第64話 キラーホーネットから逃げろ!
逃げろー、逃げろー、逃げろー。うおおおおおおおおっ。
キラーホーネット30匹に追いかけられ続けている。しつこいなんてものじゃない。
「もうー、しつこい人は嫌われるんだよー。あれは人じゃなくて蜂だけどー」
ノリツッコミをしたりしながら、走って走って走り続けた。
あ、ちょっとぼーっとした感じのげっ歯類のモンスターが行く手を塞いでいる。両足で立っていて、人間みたいに3匹くらいで集まって談笑してたから――。
「ちょっとどいてっ」
って言って横に突き飛ばすみたいにして道を開けさせた。本当にごめん。でも、命のかかった緊急事態だからどうしようもなかったんだ。
私がモンスターを突き飛ばした2秒後に「ギョエーッ!」って感じのモンスターの悲鳴が聞こえてきた。モンスターからしてもキラーホーネットって驚異だったようだ。刺されていたらごめんなさい。
小道に入って広いエリアに出て、小道にまた入ってまた広いエリアに出た。
「うわ、すごいお花畑だ」
視界いっぱいがお花畑。様々な花が咲き誇っている。綿毛花もたくさん咲いていた。
「ご、ごめんねー」
お花畑に突っ込んで行く。踏み荒らしてしまって申し訳ないけど、キラーホーネットがまだしつこく追いかけてきているからどうしようもない。
「うお、なんかすげーダッシュしてる女子がいんぞ」
「パンツ見えそうだな」
「やべ、あの子、好みかも」
なんて言ってる3人の体格の良い男子たちがいる。
たしかに私、全力ダッシュのしすぎてパンツが見えそうな状態かもしれないけど、命がけの状態な私を見てそんな感想を持つなんてバカじゃないかな。
「俺、ちょっと声をかけてくるわ」
「えーっ、お前、本命で狙ってる女子が別にいるだろ」
「最低なやつだな。ギャハハハハ」
防具を装備していて頭にバンダナを巻いた男子がこっちに近づいてくる。
しかし、私は完全に無視した。ダッシュで次の小道へと走り込んでいく。
「ねえ、そこの可愛い子ちゃーん、ちょっと待ってー」
他の男子が絶叫のような声をあげた。
「あ、おい、アホかっ! 後ろをよく見ろーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「は? 後ろ? って、嘘だろ、おいおいおいおいーっ」
「ちょっ、なに武器を持って戦おうとしてるんだよ! レッドゾーンの蜂は見た瞬間に逃げるのが鉄則だろが。死ぬぞお前ーーーーーーーっ!」
「うぎゃあああああああああああああっ! 痛てえええええええええええええええっ!」
「おい、すぐに助けに入るぞ!」
「バカ、助けにいくやつがあるか。蜂の大群は攻略推奨レベル100越えだぞ。あれで何人も犠牲になってるんだ! 狙われたら逃げるのが鉄則! ダンジョンではぜんぶ自己責任! 何もかもあいつが悪い! 早く逃げるぞ!」
「ぎゃああああああああああっ! 死ぬうううううううううううううううううううう! おい、なんで逃げるんだよおおおおおおおっ! 化けて出てやるぞおおおおおおおっ!」
「「バカ! こっちに来んなああああああああああああああああああっ!」」
バ、バカじゃないかなバカじゃないかな、死に物狂いで逃げている私を見て状況判断ができなかったのかな。女子に目がくらんで蜂に刺されるなんて冒険者としてありえないよ。
私は振り返らずに走りまくった。
「ふう……、ふう……、はあ……、はあ……、でも、これでようやくまけたかも……。あの人……大丈夫だったのかな……。毒消しを持ってるといいけど……」
別のルートからどうにか合流してポーションをあげに行った方がいいだろうか……。体力を回復できれば毒消しがなくても広場まで帰れるかもしれないし。
いや、そんなに甘い状況じゃなかった。ブーンと大量の羽音が近づいてくる。キラーホーネットが私のいる小道に入ってきてしまった。
「そこまで来るともう悪質なストーカーだよ!」
ちょっと数が減った気がしないでもないけど、この数はとても相手にできない。だから逃げるしかない。
ひたすら走って走って走り続けた――。生き残る……、絶対に生き残るんだ……。私を生かすために犠牲になってくれたげっ歯類とかお花畑とかのためにも。
とにかく私は走って走って走りまくった。キラーホーネットの羽音が聞こえなくなるところまで、頑張って頑張って走り続けた――。
「ああ……、ああ……、つ……か……れ……た……」
子供のときの運動会でもこんなに一生懸命に走ったことなんてないよ。アドレナリンが出まくり。足がパンパンになって重たいよ。
けっきょく15分くらい走り続けた気がする。レッドゾーンから普通のゾーンに入ったし、そこからもだいぶ走ったよ。
他の冒険者たちと何回かすれ違ったりしたけど、誰も助けてくれたりはしなかった。危機を敏感に察知して一目散に逃げる人たちばっかりだったな。まあそれはそうか。私も同じ状況だったら即座に逃げるし。
「ふう……、限界ギリギリだったなー……。今度から絶対に蜂には気をつけようっと……」
私は広場への帰り道を歩いて行った。
ううう、足が重たい……。ポーションを飲もうかな。この状態で家まで歩いて帰るのはしんどいし。
「あ、ちょうどいいタイミングで薬草みっけ」
素材の補充ができたし、ポーションを飲んでも大丈夫かな。
広場に戻るまでにスライムが何匹か出ると思うし。マナの輝石も補充できると思うからポーションを飲もう。
私はアイテム空間から瓶を取り出してポーションを飲み始めた。
「ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、ああ~、きく~。気持ち良い~」
歩きながら飲んだものだから上手に飲めなくて、口の端からけっこうポーションがこぼれ落ちてしまった。
顎からジャージの中の素肌へとポーションがたれてくる。冷たいポーションの感触が乳房やお腹を容赦なく濡らしていく。
「あ、透けちゃうかも……? いや、セーフだ。ジャージだし、そう簡単には透けないか」
危ない危ない。ブラジャーもないし、透けていたら大惨事だった。
「ふう、美味しかった」
空き瓶をアイテム空間に戻す。
ん? 何か足りないような? 瓶の数が少ない気がする。
「あ、そうか。綺麗な先輩に渡したままだった」
どうしよう。返してもらいに戻る気力はないな。でも貴重品だからすぐに返してもらいたい。
私は足を止めた。凄く悩む。キラーホーネットがいる道を戻りたくはないなぁ。どうにか迂回して先輩のところに行けるだろうか。ていうかダンジョンの瓶って、たしか人にあげたりはできないはずじゃなかったっけ――。
『千湯咲紗雪様、先ほど他者に預けていた瓶についてですが』
「あ、なんかメッセージが出てきた」
『相手様の強いご希望により、明日、ダンジョンに来たときにお礼を述べつつ直接お返ししたいそうです。了承しますか?』
私の正面に『はい』と『いいえ』の選択肢が現われた。
「じゃあ、いいえで」
すぐにポーションを新しく作りたいし。瓶がすぐに手元に戻ってきて欲しいから。
しかし、『いいえ』の選択肢がサッと避けて、私の指の先には『はい』の選択肢が移動して来た。
「んなっ!」
『はい』を押してしまった。
『ファーストキスの相手は大事にしましょうよ』
「もうーっ。まだそのネタを引っ張るのーっ」
なかなか性格の悪いシステムだなって思った。
『仲良くなれるといいですね』
余計なお世話だよ。
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