうに言いながら、姫華さんがピンク色のスライムに近づいて行く。そして片足を大きくあげた。

 ピンク色のスライムがその脚を見上げて絶望的な表情を浮かべた。あ、目がきょろっと動いて、チラッと姫華さんのスカートの中を覗いたぞ。最後に見る景色は綺麗なものだったか――。


「えいっ」


 姫華さんに踏んづけられてピンク色のスライムは絶命してしまった。そして嬉しいことにマナの輝石をドロップしてくれた。


「所詮はスライム。進化してもこんなもんなんだよね。多少は弾力が増してたりするんだけどねぇ……」

「弱っちすぎて切ないですね……」


「そうなんだよね……。私、このスライムに服を溶かされちゃう人はこの世に存在しないと思うなー」

「きっとその人は脱ぎたがりの変態さんですね」

「あはは、そうかもね。私も紗雪ちゃんも絶対に大丈夫だ」

「はい、間違いないですね」


 二人で笑顔を見せ合う。私たちはこのスライムの被害に遭うことは絶対にないだろうね。


「ということでレッドゾーンのスライムはこんなものだから、大量発生でもしない限りはそんなに警戒しなくて大丈夫だよ。安心してね」

「どのスライムも? ということは他の色のスライムもいるんですか?」


「うん。赤いのは火を噴いてくるし、紫色のは毒を吐くし、白いのは氷結させてくるよ。本当にいろいろといるね」

「でもぜんぶ弱っちいんですか」

「そうだね。それでこそスライムだよねー」


 さっきのピンク色のスライムのことを少し考える。

 確かに弱っちかったけれども。たとえ弱っちくてもさ、姫華さんのスカートの中を覗きつつ、姫華さんの御御足に踏んづけられて死ねたんだから本望じゃないだろうか。


 いやでも、そう考えてしまうと……。日頃、私に踏まれて死んでしまうスライムたちがちょっと可哀想にも思えてきてしまう……。どうせ死ぬのなら綺麗な人に踏まれて死にたいよね。



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