第68話 お昼休みに目が覚めると

 くー……。くー……。くー……。

 私の寝息だ。お昼休みに自席で完全に爆睡をしている。


 私、髪が長いから顔を完全に隠せるんだよね。花の女子高生だから寝顔はさらしたくないし、髪が長くて本当に良かったって思うよ。

 お昼ご飯に食べたエビカツバーガーとアップルパイの味を思い出しながら、私は夢の世界の深くへと溶けていった。どっちも美味しかったなぁ。

 ……。……。……。


「……おーい、ちょっといいー? 起きてくれないかなー。うわあ、爆睡してるー。女の子が教室でこんなに爆睡してるのってなかなかなくなーい?」


 あれ、私、誰かに声をかけられてる?

 でも知らない声だし、声をかけられた相手は私じゃないと思う。再び夢の世界へと戻って行く――。


「千湯咲さん、お客さんだよー」

 あれ、鳶崎さんの声だ。

「おーい、千湯咲さーん。ちょっと起きてー」

 私の名前が呼ばれている?


「……え?」


 私は顔をあげた。あ、口からよだれが出てしまった。慌ててぬぐおうと思ったら私の正面にいた女性が口元を拭いてくれた。凄く良い香りのするハンカチだった。


「起こしちゃってごめんね」

「……ふわあ」


 なに? なに? なんなのこの状況。起きてみたら目の前に天使が降臨してるんだけど。


「先輩、それじゃあ私はこれで」

「うん。起こしてくれてありがとねー」


 鳶崎さんがニコッとしてから自席へと戻って行った。やっぱり声の主の一人は鳶崎さんだったんだね。

 改めて私の正面にいる天使のような女性を見てみる。あ、分かった。昨日、ダンジョンで出会ったあの先輩だ。学校で一番綺麗って言われてるあの先輩だと思うんだけど……。


 昨日はボロボロの状態だったけど、元気な姿で会うとますます美しい人だって思った。

 髪型はハーフアップで、髪色は明るい。パッチリした瞳は南国の海みたいに澄み切っていて、唇はうらやましいくらいに鮮やかな色をしている。ほっぺはほのかにピンク色で可愛らしい。


 ボディバランスは制服に隠れていてもはっきりと分かるくらいに整っている。たぶん、男子が大喜びしそうな体型じゃないかな。出るところは出過ぎているし、くびれもバッチリ。脚だって長くて形が綺麗だから。

 まるで美人のお手本みたいな人だなって思った。


「よく分からないですけど」

 ん? って感じに先輩が首を傾げた。

「きっと人違いだと思いますよ」


 だってこんなにも綺麗な人が、私みたいな地味を絵に描いたような女子に声をかけてくれるわけがないし。ということで私はまた幸せな夢の世界にダイブ――。

 しようと思ったけど両肩をガシッとつかまれて止められてしまった。


「ちょーっと待ったー。きみだよね、昨日、私を助けてくれた命の恩人は」

「命の恩人……」

「ファーストキスの相手は見間違えないぞ?」


 ファーストキス――。忘れていたのに思い出してしまった。急に恥ずかしくなってみるみる顔が熱を持ってしまう。


「あはははっ、照れちゃって可愛いー」

「ひゃ~……。せ、先輩、わざわざ私なんかを訪ねてきてくれたんですか」

「うん。ファーストキスをしてくれた相手が後輩ちゃんって言うのは分かってたからね。1組から順番に教室を覗いて探してみたんだ」


「……それでよく私を見つけられましたね。顔を髪で隠して眠っていたのに」

「ファーストを奪ってくれた相手ってね、視界に入るだけではっきりと認識できるんだよね」

「はあ……」


 先輩の唇を見る。ぷるるんとしていて可愛かった。

 昨日、私はあの唇を奪ったんだなぁ。凄いことをしてしまったんだなって今さら思ってしまう。この思い出は一生残しておこうっと。もうこんな奇跡みたいなことは二度とないだろうし。


「また、しよっか?」

 視線に気がつかれてしまった。先輩が唇にひとさし指を当てて妖艶な瞳を作った。

「ふあああああ~……」


 男子が好きそうな表情だ。私も好きかも……。でも、見てて恥ずかしくなってしまう。


「あはは、照れてやんの。純情だなー。あ、きみって名前はなんて言うの?」

「千湯咲紗雪です」

「紗雪ちゃんかー。私は白銀姫華しろがねひめかだよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ、連絡先を交換し合おうかー」


 白銀先輩がやたらとデコられているスマホを取り出した。よく見れば先輩はマニキュアで爪をおしゃれにしてるね。私とはおしゃれの格が違う。これぞ本物の花の女子高生って感じたよ。

 ちなみに私は、スマホは地味なカバーだし、爪には何もしていない。だからきっと私は花の女子高生じゃなくてなんちゃって女子高生なんだ……。


「はい、QRコードを出したよー」

「QRコード?」

「あれ? 知らない? カメラでQRコードを読み取るとフレンド登録できるんだけど」


 白銀先輩が私の横に回ってくる。

 すっごく良い香りがして脳みそがとろけそうな気持ちになってしまった。これ、男子だったら一発でメロメロになるやつでは。


「これをこうして、こうして――」

 白銀先輩が私のスマホを操作してくれる。


「あ、お父さんとお母さんしか登録してないのがバレそう」

「あはははは、口で言っちゃってるよ。紗雪ちゃんは面白いなぁ」


 確かに。私はバカかもしれないな。でもしょうがないよ。だって自分史上、圧倒的に一番の美女がすぐとなりにいるんだもん。舞い上がらずにはいられないでしょ。


「はい、登録完了っと。私、紗雪ちゃんの一番目のお友達なんだ。すっごく嬉しいな」

「お、お友達……?」

「うん。私たち、もうお友達だよ。ということでお友達になった記念でさ。今日の放課後に、私と一緒にダンジョンに行こうぜ!」

「……へ?」


「お姉さんとの約束だぞ?」

「……え?」

「じゃあ、チャイムが鳴りそうだから教室に帰るねー。また放課後にねー」


 白銀先輩が笑顔で手を振って去って行く。

 あ、ドアの手前でピタッと止まった。振り返って一番の笑顔を見せてくれたと思う。


「昨日は本当にありがとう。紗雪ちゃんは私のヒーローだよ。超かっこよかった!」


 白銀先輩がドアの向こうに消えて行った。

 心臓がドキドキしてる。私、今、あの綺麗な先輩と会話をしていたんだよね。しっかり記憶に残ってるのに、現実感がぜんぜんないんだけど。本当に天使みたいに綺麗だったー。


「ふわあ……」


 ずっと欲しかったお友達がついにできたんだよね……。お友達ってこんなにあっさりできるものなんだ。私、舞い上がってしまいそう。

 鳶崎さんがテンション高めにやってきたぞ。


「ね、ね、ね、千湯咲さん。白銀先輩とどうやって仲良くなったの? すごく羨ましいんだけど」


 鳶崎さんは学校で一番綺麗な白銀先輩の大ファンだったんだそうだ。かいつまんで昨日のことを話してみたら、目を輝かせて最後まで聞いてくれた。しかも、会話がけっこう盛り上がってしまった。

 教室でクラスメイトと盛り上がるって何年ぶりくらいだろうか。今日はすっごく良い日になったなって感じた。



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