第42話 危険地帯での相場

 たぶん、私よりも年上の女子生徒だと思う。私がダンジョンの奥から歩いてくるのを見つけると、救いを見つけたような顔をして走って近づいてきた。


「あの、ちょっといいですか」


 すがるような声だった。これは間違いなく何かがあったんだと思う。

 メガネをかけた真面目そうな人で、委員長とかしてそうなタイプだと思う。


「は、はい。なんでしょうか?」


 普段、学校の人とあまりコミュニケーションをとらないから少し緊張してしまう。同級生ならともかく相手は年上だと思うと余計にハードルが高い。


「もしポーションが余っていたら、売って頂けないでしょうか。お金はちゃんと払います」

「え? ポーション、ですか?」


 私はその女子生徒の全身をちらっとチェックした。

 どう見ても怪我はしていないと思う。着ているジャージにだって傷一つない。ジャージの下に大きな打撲傷でもあるんだろうか。でもこの人、たぶんすごく体力が余ってると思う。生命力が弱ってる感じはまったくないんだよね。


「もしかして広場で売り切れていて、今日はポーションを買えなかったんですか?」


 もしものためのストックが足りないとかだろうか。

 私はリルリルさんのところしか知らないけど、ポーションって売りに出したらわりとすぐに売れちゃうんだよね。だからタイミングによっては売り切れで買えなくても何もおかしくはない。


 私としては、ポーションなしでダンジョンの奥に行くのは絶対にやめた方がいいと思う。命を捨てにいくようなものにしか思えないし。


「いえ、買ってはいたんですけど、ぜんぶ使い切ってしまいまして」

 私はもう一回その女子の身体をチェックした。やっぱり元気だと思う。

「私ではなくて、友人がモンスターにやられて虫の息なんです」


 そういうことだったんだ。そういう発想はなかった。だって私はいつも一人でダンジョンに来ていたからだ。てっきりこの女子生徒も同じタイプだと思いこんでいたよ。私は少数派だったっていうことを思い出してしまった……。


「大変じゃないですか。大丈夫です。ポーションなら余っていますから」


 私はアイテム空間からポーションの入った瓶を取り出した。両手でしっかり持って女子生徒に差し出す。

 その女子生徒は、まるで親を見つけた迷子みたいにホッとした表情を見せた。でも、慌てて両手を振った。


「あの、ちゃんとお金をお支払いしますので」

「人助けにお金は頂かないですよ」

「いえ、こういうの大事ですから。1万ポンで買います」

「いちっ、1万ポン!」


 意味が分からない。これ、リルリルさんには一つ440ポンで売ってるんだけど。

 たしかリルリルさんのお店での売値は650ポンくらいじゃなかったかな。相場を大幅に超えすぎてるよ。いったいなぜそんな高額を出すんだろう……。


「な、なんで1万ポンも? お金持ちなんですか?」

「場所が場所だからです。たとえば東京の水は安くても砂漠だと水の値段は高騰しますよね」


「はあ……、それは分かりますけど……」

「それと同じことです。ここは命の危険があるレッドゾーンですから、命綱とも言えるポーションは高くて当たり前なんです。私たちにポーションを分けてくれることで、あなただって命を失ってしまうリスクが高まってしまいますよね」


「え、えーと、じゃあ1000ポンで」

「あなた後輩ですよね」


 急に強気な態度になったぞ。


「確かに一年生ですけど」

「では、先輩からの助言です。ダンジョンには悪いことを考える人がいっぱいいますから、知らない人に話しかけられたらまずは悪人だと思って接しください」

「えええ……」

「たとえば、私に重傷の仲間がいるなんていうのは嘘で、あなたからポーションを騙しとろうとする人だったらどうしますか? それを別の冒険者に高額で売りに行ったりするんですよ」


「え、でも先輩はそういうタイプには見えませんけど……」

「そういう人が実際にいるんです」

「でも、ポーションは元々安いですし、そんな詐欺みたいなことをする人はさすがにいないんじゃ……」


「今のは悪い例だったかもしれませんが、これはあなたのためにも言っているんですよ。学んでください。この場所と治安の良い日本の街を決して同じには考えないでください。無償や安価でポーションを譲り渡すなんてありえないことですからね」

「は、はい……」


 なんかお説教が始まってしまった。もう納得する方が早そうだ。虫の息なご友人さんは今でも苦しんでるだろうし。そのご友人さんが可哀相だよ。


「べ、勉強になりました。じゃ、じゃあ、1万ポンで。本当にいいんですか?」

「はい。理解してくれて嬉しいです。またこういう機会があったらしっかりお金を請求するんですよ。たったそれだけのことで、相手が善人か悪人かを判断できたりしますから」


 さささっと、画面を操作して売買を成立させた。本当に1万ポンも支払ってくれた。私たち高校生にとっては大金だ。

 見た目どおりに真面目な人なんだなって思った。


 ……でも、もしかしたら私はとても大事なことを勉強させてもらったのかもしれない。考えてみれば、私はダンジョンに来た初日にいきなりひどい目にあってるよね。だから相手が誰であれ絶対に警戒はしないといけないんだったよ。


 ここは学校じゃない。普通に人が死んでしまうようなダンジョンなんだ。

 だから親切心を前面に出して行動していたら、いつか絶対にそこにつけこんでくる人が現われると思う。そのときにひどい目にあわないように、これは教訓にさせてもらおうって思った。



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