第45話 ほんの少しばかりの復讐2
「ちょ、ちょっと待てよ」
赤い髪の女子に肩をつかまれた。仕方ないから顔を向けてあげた。
「あいつのあのひどい怪我を見ただろ。こんなときに金を取るのかよ」
「とるよ。ここはダンジョンだから当然のことでしょ」
「はあ? ダンジョンだと他と何が違うんだよ」
「たとえば、東京の水は安く手に入るけど、砂漠だと値段が高騰する」
さっき真面目な先輩に教えてもらったことをそのまま言ってみた。
「その理屈は分かるけどさ」
「ダンジョンは命の危険があるんだから、命綱になるポーションは高値になって当たり前。これ、最後の1個のポーションだし、譲ってしまったら私の命のリスクが高まる。無料で譲るわけにはいかない」
これも真面目な先輩に教えてもらったことだ。理屈は通っていると思う。
ちなみにポーションの値段をさっきの10倍につりあげているのは、この赤い髪の女子たちに私は大きな恨みがあるからだ。だから安価でポーションを売って助けてあげようだなんて夢にも思わない。無料なんてもってのほかだ。
赤い髪の女子がイライラしている。私の話を理解してくれたんだろう。というか、私が知らなかっただけで、ダンジョンの奥深くでは実はポーションって高くて当たり前だったのかもしれない。
「でもさ、私たちって友達じゃん?」
はあ? どの口が言ってるんだろうか。
「こういうときこそ友情っていうか、人間性が試されると思うんだけど。あんた心が痛まないわけ?」
「ちっとも」
「人間のクズ」
「もう忘れたの?」
「ア?」
「昔、私をレッドゾーンに置き去りしたことを。あんなことをしておいて心が痛まなかったの? あれが友情だったとでも言うの?」
「ハハッ、あんなのただの余興だよ、余興。スリルがあって楽しかったろ? 無事だったんだし、小さいこと言ってないでそろそろ水に流せよな」
「じゃあ、私がここであなたたちを見捨てても大丈夫だ。いつかちゃんと水に流してね」
私は強い一歩を踏み出した。絶対にこのまま歩き去る。
「あ、ちょちょちょちょ。悪かった。悪かったって」
「今さら何もかも遅い」
頭に反響する。あのとき私を見捨てて笑っていたこの女子たちの声が。絶対に許せない。
これは私なりの復讐なんだ。この女子たちは、これからいっぱい痛い思いとか悲しい思いをしてもらわないとダメだ。この人たちにいっさいの甘さはいらない――。
私は走ろうとした。でも、耳にすーっと生気の薄い死にかけの声が届いてしまった。
「待っ……て……。お……願……い」
私は足を止めた。振り返ってみると、死にかけな女子が仰向け状態のままで声を振り絞っていた。
「マジで……。死にそう……。10万……払う……から……。立て替えて……おいて……。死ぬより……マシ……。元気に……なったら、また稼ぐ……だけ……」
「……はあ? それ、マジで言ってんのかよ! 10万だぞ。今日の稼ぎがパーどころじゃないんだぞ」
「マジ……だから……。お……願……い」
うわ、赤い髪の女子がすっごいイライラしてる。ギロリと親の仇を見るみたいな目で私を睨みつけてきた。めちゃくちゃ怖い。
「お前、ろくな死に方しないからな!」
「そっちこそだよ」
そもそもダンジョンに来る人はみんなそういう覚悟はできているはず。この人は覚悟が足りてないのかな。もしそうならダンジョンに来る資格はないよ。
私はパパパッと売買の操作をした。10万ポン、しっかり払ってもらった。
「ふんっ、たかだかポーションごときで足元を見てさ。どうせ10とか20しか回復しないのに」
「……よく見た?」
もう会話は終わり。ポーションとお金のやりとりは終わったんだ。イヤな人とはこれ以上の会話をしないよ。私は赤い髪の女子に背を向けて歩き出した。
「げっ。200も回復すんの? ヨユーで完全回復できるじゃん」
「私のポーションをバカにしないで。じゃあね」
「これ、どこで買ったんだよ。なあ。なあってば!」
……私の初期スキルがなんだったのかも覚えてないんだね。私に興味を持たなすぎだよ。それでよく友情とか語れたものだ。
早くポーションを飲ませてあげようよって声が背中から聞こえてきた。それで赤い髪の女子の興味が私から逸れたみたいだ。
追ってきたり、声をかけたりはもうなかった。
私は歩きながら〈ポーションクリエイト〉を発動した。広場に着くころには余裕で3個できてるはず。素材のストックがなくなってきたから、帰り道で薬草とマナの輝石を探そうか。
「……10万ポンはやっぱり安かったかな」
次は20万ポンって言ってみようかな。だって、「ありがとう」の一言もなかったし。
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