第61話 一刻を争う治癒

「先輩、大丈夫ですか?」


 持っているバッグを下ろしてから、仰向けで倒れている綺麗な先輩の傍に駆け寄った。しゃがんで顔を近づけてよく確認する。

 返事はない。でも、大きな胸がかすかに上下している。生きてはいるっぽい。


「起きられますか? ポーションを飲めますか?」


 私はアイテム空間からポーションの入った瓶を取り出した。

 ポーションを人にあげるのならちゃんとお金を取りなさい、ってどこかの真面目そうな先輩が言ってきそうだ。けど、一人の人間として、私は死にゆく綺麗な先輩を見捨てることはとてもできないよ。

 まあ、大嫌いなクラスメイトならこの状況でもお金をもらいたいけどね。


「というか、まったく返事がないね……」


 困ったな。ちょっと肩に触れさせてもらってゆさゆさしてみる。ダメ、何も反応がない。


「どうしよう……」


 ここまで弱っている人を初めて見たよ。どうしてあげたらいいのかまったく分からない。

 ポーションさえ飲んでもらえればすぐに元気になってもらえるんだけど……。どう見ても自分で飲める状況じゃないよね。


「先輩、ポーションを流し込みますね」


 先輩の口を指で開けてみた。わー、綺麗な歯並び。ベロが可愛い。口の中まで魅力的だなんて本当に凄い先輩だ。


「うーん……、でもこれ、窒息しないのかな」


 口の中にポーションを流しこんであげても、飲んでもらえなかったら口の中にたまっていくだけだよね。


 でもこのままほっといたら間違いなく死んでしまう状態なんだよね。何か手を打ってあげないとダメだと思う。勇気を持って口の中に流し込んでみるしかない。

 ゆっくりゆっくり。ほんのちょっとだけポーションを先輩の口の中に流し込んでみる。


「……。……。……の、飲まない」


 口の奥にポーションが溜まっただけだ。


「親切のつもりがとどめをさしてしまってるような……。あわわわわわ……」


 知識がないうえに慣れないことをするものじゃなかったよ……。私はだんだん青ざめてきた。


「か、かはっ」


 苦しかったのか先輩はかすかに横を向いてポーションを吐き出してしまった。

 吐き出すことはできても飲むことはできないんだろうか……。それとも今のは身体が条件反射で動いただけ?


「ど、どうしよう」


 見捨てたくない。

 誰かに助けを……。ダメ、誰もいない。


 もしかしたら先輩が仰向けになっているからいけないんだろうか。木の幹に背中を預ける姿勢にしてあげてポーションを飲んでもらえば……。でも、動かしていいのか分からない。動かした瞬間に死んでしまいそうだ。


『口移しで飲ませましょう』

 なんか私の視界におかしなシステムメッセージが表示されたんだけど。


『考えている時間も戸惑っている時間もありません。一刻を争うときです。口移しでポーションを飲ませてあげてください』


「ひさびさに話しかけてくれたと思ったら、なんて大胆な提案を……」


 私は赤面してしまった。

 まさかこんなタイミングで初めてを捧げることになるだなんて。相手は凄く綺麗な先輩だ。私としては光栄だけど先輩としてはどうなんだろうか。私なんかが初めてだったりしたら――。


『キスではありません。口移しです』

「わ、分かってるよ。うるさいなもう」


 やればいいんでしょ。やれば。これでも私は花の女子高生なんだよ。唇と唇をつける行為に照れがあったっていいでしょ。


「先輩、ごめんなさい。他に手が思いつかないんです」


 私の初めては、血まみれの美女に捧げます――。

 シチュエーションとしてはどうなんだろうかと思うけれど、一生の思い出にはなりそうだ。できれば先輩の方も初めてだったら嬉しいな――。

 私はポーションを口に含んだ。そして、先輩の後頭部に手を回して起こしてあげながら、自分の顔を近づけていく。


「うわぁ……」


 先輩の唇が目の前に迫ると、もの凄くいけないことをしている気持ちになってしまった。でも、勇気を出さないとだよね。

 先輩はまるで眠り姫。私は王子様役だろうか。思っていた初めてとは違うけれど、王子様役はお姫様を助けるもの――。


 私は髪がたれないように耳にかけた。それからなるべく可愛い顔を作って先輩の柔らかな唇に自分の唇を触れさせた。


 や、柔らかい……。あと凄く可愛い感触だ。私の唇とはぜんぜん違う。

 でもこれじゃあポーションを飲んでもらえない。キスじゃなくて口移しなんだから、もっと大胆に攻めないと。


「ん……。んん……。くちゅ……」


 先輩の唇の向こう側と私の唇の向こう側がつながったような不思議な感覚になった。

 今ならポーションを飲んで貰える気がする。


「んくっ……、んくっ……、んくっ……」

 先輩の口の奥に少しずつポーションを流し込んでいく。どうだろうか……。

「……。……。……。……。……。……こくっ、……こくっ、……こくっ」


 飲んでくれた!

 これなら大丈夫だ。ポーションは少量でも飲みさえすれば、しっかり治癒を始めてくれるから。


 先輩の0とか1だったであろうHPがほんの少しくらいは上がったはず。

 続けて飲ませてあげる。


「んくっ……、んくっ……。んんっ……」

「……こくっ、……んくっ、……ごっくん」

「んん……、くちゅ……、んくっ……」

「ごくっ、ごくっ、ごくっ」


 口の中のポーションはぜんぶ先輩に渡しきった。明らかに力強く飲んでくれるようになったね。

 さっきまでがいかに死にかけだったかよく分かるよ。今は必死に生きようとポーションを飲んでくれているから。


 でもまだ目は開かない。もう一回、同じことをしよう。

 私はポーションを口に含んで、また先輩の唇に迫った。そして、口移しをしてあげる。


 先輩はごくごくしながらしっかりと飲んでくれた。

 そしてゆっくりと目を開く。宝石みたいに綺麗な瞳を見せてくれた。



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