第67話 紗雪の日常5

 授業の合間の休み時間にパッと購買までやって来た。

 でも残念ながらパン屋さんはまだ準備中のようだ。店員のおばさんがテーブルの上にトレーを出して、パンをこれから並べ始めようかなっていうタイミングだ。


「あれ、またお腹が空いちゃったのかい?」


 おばさんに顔を覚えられていたようだ。ふくよかな女性で、パン屋のエプロン姿がよく似合っている人だ。


「こんにちは。お腹が空いたと言いますか……、授業中にお腹が鳴ってしまう前に先手を打とうと思いまして」

「こんにちは。あははは、鳴ったら恥ずかしいもんね」


「はい……。あと、私のお腹が鳴るとですね、他の人のお腹も連鎖反応的に鳴り始めるんですよ」

「懐かしいわー。おばちゃんが若い頃の教室もそうだったわよ。あ、話し込んじゃダメね。休み時間、短いでしょ。すぐにぜんぶ出すから、ちょっと待っててくれるかい」


 はーいと返事をする。

 おばさんが急いでテーブルの上にパンを出してくれる。出してくれたものから確認していこうか。


 うーん、悩ましいなぁ……。どれも美味しそうで……。

 1個だけ先に食べて、残りはお昼休みに食べる感じのプランでいきたいな。

 先に食べるパンは甘いチョコとかがいいだろうか、それともパワーがつきそうなのがいいだろうか……。


 最近、本当にお腹がよく空いて困るんだよね。ダンジョン通いをしまくってるからか、一日の必要カロリーが多くなっているのかもしれない。そこまで考えて、どのパンを買うかを決めないとね。


「さあ、どれにするかい?」

「ん~~~~~~~、チョココロネと、エビカツバーガーと……」


 そういえば、昨日マルタさんのクエストでけっこう収入があったんだった。じゃあ、ちょっとお高くてボリュームがありそうなのに行こうか。


「アップルパイでお願いします」

「あいよ~」


 お支払いをパパッと済ませる。


「今日も持って行くかい?」

 おばさんがラスクの入った袋を手に取ってくれた。私、目が輝いたと思う。


「え、いいんですか?」

「いいよいいよ。いつもじゃないけどね。これ、昨日のだから早めに食べてね」

「ありがとうございます!」


 ガラにもなく明るい表情で目を輝かせてお礼を言ったと思う。

 心から嬉しい。これで今日は元気に授業を過ごせそうだ。


 おばさんにお礼を言って、教室へと戻る。私は自分の机にパンを並べた。

 ふと、右斜め前方でいそがしくお弁当を食べている男子に気がついた。あの人はサッカー部だったっけ、野球部だったっけ、まあどっちでもいいか。とにかく体育会系の部活の人だ。


「あれと同類になるのか……」


 なんだかイヤだな……。でもお腹が空いてしょうがないから、気配を消してパンを一つ食べよう。


「んー、よし、チョココロネにしよう」


 チョコならそんなに匂いも出ないと思うし。ボリューム的にもちょっとお腹に入れるのにちょうど良い感じだと思うし。

 私は袋を開けてチョココロネを取り出した。そして、パクリと太い方からかぶりつく。

 うん、今日も良いチョコだ。うまうま。


「あれ、珍しい。千湯咲さんが早弁してるー」


 ギョッとした。私が早弁してる程度で話しかけてくる女子がいたとは。

 私の斜め後方からぴょこっと顔を出したのは、長い黒髪で眼鏡をかけた女子だった。ちょっと私とキャラかぶりしてる人だ。


鳶崎とびさきさん」

「うん。昨日ぶりだねー」

「そ、そうだね」


 普段、なかなかクラスメイトに話しかけてもらえないから、こういうときに緊張してしまう。


「購買のパンって美味しい?」

 鳶崎さんが私の机のとなりで歩を止めた。


「うん、凄く。購買の人も親切だし、私、常連さんになってる」

「へえー、私もこんど買ってみようかな。私はいつも食堂派なんだー」

「食堂ってどう?」

「安くて美味しいよ。定食がおすすめー」


 お値段とかメニューとかをいくつか教えてもらえた。けっこうリーズナブルだった。パンを三つも買うよりも食堂に行った方が安い場合が多いかもしれない。

 しかし、私は一緒に食べに行く相手がいないから食堂はハードルが高いんだよね。食堂でぼっち飯……。さすがにそれは、あまりにも花の女子高生らしくない。


「そういえばさー、昨日レッドゾーンに行ったんでしょ? どうだった? 危なくなかった?」

「全身斬り刻まれたよ」

「え……」


 ドン引きされてしまった。真っ青も真っ青だ。


「大きなカマキリに襲われちゃって」

「それって攻略推奨レベルはどれくらいなの?」

「65らしいよ」

「え……」


 またドン引きされてしまった。


「よく生きて帰ってこられたね」

「人間ってわりとしぶといみたい」


 そのあとに蜂の大群に襲われたときの方が死ぬって思ったかな。絶体絶命どころじゃなかったし。


「そうそう、昨日、蜂のモンスターに追いかけられてた女の子がいたって聞いたんだけど」

 ちょっとドキッとした。ちょうど考えていたことだし。


「蜂って大群化するとかなり危ないらしくて、目をつけられた学生冒険者がたくさん犠牲になってるらしいんだよ。それを聞いてさ、私、千湯咲さんのことが心配になっちゃって……。でも、元気そうだね。無事で本当に安心したよ」

「う、うん。ありがとう」


 それ、私のことだね……。みんなけっこう見てるんだなぁ……。

 チャイムが鳴ってしまった。私は残ったチョココロネを口に入れた。美味しかった。


「じゃあ、戻るね」


 鳶崎さんが小さく手を振る。うん、と返事をした。

 ふう……。私は窓の向こうを流れる雲を見つめた。チョココロネみたいな形の真っ白い雲だった。


 鳶崎さんから、こんど一緒に食堂に行こうねってお誘いはなかったか……。誘われてみたかったな。

 友達、欲しいなぁ。白い雲を見ながら、私はそう願うのだった。



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