第40話 VSレイジングオーク2

 レイジングオークが悲鳴をあげている間に身だしなみを確認する。

 スカートは無事だ。ブレザーはもうない。ブラウスは背中と右肩の周りにだけかろうじて残っている。ブラジャーは無事だ。


 なんとも無惨な姿になってしまった。とても人には見られたくない状態だ。

 ちなみに私の左の脇腹はイヤな感じに減っこんでいるし、赤とか紫とかよく分からない色になっている。


 自分の悲惨な状態を認識すると、ますますレイジングオークへの怒りが湧いてくる。今のうちに右目の方も潰しておこうか。


「ブガアアアアアアアアアア!」

「え、動くの早っ!」


 左目を潰された痛みとショックって、そんなにすぐに癒えるものなんだろうか。レイジングオークは私の右のスネをつかんで持ち上げると、私を振り回して投げ飛ばしてしまった。


「うぎゃっ。痛ったーーーーい!」


 また木に頭をぶつけた。でも、今度は気を失わなかった。

 HPは残り18。身体の感覚が心もとないな。どうにか立ったけど、足の感覚が怪しくなってきている。

 すぐにポーションを飲まないと。いや、ダメだ。レイジングオークが鈍器を拾って私に向かってきた。左目から血を流しながら、怒りの形相で襲いかかってくる。


「さすがに素手じゃ相手できない」


 ごぽっと口の中に血がせり上がってきた。口の端から血を吐き出しながら周囲を確認する。あった。3歩くらい先に私のハンマーが落ちてる。

 レイジングオークが鈍器を振りかぶった。あれを避けつつ私のハンマーを取るんだ。


「ブオオオオオオオオオオオオ!」

「今だっ!」


 私は右側にジャンプして回避した。そして、地面をクルッと転がるようにしてハンマーの柄をつかむ。その勢いのまま、這うようにしてレイジングオークとの距離を取った。


 足に力がなかなか入らない。

 歯を食いしばってどうにか立ち上がる。振り返ってレイジングオークとの距離を確認した。


 ……あれ?

 レイジングオークが私を見失っている。どこを見ているんだろうか。左目が潰れて視界が狭まっていることを理解していないみたいだ。

 左目が健在だったら視界に私が入っていただろうけど、右目だけだと私のいる位置は絶対に見えない。


「これは千載一遇のチャンスだ」


 私はハンマーの柄を握り直した。全力で血を身体中に駆けめぐらせる。本能をむき出しにして野獣の気持ちになる。

 後ろからレイジングオークに迫って一気にケリをつける。そう決意したら、私はもう駆け出していた。


 あ、レイジングオークが私の接近に気がついた。足音か気配かを察したみたい。私の方を振り返るけど、焦点が合うのに少し時間がかかったみたいだ。


「うああああああああああああああああああああああああ!」


 走りながら全身から絞り出すようにハンマーを左側に振りかぶった。痛い痛い痛い痛い。痛たたたたたた。左の脇腹が痛くて熱くて意味が分からない。あと、口の端から血がけっこうこぼれ出た。


 でも、そんなの関係ない。私が死ぬ前に敵を倒せばいいだけだから。

 私は全ての生命エネルギーを振り絞って渾身の一撃をレイジングオークの左目に叩きつけた。さらに奥歯を噛みしめる。お腹にグッと力を込めて、レイジングオークをダンジョンの果てまで吹っ飛ばしてしまうくらいのつもりでハンマーを押し込んだ。


「うううううううううあああああああああああああああああっ!」


 最後に声を出したのがよかったのか、信じられないくらいのパワーを生み出すことができた。ハンマーを強く振り切れたよ。


「ブゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 醜い声をあげてレイジングオークが10メートルくらい吹っ飛んでいく。体重は私よりもずっとありそうだけど、私の力であんなに遠くまで吹っ飛ばせるんだね。


 でも――。力を出しすぎだ。ハンマーに逆に振られてしまって、私は3回くらいぐるぐる回転してしまった。尻もちをついてしまう。

 レイジングオークを確認した。


「ダメ、まだ息がある」


 仰向け状態からうつ伏せ状態になった。地面に手をついて立ち上がる気だ。

 もう少し頑張らないと。力をぜんぶ振り絞るんだ。

 レイジングオークが両手を地面について上半身を起き上がらせた。片目だけで私をにらみつけてくる。


 レイジングオークが立ち上がる前に攻撃を入れるんだ。そして必ずその攻撃で勝ち切るんだ。

 目の前に、レイジングオークの鈍器が飛んできた。


「え――?」


 避けきれない。避けきれるわけがない。まさか武器を投擲するなんて。想像にまったくなさすぎた。

 鈍器は私のおでこにぶつかって、我慢なんて絶対にできないレベルの大ダメージを与えてきた。


 あ……、意識が途切れていく……。

 致命傷に間違いない。これは絶対に死んだ。死んじゃった。レイジングオークが仮にもう一歩も動けないとしても、他のモンスターに絶対に食べられちゃうと思う。


 これで人生、終わりなんだな。もう学校にも行けないし、家にも帰れない。美味しいものも食べられないし、友達も作れないし、恋人とも出会えない。それになにより、ダンジョン攻略ができなくなってしまう……。


「そんなのやだな……」


 私は右足を大きく後ろにやって踏みとどまった。腹筋の力で仰け反った姿勢を元に戻す。私きっと、鬼のような怖い目をしていると思う。

 レイジングオークの表情に絶望があふれていく。モンスターにも恐怖心ってあるんだね。私、ぞくぞくするかも。私を殺して食べようとしてきたモンスターが、逆に返り討ちにあって死んでしまうなんて――。


「うふふふ、ねえ、あなたは今どんな気持ち? ……怖い? ……逃げたい? ……それとも、まだ私を食べたくてしょうがない?」


 幽霊みたいに高い声で聞く。そして、私は走り出した。強く強くハンマーを振りかぶる。


 見ればはっきり分かる。レイジングオークは冷たい汗をだらだら流している。きっと頭の中が真っ白になっていると思う。だから反撃しようとか防御をしようとか、そういうことを何も考えられない状態だと思う。


「これで終わりだよ! 私の勝ちだね!」


 ハンマーをレイジングオークの鼻先にぶちこんだ。しっかりと鼻を潰した感触がある。その奥の頭蓋骨や脳まで破壊した感触もある。命を奪った感覚もハンマーを通してはっきりと伝わってきた。


 あー……、私としても今のが最後の力だったみたいだ。

 もうパワーが出ない。くるんと一回転すると、ハンマーを遠くに放り投げてしまった。

 そして私は全身の力を失うように膝から崩れた。


「うっ、しんど……」


 両手を地面について四つん這いの姿勢になる。地面にポタポタ私の赤い血がたれていく。


「全身が痛い。何かがもう一回当たればこてんって死んじゃいそう。ていうか、戦いで心がハイになってなかったら、もうとっくに死んじゃってると思う」


 ああ、でも満足だ。嬉しい。幸せだ。最高すぎる。笑みが止まらない。ニヤニヤしてしまう。痛みなんて忘れて笑顔になってしまう。


「た、楽しかったー。しんどかったけどー……」


 私は地面にぺたんと女の子座りをした。身体中が火照っていて熱い。かなり興奮状態だ。ブラジャーとかショーツとか、そういう身体を締め付けているのが、すごく邪魔で窮屈な感覚でいっぱいになる。


「ああ、なんかすっごく裸になりたい」


 一糸纏わずに思い切り立ち上がりたい。


「服なんて全部いらない」


 服を脱ぎ捨てて、それで空に向かって力いっぱいに勝利の雄叫びをあげたいんだ。「私は勝ったぞおおおおおーーーーー!!!!!」って。

 レイジングオーク、強いモンスターだったな。そのぶん勝利の余韻は格別だ。私、この勝利体験でますますダンジョン通いをやめられなくなっちゃったと思うよ。



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